【5-5】夜の密かな会話

 こうしてスターチスに半ば無理やり押し付けられた形で、キュウの一時的な封印計画が着々と立てられる。

 ライオネルは勿論、万が一封印時に操りの力が発動した際に押さえ込む為にフェンリルも計画を任されたが、スターチスは更にそこにキサラギを入れるという。


「キサラギ入れるの⁉︎」

「そうだけど、何かある?」

「いや、だってアイツは今……」


 フェンリルは言うか言わないか迷っていると、「何をしているんだ」と雪知ゆきちの声が響き渡り、ライオネルと共に二人はビクリと肩を震わせた。スターチスは動じずに面倒そうな表情を浮かべつつ、雪知を見る。

 雪知は不審げにスターチスを睨んでいると、スターチスはため息をついて低い声で言った。


「頭が高いぞ。人間」

「なっ……⁉︎」

「今すぐ退くなら手出しはしない。だが、もし邪魔をするようならこの国がどうなっても知らないからな」

「スターチス‼︎」


 ライオネルが声を上げるが、スターチスは聞かなかった。

 騒ぎを起こすと面倒と言いつつ、自ら起こしているのはどうなんだと呆れながら、フェンリルは間に入ると「やめてくれ」とスターチスに言った。


「へえ。人間庇うんだ? あの人の子どもとは思えない位に人間思いだね? ああ、そっか……半神だから」

「ちょっといい加減にしなよアンタ」

「そうだぞ。いくら神だからって言っていい事と悪い事がある」


 二人に言われて、スターチスはますます苛立ちを露わにするが、小さな隕石を飛ばそうとした手をゆっくり降ろすと、「今回は許してあげるよ」という。

 雪知は固まっていたが、フェンリルに「大丈夫か?」と聞かれると小さく何度も頷いた。


「それで、話は戻すけど……計画の件、雪知に話してもいいよね?」

「どーぞ。ご勝手に」

「全く……」


 拗ねるスターチスにライオネルは呆れつつ、雪知に話す。雪知は半信半疑ではあったが、スターチスに脅された事でぎこちなく「分かった」と言った。


「つまり、キュウ様は上層で操られて……またいつ操られるか分からない、と?」

「そう。だから、一時的に封印する。上層の方で原因となる建物を壊したら封印を解くつもりでいるから、安心して」

「は、はあ……だが、キサラギは」

「それなんだよね。あの神様はどこまで知っているか分からないけど」


 スターチスが勝手に計画を立てていたとはいえ、今のキサラギはあまりにも戦える状況ではない事は雪知が何よりも分かっている。それは話を聞いているライオネルとフェンリルも同じであった。


「大体、何で自分で封印しないのさ。少なくとも俺よりもアンタの方が力が上じゃない」

「え、あ、そ、それは……」

「……」

「まー、とにかく、さ。ほら、三大魔術師もいる訳だし? 俺は忙しいしさ」


 急に挙動不審になったスターチスに、ライオネルは怪訝そうに見つめる。

 

「後、危うく忘れかけたけど。何か俺に対して隠してる事あるよね?」


 昼間の件も含めて、ライオネルはスターチスに詰め寄る。するとスターチスは「ああ、あれね」と言って、逸らした視線を戻す。


「ぶっちゃけ言うと、お前は神様なの。しかも聖園みその守神の四神クラス」

「へー………………え?」

「はっ⁉︎ ライオネルが神⁉︎」

「ま、待て。聖園守神って……あの、紅様か? その方に仕えている四神様と同じ……⁉︎」


 フェンリルと雪知がそれぞれ驚く中、ライオネルは受け入れずに放心していた。そんな反応にスターチスは小さな声で「今回もその反応か」と意味深な事を呟く。


「今回も?」

「ん? ああ、そうだけど。その意味を知りたい?」

「……まだ何かあるの?」

「あるよ。知りたければね。 何だかんだ言ってお前もあのキサラギという人間と似た境遇だって事。実際幼少期の記憶なんかないでしょ? 」


 そう言われてライオネルは「確かに」と言った。

 ライオネルはオアシスに保護される以前の記憶が全くと言っていいほど覚えていない。それでもライオネルが違和感を感じなかったのは、そこまで深くは考えていなかったのもあるが、記憶がないからといって特に生活には支障もなかったからだった。

 とはいえ、ここまで聞かされると少し興味を持つ。ライオネルはスターチスに聞くと、スターチスは「そうだなぁ」と言って話せる所までという条件で話し始めた。


「お前はある人によって、ある一定の時が経つと結晶に包まれて封印される術がかけられている。その際に記憶もリセットされているから、幼少期の記憶を覚えてなくて当然なんだよ」

「ある人に、よって……」

「何でそんな事を……?」


 フェンリルが訊ねると、スターチスは言った。


「ライオネルは神として生まれた訳じゃない。元々は人間だ。だから、そうせざるを得なかった」


 スターチス曰く、生物にはそれに見合った魂を持つという。魂は記憶などを抱え込む事ができると言われているが、その上限は身体の寿命と比例しており、本来ならば上限に達する前に命は終わる。

