【3-9】それぞれの居場所

 刃が手で止められ押し返される。

 正面からぶつかっても意味がないのは分かっていたが、戦う内にマンサクもまた以前と比べて強くなっている事を感じていた。

 

「っ……」


 左脇腹に痛みを感じて膝をつく。

 先程地面に叩きつけられた際に強く打ったのが悪かったのだろうか。一度深く息を吐くと、こちらにやってくるマンサクに刀を振るう。


「無駄だと言っただろう」

「っ、く……!」


 刃先を掴まれ外へと押し返される。苦痛の表情を浮かべると、ばきりと目の前で刀が破壊されてしまう。

 破片が飛びウォレスは唖然とする中、赤黒い?刃が振り下ろされる。刀を離し右に向かって飛び避けるが、武器がない以上なす術がない。

 マンサクは砕いた刀を手放した後、ウォレスに向かって刃を飛ばす。それを避けつつ、どうしようかと迷っていると、背後から誰かが走ってきた。


「っ⁉︎」


 赤い羽織。それを見てすぐにキサラギだと分かる。

 キサラギは飛んでくる数多の刃を切っていくと、マンサクの胸元に真横に一線を走らせた。

 

「なっ⁉︎」


 刃をものともしなかった筈のマンサクの肌に初めて傷が入る。

 浅い傷ではあったがじわじわと染み出す血に驚きを隠せないまま、キサラギを睨んだ。

 

「貴様……‼︎」


 一歩、二歩と後退し、キサラギを恐れる様に離れると刃をまた放つ。

 だが、全て無駄だった。次々と打ち消され、あまりにも早い速さで近づいてくる。

 マンサクは舌打ちし、「興醒めだ」と言うと黒い炎を纏う。

 キサラギは目前の炎から守る様に腕で顔を覆った後、少しして炎が収まり腕を下ろし、焼けた草原を見つめる。


「逃げやがったか」


 呆れたようにため息をついた後、キサラギは振り返ってウォレスを見る。ウォレスは呆然としていた。


「大丈夫か?」

「! ……あ、ああ」

「ならいいが」


 落ちていた仮面を拾いウォレスはキサラギの元に来る。

 すると、焼け跡にキラリと何かが光るのが見えた。何だ? と思いつつ、光るそれを拾うとそれは欠片だった。

 ざらざらとした感触と見た目からして、石などで作られた何かの円盤の欠片の様だが、それに違和感を感じさせる様に紐が括り付けられている。


 なんだこれとキサラギは小首を傾げ、夕日に照らして眺めていると、欠片の真ん中に埋め込まれている青い宝珠らしきものが目に留まる。

 ウォレスも気になったのか、キサラギの背後から覗くと「何してるの?」という声に二人はビクつき、振り向く。そこにはライオネルが立っていた。


「ウォレスが単身で戦ってるって、タルタから聞いて駆けつけたんだけど……それ何?」

「黒い狐野郎が落としていった」

「黒い狐野郎って」


 キサラギの言葉にライオネルは苦笑いしつつ、キサラギの持つ欠片を見る。と、その欠片のある部分にライオネルは驚いた。グラスティアの王家の紋章が書かれていたからだ。

 グラスティアの王家の紋章……。だがあの男の格好からして、関係性は低そうだが。キサラギは不思議に思いつつもとりあえず欠片を懐にしまった後、改めてウォレスを見ると怖い表情を浮かべている事に気づく。

 ライオネルもそれに気付き「ウォレス?」と声を掛けた。

 ウォレスはライオネルの肩を掴むと、「話がある」と低い声で言う。

 すると、無意識に押さえている左脇腹を見て、ライオネルは察した。


「ったく、無茶するなぁ」


 そうため息をついて、ライオネルはウォレスを支えるために肩に腕を回す。その後、キサラギに一緒に天幕の方へ来るように頼むと、キサラギは頷いた。

 

「……そういえば、あの男とお前面識あるのか?」


 ふと、キサラギがウォレスにそう訊ねると、彼は足を止める。そして小さな声で言った。「仇だ」と。


「でも倒せなかった」


 淡々とした口調で言う。だがその目は微かに動揺しているようだった。普段は表情を仮面で隠している分、尚更そう思うのだろうか。

 ライオネルは何も言わずウォレスを見つめると、再び歩き出したのを見て一緒に歩き出す。キサラギもその後をゆっくりとついていった。



※※※



 流浪の旅団の元に戻ると、先に逃げていたフィル達が手当てを受けていた。

 カイルはキサラギを見て一瞬笑みを浮かべるが、ウォレスの様子を見て心配そうに歩み寄る。


「怪我は?」

「ぼ、僕達は大丈夫です。でも……」

「ウォレスはまあ大丈夫だ。それよりも、プリーニオの様子はどうだ」

「プリーニオさんは……」


 医務室の奥に進むと、包帯だらけの手でそばに眠るフィルの頭を撫でるプリーニオの姿があった。

 彼はこちらに気がつくと「ああ」とばつの悪そうな顔をして言う。


「すまないな色々と」

「まあな。……で、起き上がっても大丈夫なのか」

「とりあえずは」


 視線をフィルに移す。フィルもまた傷だらけだったが、目元が濡れている所を見るとさっきまで泣いていたのだろうか。思わず息を吐いて、「どいつもこいつも無理しやがるな」と呟く。

