四章 白狼と氷空花

【4-1】神獣山にて

 桜宮おうみやでの一件後、ヴェルダが関わっている可能性が高いという事もあり、流浪の旅団はしばらく桜宮に滞在する事になった。

 

「所でキサラギ。次どこ行くとか決まってたりするの?」


 レンに聞かれ、キサラギは「そうだな」と腕を組む。すると偶然側をタルタが通りかかり、キサラギは呼び止めた。


「ん? 何か僕に用かい?」

「ちょっと、な」


 梅雨が明け次第出発するつもりでいるが、キサラギの中でどうしても引っかかっている人物がいた。

 本当ならば、代役の練習後にでも聞こうと思ったのだが、あの一件のせいで聞くのを忘れていたのだ。

 

「フェンリルって、知ってるか?」

「フェンリル? ああ、知ってるよ」


 タルタは笑みを浮かべた後、「でもどうして君が?」と不思議そうに訊ねてくる。

 流石に夢で聞いたとはいえない為、少し考えた後「旅の噂で聞いた」とキサラギは言う。

 

「ヴェルダの事は桜宮の連中も調べるらしいが、とりあえず俺はフェンリルに会いに行きたいと思っている。ヴェルダとも一度関わりがあったみたいだしな」

「……成る程」


 タルタは「そうだなあ」と複雑な表情を浮かべつつ、悩み始めた。

 というのも彼もまた旅をしているので、どこに居るかは分からない。

 すると、タルタを探していたフィルがやってくる。


「何かあったの?」

「いや、フェンリルの事を教えようかどうか迷ってたんだよ」

「フェンリル? ってキサラギ、フェンリルの事を知ってるの?」

「ああ。名前だけだがな」


 と言いつつ、夢の中でフェンリルの姿は見たのだが。その事を話すと面倒くさくなりそうなので、あまり詳しくは知らないフリをする。

 フィルはタルタとは別にニコニコしながら「旅してるからねぇ。どこにいるんだろう」と呟く。


「でもこの時期だと神獣山しんじゅうざんにいるのかな」

「そうだね。……もうすぐ命日だし」

「命日?」

「そう。彼と一緒にいた一人の魔術師の、命日さ」


 魔術師。その言葉にキサラギはふと黒猫の夢を思い出す。

 そういえば、ライオネルの封印を解いた魔術師がいたと黒猫が言っていた。年齢などは分からなかったが、病か何かだろうか。

 

「(まあ先ずは、フェンリルと会う事を考えるか)」


 キサラギはそう思いながら、レンに旅の行き先を伝えると「了解!」と笑顔で頷いて離れていく。


「兄様にそう伝えてくるね」

「分かった」


 レンが去った後、フィルが「道案内しようか?」と言う。どうやら付いていくつもりらしい。


「案内は助かるが……旅団はどうするんだ」

「旅団は桜宮にしばらく滞在するし、心配しなくて良いよ」

「だってさ」


 タルタの言葉に対してフィルがそう言うと、キサラギは「いいのか」とタルタを見る。

 タルタは「いいよ」と言ってフィルの肩に手を置いた。



※※※



 その頃、桜宮から遠く離れた神獣山の中腹に一人の男がいた。

 男は拠点であるログハウスから少し離れた、小さな丘にある墓の前に跪くと小さな黄色の花を置く。

 その墓は土を盛り、大きな石を置いただけの簡素なものだったが、男……フェンリルにとっては大事な人が眠っていた。


「……すまねえなトトさん。まだ、見つからねえんだ」


 謝った後墓石に触れて撫でる。勿論生物の体温の様な温もりは感じないが、それでもフェンリルには何となく温かく感じた。

 少しして立ち上がった後、空を見上げれば重く黒い雲が徐々に青空を侵食していく。どうやら嵐がくるらしい。温い風が強く当たる中、何かの気配にフェンリルは気づくと振り向いた。


「! ……お前」

「久々だな」


 鋭い色違いの瞳が目の前の男に向けられる。

 かつてはオアシスの二柱だなんて呼ばれていたその男は、今はその面影も見当たらない程に禍々しい気を漂わせていた。

 

「最後に会ったのは、神殿の中だったか」


 そう言って男は背丈並みにあるグレートソードを片手に持ち、フェンリルに刃先を向けた。


「何しに来た」

「ついこの間、流浪の旅団のとある魔術師を使って、桜宮を潰そうとしたんだが……失敗してな。以前、お前と流浪の旅団が接触していたという報告が上がっていたのを思い出して、近々流浪の旅団の団員が来るんじゃないかと思ったんだが」

「……」


 フェンリルはより険しい表情になる。そして右腕に氷を纏わせ、籠手を作ると振り下ろされた剣を防ぐ。

 

