【5-4】ハレの気持ち

 そんなハレの言葉に対して二人は顔を見合わせる。どうやら地雷を踏んだらしい。

 今にも泣きそうな顔のハレにフェンリルが慌てて「すまん」と謝るが、ハレの表情はずっと暗いままだった。


「……何か、あったの?」


 ライオネルは雪知ゆきちに訊ねると、後ろめたそうに雪知は先程のキサラギとハレの話をした。

 二人はハレがキサラギの実の弟だという事に驚きつつも、特にライオネルは国に仕える従者という事もあり、ハレの事情は聞いてすぐに理解した。


「次期当主の問題はどの国でもよく聞く話だけど、キサラギの代わりみたいな存在として育てられたって事ね」

「ああ……」

「それで今回キサラギが帰ってきた事で、キサラギが国を継ぐ話だとか、ハレくんの待遇で問題が起きてると」

「成る程な。……けど、俺たちが言うのも何だが、行方不明になった息子がいきなり帰ってきたから、そいつにすぐに国を継げっておかしくないか? 普通は警戒するだろ」


 フェンリルがそう言うと、雪知はごもっともと言いたげに頷く。ハレはそんな話を聞きながら、雪知の側で膝を抱えて頬を膨らませていた。

 雪知の話によると今の当主であるセンテンは数年前から病を抱えており、更に言えば朝霧あさぎりとその周辺国とのいざこざが深刻化している事もあって、まだ幼いハレに継がせるわけにもいかないからという話もある。

 それを聞いてライオネルは厳しい表情を浮かべて、「それで?」と雪知に聞く。


「キサラギはどうするって?」

「……ま、想像通り継ぐ気はないと。そして上層に戻る気でもいる」

「そう、なんだ」


 折角故郷に帰ってきたというのに、結局はこうなってしまうのかとライオネルは落胆する。やはり記憶を完全に取り戻していないからなのだろうか。そう考えていると、雪知がふと言葉を漏らす。


「キサラギは……チハル様は、全ての記憶を取り戻せると思うか?」

「……分からない」


 雪知の言う通り、それはあり得る話だ。今まで、記憶を取り戻す前提でライオネルは考えてはいたものの、そう上手くいく方が奇跡に等しい。

 そして、今同時にライオネルは思ってしまった。記憶を取り戻した方が良いメリットはあるのだろうか。と。


「雪知は、キサラギをどうしたいの?」

「俺は……出来ることならば、彼の意志を尊重したい。数日接してきて分かったが、あの方はもう、違う人生を歩み始めている」

「……そっか」


 違う人生。雪知の言葉が、ライオネルの傷心に沁みた。

 この先もしかしたら記憶を取り戻す事もあるかもしれないが、雪知は現状のキサラギの意志を尊重したいという。

 フェンリルは静かに聞きつつも表情は穏やかで、ライオネルも思わず笑みを浮かべると、「そっか」ともう一度言った。

 ハレは雪知を見上げるが、その顔は不安げだった。その様子に気がついたライオネルは「ハレくん」と名前を呼ぶ。


「ハレくんは、どうしたい?」

「えっ、どうしたい、って……何を?」

「国の事。キサラギが後を継がない気でいる以上、ハルくんが継ぐ事になるとは思うんだけど……気持ちが知りたいなって思って」

「オレの、気持ち……?」


 まさかそんな事を聞かれるなんて思っていなかったのか、ハレは口を開いたまま固まっていると、雪知が「話してみなさい」と優しく背中を摩りながら言う。

 雪知に言われた事で勇気が出たのだろう。ハレは頷くと、恐る恐る話し始める。


「正直……怖い。本当は、継ぎたくない。けど……仕方ないし、それに、悔しかった」

「悔しかった?」

「うん。……だって、皆、兄さんばかり話すし、オレ、今まで頑張ったのに」


 青色の瞳にじわじわと涙が溜まる。その小さな背中に国の将来が掛かっている。国を治める家に生まれた以上、その重責を担う事は避けては通れないものだろうが、それでもまだハレは子どもで、きっとたくさんのことを頑張ってきたのだろうとライオネルとフェンリルは感じた。

 雪知は雪知で身近にいたハレの本音を聞いて、苦しげに「そうか」と相槌を打つ。

 ハレは国を継ぐ事を望んだわけではない。とはいえ、そういう未来だと決められていたから、彼なりにずっと頑張ってきていた。その事は雪知もよく分かっていたし、褒めていた。

