【3-6】梅花の魔術師
逃げる黒翼の男を追うライオネルはふとある話を思い出していた。
その話というのは紅髪の姫を愛した一人の魔術師の物語なのだが、今の状況と似ている部分がいくつかあった。
「(梅、紅い髪の女、そして人形に黒い翼の男……)」
長屋の屋根を走る黒翼の男に向けて魔弾を放つ。
しかし軽々避けられ地面に降りると、そのまま流浪の旅団の団員達がいる天幕へと駆けていく。
流浪の旅団……。信じたくはないが、天幕の中に入っていった男に続くようにライオネルも入っていくと、黒い羽根が目の前を舞う。
そこに男の姿はなく、代わりに見慣れた姿がそこにいた。
パタンと本を閉じる音が響き、ゆっくりとこちらを振り向く。
「……今、目が覚めたって感じじゃなさそうだね」
「ま、そうだな」
包帯は外されており、真っ黒に塗りつぶされた右目がぎろりと睨む。
昨日とは違って禍々しい気を漂わせながら、プリーニオは「驚いただろ」と嗤う。
「いつからこんな事を」
「さあ? いつからだろうな?」
「……これは、アンタ自身が計画したの? それとも」
「ヴェルダからの命令か? だろ。流石元ヴェルダに居ただけあるな」
「
様々な分野のある魔術の中でも、芸術を主とした魔術師は何人か有名な人物はいる。
三大魔術師の一人であるトト・オールポートという女性魔術師もそうだが、梅花の魔術師というと元は確か作家ではなかっただろうか。
「【梅の花と黒翼】っていう話を知っているか。紅い髪の女を恋する黒い鴉の様な翼人の物語さ」
「……ああ、知ってる。ノンフィクションの物語なんでしょう? そういえば、流浪の旅団の最初の公演はそれだったそうだね」
「正確には流浪の旅団の前身の劇団だがな」
戦争が起こる前、グラスティアは今では考えられないくらいに
その国にあったグラスティア劇団。それは、今の流浪の旅団の団長であるカンパも所属していた国営の劇団だった。
「俺はあの国で、アイツ……プラムと暮らしていた。母親が
『紅く美しい姫君を、私は大事に守っていきたい。この凍土のような私の心に春を届けてくれたのは、貴女だけだ。』
まさにプロポーズともとれる台詞を入れたのも、きっとプラムという女性に向けて贈った物語だからなのだろう。
物語の中では二人は幸せなまま終わっているが、現実は物語通りにはいかなかったらしい。
「あの戦争が全てを奪っていった。プラムも、アイツが大事にしていた梅の木も……全て」
「それで、流浪の旅団に?」
「ああ」
「……じゃあ、何で今回こんな事をしたのさ」
国や仲間をも巻き込んで何をしようとしているのか。それを聞こうとした瞬間、気配を感じてライオネルは咄嗟に振り返る。
短剣を抜いて何とか防いだものの、紅い髪の人形が周囲に沢山現れ、近くにあった舞台へと上がると魔術で焼き尽くそうとした。が、場所が悪かった。
「(天幕の中で炎なんか使ったら、酸欠と火災が起こる……)」
魔弾を使おうか迷った挙句、床に手をついて力を注ぐと、魔法陣が人形達の足元に浮かび上がる。
「‼︎」
眩い光を発しながらバチバチと弾ける音に、プリーニオは目を逸らす。少しして光は止むと、人形は焼き焦げた穴があちこちに空いていた。
「……で、何? 結局のところ、ヴェルダの命令なの?」
苛立ちながらライオネルは床から手を離して立ち上がるとプリーニオを睨む。
プリーニオも睨み返し、小さな声で「ああ、そうさ」と呟く。
「ヴェルダの王様はどうも八年前の事を根に持っているらしいな。
だが大きな襲撃は同時にリスクもある。
実際に八年前に鬼村襲撃後、桜宮を主とした聖園領域の連合軍によって攻められているだけに、一国ずつを徹底的に潰したかったらしい。
そんな時、プリーニオはヴェルダの使者にある話を持ちかけられた。
「協力すればグラスティア復興の為に手を貸すと。だが、断れば流浪の旅団の団員達の命はない。そう、言われた」
「成る程、つまり脅されたって訳ね」