「グレン・ブラックストン……!」


 男の名前を呼ぶと、驚いた表情を見せた後口角を上げると剣に力を込めて腕をへし折ろうとする。

 だが、その前にフェンリルはグレンの腹部に向けて勢いよく蹴り飛ばすと、追撃する為に拳を握りしめる。

 すると辺りに電撃が走った。青白い光が地面を走っていく。雷鳴も聞こえ真っ暗になると、間を置いて大粒の雨が降り出した。

 濡れた前髪をそのままにグレンを睨んでいると、グレンは剣を空高く掲げる。

 それに応える様に、真っ黒な雲から雷が落ちて剣に纏わりつく。その手首にはあの操りの腕輪があった。


「……っ!」


 オアシス時代のグレンも中々に強かった。だが、今の彼はそれよりも倍以上強くなっている気がした。


「どうした? まさか怖気ついたのか?」

「……」


 雷鳴が響く中、グレンの腕輪に目をつけると距離を狭め、腕輪のある右手首を狙う。

 氷の籠手は雨で冷気を漂わせ、形状を微かに変えつつも防ぐ剣に当たっても砕けることはなかったが、剣に纏う雷電が大きく弾け火花が散った。


「っ……!」


 再度腕輪に手を伸ばすと、足元から衝撃が走り膝をつく。地面からは湯気が漂っていた。


「残念だったな。今の状況じゃいくらお前でも不利だ」


 そう言ってグレンは溜まった泥水を足で跳ねさせる。その足元には小さな稲光が見えた。


「……何故だ」

「?」

「何故、お前がその腕輪を、しているんだ……!」


 フェンリルがグレンに会ったのは以前の一度だけ。それも、今と同じく敵として現れたグレンは戦闘の中でずっとオアシスのことを言っていた。

 ずっとオアシスの為に生きるのだと、危機を救うのだと。そう言っていたはずなのに。


「オアシスは、どうしたんだよ……! オアシスの魔術師は⁉︎」

「はぁ……ったく何を言い出すかと思いきや。全く何年経ってると思っているんだ」

「⁉︎」


 呆れ混じりにグレンはフェンリルの左肩を貫いた。そして感情のない声で言った。「立て」と。


「ほら早く立てよ。半神なんだろ。こんな傷早く癒えるだろうが」

「……っ、グレン‼︎」

「うるせえ‼︎」


 フェンリルの声をかき消す様に剣を振るう。

 避けきれず額ごと前髪が切れると地面に倒れ込む。その上から押さえ込むように、頭に足を置いて踏みつける。


「テメェは神だから分かんねえだろうがな、もう十年以上経ってんだぜ。それだけ経ったら考えぐらい変わってもおかしくねえだろうが」

「ぐっ……だが、お前、は」

「黙れ。俺の主人は今はヴェルダ王だ。ヴェルダの敵は倒す。それが今の俺の忠義だ」


 見下ろすグレンの目に光はない。グレンの足首を掴み、意地でもフェンリルが頭を持ち上げる。

 それを静かに見つめながらグレンが剣を振り下ろそうとした時、雨とは違う大量の水が降り注ぐ。

 第三者からの突然の攻撃に、グレンは周囲を見渡す。すると、遠くに小さな少女の姿があった。フードで隠れている為顔は分からないが、青い髪のその少女は震えながらももう一度グレンに攻撃しようとする。


「っ、やるか……小娘」


 邪魔された事に苛つき頭から足を退かした瞬間、勢いをつけてフェンリルが起き上がると、咄嗟に氷の剣を作り出し攻撃する。

 氷の剣はすぐに壊されたが、ばしゃりと再び水が被せられる。

 それに続いて黒い稲妻がグレンに襲いかかった。その稲妻はフェンリルには見知ったもので、すぐに振り向くと少女の側に黒髪の半獣人の女が立っていた。


「ルディ……!」

「よそ見をするな! 前を見ろ!」


 フェンリルに対してそう言った後、ルディは神をも傷つけるという魔剣を構える。

 流石に不利だと思ったのだろう、舌打ちした後グレンは雷撃で目眩しをして、その場から消えた。

 少ししてルディと少女が走り寄ってくる。


「ヴェルダの奴か?」

「……ああ」


 複雑そうに頷いた後、傷が痛み出し左肩を押さえる。と、ふわりと柔らかな光がフェンリルを包み込んだ。

 きょとんとした後、フェンリルはルディの隣にいる少女を見ると彼女は肩を跳ねてルディの背後に隠れた。

 そんな少女にルディはため息をついて「シルヴィア」と少女の名前を呼んだ。


「シルヴィア?」

「ああ。……そこのトトさんの姉さんに頼まれたんだ。慣れたらそうでもないんだが、結構人見知りみたいでな」


 自分よりも少し低いシルヴィアの頭をフードの上から撫でる。

 フェンリルは「そうか」と笑みを浮かべると、シルヴィアの目線に合わせてしゃがみ込む。


「さっきも、ありがとな。助けてくれて」

「い、いえ……その……」


 小さく、けれども綺麗な声。気づけば雨雲も去っていて、シルヴィアがフードを外すと青い髪がキラキラと輝いているように見えた。


「……」

「……フェンリル?」


 放心するフェンリルにルディが目の前で手を振る。

 それに気づき、ハッとして立ち上がると「何の用だ?」と平然を装う。だが、ルディにはバレていた。


「まさかとは思うが、シルヴィアに……」

「ち、違……いや、違くないけども! それよりも何か用があって来たんだろ⁉︎」

「はぁ」


 照れ隠しする様に声を上げると、ルディはやれやれと言いたげにフェンリルを見つめる。

 シルヴィアはシルヴィアでルディから離れずにしがみついていた。

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