 しかし、周りはどうだっただろうか……と雪知は考えていると、着物の袖を引かれてハレを見る。


「オレ、ずっと話さなきゃって、思ってたんだけど……」

「?」

「前にね。キュウ様にお願いしたんだ。オレのお兄さんに会いたいって。そうしたら、辛い事から逃げ出せるからって」


 ハレの突然の話に、三人は耳を傾ける。

 キュウは雪知は知っていたが、ライオネルとフェンリルは知らない。だが、ハレの説明でキュウが川の神様だと分かった。


「川の神様という事は、もしかして朝霧の街の近くにあったあの大きな川と関係あるの?」

「ああ。キュウ様の本体はあの川だ」

「キュウ様はね、昔は上の世界に居たんだよ。でもね、山に塞がれちゃってこの世界に来たんだって」

「それって」


 ライオネルはハレの言葉を聞いて、同じく上層の聖園みその領域に伝わる話を思い出す。

 龍封じの山脈。かつてあった大きな谷と川を魔鏡まきょう守神が山で塞いで龍を封じたと言われるあの話である。

 フェンリルも知っているようで、ライオネルと顔を見合わせると雪知が「知っているのか?」と聞いてきたので、ライオネルは話した。


「成る程……にもその様な話が」

「それで、そのキュウ様ってどこに?」

「キュウ様にお会いになるのか? とは言ってもここから少し遠いぞ?」


 キュウのいる神社は街から少し離れた田園の広がる場所にあった。少し遠くであっても、二人は一度話を聞いてみたかった。


「とは言っても、先ずはキサラギに会いたいけどね」

「そう、だな」

「ああ。だがしかし」

「分かってるよ。混乱してるって。……せめてマコトちゃんだけでも会えたらいいんだけど。薙刀壊しちゃったから謝りたいし」

「薙刀……?」


 雪知はライオネルを見る。そしてすごい形相で「薙刀って、マコト様が持っていたあの薙刀か?」と訊ねた。

 ライオネルはポカンとしたが、間をおいて頷いた。


「突然ヒビが入って折れたと思いきや、光を放ち始めて」

「それで、気付いたらこっちに来てたんだ」


 フェンリルも助けに入りそう言うと、雪知は「あの薙刀が折れるとは」と言葉を漏らす。

 ハレは雪知の袖を引いて「雪知?」と不安げに呼ぶと、雪知は襟を正して深呼吸した後ライオネルとフェンリルを見る。


「本来、あの薙刀は小刀祢ことね家の者しか力を発揮しないと言われている。だが、二人に対してその力が発揮されてしまった様で驚いたんだ」

「ああ、それで……」

「だがその後その薙刀の姿を見かけないんだが」

「多分上層にあるんじゃないかな」


 一緒に来ていれば良かったのにとライオネルは思いつつ話していると、雪知は「大丈夫だ」と言う。


「その薙刀は転生すると言われている。砕けたらまたどこかで玉鋼となって蘇るから、少ししたらまた小刀祢家で打たれて薙刀になるだろう」


 小刀祢家の者が持つ武器にはそれぞれ『役目』があるらしい。その役目を果たすと自壊し、玉鋼に転生する。

 マコトの薙刀も恐らくその役目を果たしたのだろうと雪知が言うと、二人は感服した。


「でも、俺たちを下層に連れてくるのが役目だなんてどういう事だろう」

「……多分それをアイツは伝えに来たんじゃないか?」

「アイツ?」


 耳元でフェンリルが囁くと、ライオネルはアイツと指した人物がすぐに分かって納得する。

 そんな二人を他所にハレは雪知に聞いた。


「雪知。オレも雪知様に会いたい。お礼言いたいんだ。兄さんに会わせて、くれたから」

「! ……そうですね。今度一緒にお礼を言いにいきましょうか」

「うん!」


 さっきまでの不機嫌はどこへやら。ハレは笑顔で頷くと、雪知に抱きつく。そんな様子にライオネルも笑んだ。



※※※



 夜になり、夕食もとって屋敷が静まった頃。ライオネルとフェンリルの前にスターチスは再び現れる。


「体調は?」

「だいぶ慣れてきたけど……相変わらず怠い」

「違和感はあるな」


 二人の報告にスターチスは「そりゃあね」と言った後、縁側に座る二人を前に腕を組んで「さて」と真剣な表情になる。


「今回二人が飛ばされた原因はあの薙刀の力で間違いではないんだけど……それとは別にあのキサラギとマコトっていう子は彼らの側にある短刀の力ではなくて、どうもあの川の神の力みたいなんだよね」

「川の神って、キュウっていう?」

「そう。……本来ならば当事者である彼らにも話したい所なんだけど、どうやらそういう状況じゃなさそうだし、ひとまずお前達に伝えておく」

「あ、ああ……」

「……表情からして、あまりいい感じではなさそうだね?」

「そうだよ。むしろ最悪だよ。俺は今までヴェルダの動向を注視してきたつもりだけど、まさかよりにもよって下層に影響のある神に手出ししていたとは思いたくなかった」


 不満げに「これで俺も手出しせざるを得なくなった」とぶつぶつ呟きながら、ライオネルを見て言う。


「まさか、そのキュウって神に操りの腕輪が付いてたとでも?」

「その通り。そして更に悲しい報告をすると、彼の操りはまだ解けていない。それは何故だか分かる?」

「え……何それ」

「ま、待ってくれ。操りの腕輪を外せば効力が解けるんじゃないのか?」


 話の理解に遅れ始めたフェンリルが慌てて聞くと、スターチスは「普通はそうだよ」と言う。


「お前達は腕輪で事足りたんだけど、あの神は違う。恐らくお前達も知っているかもしれないけど、あの龍封じの山脈の伝説通り彼は元は上層にいた。だが、それは今も変わらない」

「えっ……? いや、だって川は下層に」

「それも本物だけど、それは俺が用意したものなの。本来の身体はまだ上層のあの山脈の下にある」


 スターチス曰く、どうやらヴェルダはその本来の川のある山脈に何かを建てていたという。

 山脈なだけに普段はあまり人が行き来していないだけに、気付くのが遅れたらしい。


「その建物の破壊もしなければならないけど、まずは下層で彼を一旦封印したい。だが、操りの力がいつまた発動するか分からない。という訳でお前達に頼みがあるんだけど」

「頼み?」

「俺たちに?」

「そう。特にライオネルは一度フェンリルを封印した経験があるからね。適材適所ってやつ?」

「……そうは言っても」


 今力封じられているんだがとライオネルはその原因であるスターチスをジト目で見つめると、スターチスは分かっているかの様に「力出せるように許可出すから」と笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る