 だが、ライオネルは人間として生まれたものの、その途中で神に転生している。身体は神であるものの魂は変わらず人間のままで、何千、何万と生きる神の身体にはあまりにも釣り合わなかった。

 

「もし、上限を超えたらどうなるんだ?」

「そりゃ勿論、気を病むか暴走するかだよ」


 聞いたフェンリルはスターチスの返答に固まる。どうやら精神面に問題が起こるらしい。


「そもそも俺たち神って人間達とは比べ物にならないくらいに生きてるんだよ? だから記憶の量もとんでもないし、それを処理するには人間の魂じゃあまりにも力不足ってわけ」

「な、成る程……」

「……ま、俺に術をかけた人が誰か気になるけど、理由があって記憶を失っているのは分かった。ちなみに俺何年生きてるの?」

「それ聞いちゃう? 聞かない方がいいと思うけど」

「えー、何百年とか?」


 笑いながら冗談っぽくライオネルが言うと、スターチスは「聞きたい? 本当に?」とやけに心配して言う。

 ライオネルは「気にしないって」と言うが、スターチスは複雑そうに「やめといた方がいいと思うけどな」と言いつつ、渋々といった。


「七千年」

「…………何だって?」

「七千年。 一応言っとくけど、前に約がつくからね」


 しばしの沈黙の後、ライオネルはフェンリルを見ると「ま、気にするなよ」と言われつつも目を逸らされる。正直な所フェンリルも何と言ったらいいか分からなかった。

 側にいた雪知もあまりにもスケールの大きな話に頭がついていかなかったらしい。


「(何なんだこの桁外れな会話は)」


 果たして人間である自分が聞いていいものだろうかと雪知は思いながら、神々に挟まれて長い間話を聞いていた。



※※※



 時を同じくして、寝静まった朝霧あさぎりの屋敷の廊下に足音が響く。その足音は覚束ないもので、屋敷の中に立てられた篝火によって姿がはっきりと現れた。


「っ……」


 壁伝いに手をつきながらキサラギは歩いていく。傷は治っておらず、はだけた胸元の包帯にはじんわりと血が滲んでいた。

 尋常じゃない汗が肌を伝い廊下の床板に滴る中、前方の一室の障子が開きキサラギは立ち止まる。


「⁉︎」


 部屋から出てきたのはマコトだった。まだ動ける状態ではないキサラギが何故ここに? と驚きつつ、膝をついたキサラギに急いで駆け寄り支えると、小声で「何をしているんだ!」と怒る。


「傷がまた開くだろう⁉︎ ちゃんと寝ないと」

「うるせえ。もう、十分寝ただろ」

「キサラギ……!」

「お前こそ、何だよその顔は……目の下、クマ出来てるぞ」


 キサラギはそう言って、マコトの目の下に親指を這わせる。ちゃんと眠れていないのか、マコトの目の下には確かにクマが出来ていた。

 触れるキサラギの手をマコトをそっと掴むと、「私は大丈夫だから」と言って心配かけないように笑う。だが、それはすぐにキサラギに見透かされた。

 

「何が、大丈夫だ。今にも泣きそうな顔で無理に笑いやがって」

「……本当に、大丈夫、だって」

「声が震えている。俺の前で強がるな」

「……」


 マコトはどうしようも出来なかった。笑うなと言われても、弱音を吐きたくはなかった。聞かれたくはなかった。


「(ああ、でも今更強がったって意味がないのは分かっている)」


 幾度なく守ると言って、守れた事がない。言葉だけの自分が情けなくて仕方なかった。だから、今度こそ守りたいとマコトは思った。

 しかしそんなマコトの思いをキサラギは許したくなかった。


「お前……多分今まで俺が怪我をする度に俺を守れなかったって、後悔してるだろ」

「っ……⁉︎」

「図星だな。分かりやすいんだよお前は。どれだけ一緒にいたと思うんだよ」


 心からの笑顔はあんなに美しいのに、いつからか曇ってしまったそれはキサラギもなんとなく責任を感じていた。

 自分がもう少し気をつけていれば。強ければ。そう後悔しても、結局また傷ついて心配をかけてしまう。

 だがそうまでして守りたいものがキサラギにはあった。


「お前は俺の居場所だ。チハルはどうだったか知らないが、少なくとも俺の居場所はここじゃなかった。……だから、俺はお前を守りたい」

「キサラギ……」

「お前は大人しく俺の側で笑っていてくれ。それで俺は、救われたんだから」


 キサラギは今まで思っていた事を少しずつ口にした後、マコトの背中に腕を回して抱きしめる。マコトの空色の目からは大粒の涙が流れていた。


「一緒に、上層に帰ろう。マコト」

「……っ、帰る。帰りたい……! だけど」


 マコトは嗚咽混じりに「帰れない」と言った。方法かとキサラギは思ったが、それ以上に気がかりなものを思い出し、キサラギは聞いた。


「……国の事か?」


 キサラギの言葉に対しマコトは頷いた。

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