 するとそれを聞いていたのか、後ろからタルタが「君もね」と、腕を指差して言う。


「君達には沢山迷惑をかけたね、代役とか、プリーニオの事とか」

「……ま、その分礼か何かで返してくれるって言うんなら別にいいんだけどな」


「そうじゃないと割りに合わないだろ」そうキサラギが言うと、タルタは真剣な顔で「何でもするさ」と言う。

 それを聞いた上で、キサラギは懐からマンサクが落とした首飾りを取り出す。と、それを見たプリーニオとタルタが驚愕する。


「っ、これ」

「な、何故お前が⁉︎」

「黒い狐のや……男が落とした」

「! ……アイツ」


 プリーニオの表情が強張る。キサラギはそれをプリーニオに見せつつ、「お前のか?」と訊ねる。

 プリーニオはタルタをチラリと見た後、渋々と頷く。

 

「俺に聞いたってことは気付いていたのか?」

「何となくはだがな。聖園みその領域の格好をしているのに、グラスティアの首飾りを持ってるのは違和感があったから、もしやとは思ったんだが」

「……」


 手渡すと、プリーニオはそれを握る。だが、そのままキサラギに返した。


「?」

「それは、お前が持っていてくれ」

「何故」

「お前、旅してるらしいな。ケンタウロスの少年にそう聞いたとフィルから教えられた」

「ああ」


 遠くでライオネル達と話しているカイルの後ろ姿を見た後、改めて「いいのか?」と聞くとプリーニオは頷き、「持っていってくれ」と言う。


「グラスティア亡き今俺が持っていても意味がないからな。それに、ヴェルダに持っていかれるよりはまだマシだ」

「……分かった」


 首飾りを懐にしまう。するとプリーニオは「キサラギ」と名前を呼び、離れようとしたキサラギを足止めする。


「フィルを。仲間を助けてくれてありがとう」

「……」


 感謝の言葉をキサラギは少し照れた様子で受け止めると、「ああ」と小さく笑った。

 


 その日の夜、桜宮おうみやの屋敷で再び降り出した雨を見つめていると隣に座っていたマコトが「大変だったね」と言う。


「ああ。ただの代役からまさかこんな事になるなんてな」


 マコトは膝を抱えると、キサラギの話に相槌を打ちながら同じく雨を眺める。遠くからは雷らしき音もした。


「なあ、キサラギ」

「何だ」

「今から変な事言っていいかな」

「……なんだよ、変な事って」


 呆れつつマコトを見るとキサラギはギョッとした。マコトの目から大粒の涙が流れていたからだ。

「何で泣いているんだ⁉︎」と周囲を見渡した後に言うと、マコトは腕で涙を拭いながら途切れ途切れに話す。


「なんか安心しちゃって……、ごめん、戦いに馴れてるはずなのに……」


 無理に笑おうとするが声や肩が震えていた。キサラギはふと以前から感じていた事を言う。


「お前は、俺と誰かを重ねて見てるだろ」

「!」

「(図星か)」


 分かりやすく反応した彼女にため息をついた後、キサラギはマコトの肩にそっと手を置いてゆっくりと引き寄せる。

 コテンとマコトが寄りかかり固まるのを感じた後、キサラギは考えていた事を口にする。


「お前の知っている奴って、そんなに俺と似てるのか」

「……似てる。けど、大きくなった姿を見た事がないから」

「そうか」


 大きくなった姿を見た事がない。……ああ、成る程。とキサラギの頭の中でつながっていく何かがあった。

 だが、たとえマコト自身も考えているであろうその事実が本当だとしても、自分にはその記憶がない。思い出したい気持ちもあるが、その一方で拒む自分もいた。

 

「(けれども、微かに感じていた事はあった)」


 マコトと初めて出会った時に見たあの笑顔。朝霧あさぎりという国の名前に何故か聞き馴染みがあった事や、下層から来た彼女が自分の短刀の存在を知っていた事。

 ……果たしてこれは偶然なのだろうか。キサラギはそう疑ってしまうくらいに何かが積み重なっている気がした。

 そういえば以前スターチスが何か言っていなかっただろうか。確か……。


「(『帰り道』……か)」


 その言葉通り自分は帰ろうとしているのだろうか。かつて自分が望んでいたであろう、その場所へと。

 キサラギはそう思いつつ、マコトに訊ねた。


「なあ、その誰かって、家族っていたのか?」


 マコトは顔を上げてキサラギを見る。きょとんとしていたが、頷いて「いるよ」と言う。


「優しい両親がいた。でも最近は当主のお身体があまりよくなくて……代わりにまだ幼い弟に跡を継がせるという話を聞いている」

「弟、か」


 きっと本来ならばその誰かが跡を継ぐつもりだったんだろう。それを幼い弟が継ぐらしい。

 幼い……という事はまだ子どもか。いくつぐらいなんだろう。

 そう考え始めた所で、キサラギはハッとするとバツが悪そうに頭を掻いた。


「(って、何考えてるんだよ俺は。まだそうだって決まったわけじゃ無いのに)」


 溜息をついて目を伏せるとマコトに寄り添う。

 そして彼女にしか聞こえない声でキサラギは呟く。「羨ましい」と。

 それに反応するかのように、二人の見えない場所で聖切ひじりぎりが一瞬だけ光を帯びた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る