「……」
本を閉じプリーニオは目を伏せる。しばらくして、目を開けると悲しげに笑って「すまないな」と謝った。
「俺はもう、失いたくないんだ。大事な仲間を。大事な居場所を」
勿論、こんな事は間違っているとはプリーニオも分かっている。だが、ヴェルダという脅威に刃向かえる力なんてなかった。
プリーニオの気持ちはライオネルにも痛いくらい分かる。だが、桜宮の魔術師である以上それは許しておけない。とはいえ、流浪の旅団を蔑ろにする気もなかった。
震える手から本が滑り落ち、膝をつくプリーニオにライオネルは歩み寄る。
すると天幕の出入り口から誰かが走ってくる。キサラギか? ライオネルがそう思った瞬間、腹部に圧がかかった。
「ぐっ……⁉︎」
声を漏らし、押されるがまま倒れると乗り掛かる人物を見てライオネルは目を見開く。
「……『俺』?」
銀色の髪に、左右色違いの瞳。髪色や瞳の色は違うが、それ以外は
ゆっくりとナイフを抜かれ、痛みでライオネルは顔を顰めるとその表情を喜ぶかの様に笑みを浮かべ、男は言った。
「初めまして、オリジナル。そして……さよならだ」
無邪気さの混じる声で、ナイフが振りおろされた。
※※※
「あの野郎、一人で行きやがって」
そうぶつぶつ言いながらキサラギはライオネル達が向かった方向へと走っていく。
アユ達が加勢したのもあり、屋敷の方の人形は殆どいなくなった。
霧がかっていた空も次第に晴れていき、町には人々の姿もちらほらと見える。力が薄まってきてはいるのだろうが、まだ安心はできない。
警戒しつつ、ライオネルの姿を探していると後ろから「待ってー」とフィルの声が聞こえ、足を止める。
「はぁ、はぁ……やっと、追いついたぁ」
「……何だ、一体」
膝に手をついて肩で息をした後、フィルは「ちょっと気づいた事があって」と、キサラギに近づく。
「梅の花に、人形、そして鴉みたいな男の人が出てくる物語があるんだけど……」
「物語?」
「うん。……それで、最初思い出した時、信じたくはなかったんだけど……」
顔を少し歪ませつつも一呼吸置いてキサラギを見ると、フィルはキサラギに訊ねた。
「梅花の魔術師って呼ばれてる人が、流浪の旅団にいる。その人は……キサラギもよく知っている人物、なんだよ」
「よく、知っている人物……だと?」
「……プリーニオ」
「!」
その名前を聞いてキサラギは驚く。昨日の彼の様子を思い出すが、そんな事をする様な人物ではなかったはずだ。
思わず「何故」と呟くと、フィルも困惑して「分からない」と言う。
「本当に、プリーニオがやった事なのか?」
「……うん。けど、俺は……信じたくない」
信じたくはないけれど、明らかに彼による力だとフィルは分かってしまった。あの梅も、人形も、黒翼の翼も。
どんな理由でこんな事をしたかは知らないが、よりにもよって大事な作品で人々を傷つけた。その事実が何よりも悔しく、そして悲しかった。
「(大好きな人への贈り物だったんじゃないの。プリーニオ)」
落ち込むフィルに、キサラギは何も言わずに背を向ける。そして「一度話をすればいい」と言って歩き出す。フィルは目をパチクリとさせた後、プリーニオのいる場所が分かるのか? と聞く。
「アイツが追いかけていった方向的にも、お前らのいる場所にいるんじゃないか? まあ、確信は持てないが」
「……」
「……ほら、早く行くぞ」
催促されフィルは頷くと、キサラギの後をついていく。
再び走り出したキサラギを追いかけるのは大変だったが、何とか天幕の近くまで来ると妙な静けさにフィルは嫌な予感がした。
「(師匠……団長……!)」
裏から入り、団員達が寝泊まりしているテントを覗き込むと団員達は未だに眠っていた。
だが、その中にはやはりプリーニオの姿はなく、舞台のある天幕の方へと行くと話し声が聞こえてきた。
「……!」
「な、何?」
「少し待ってろ」
短刀を手にし、険しい顔をしたままキサラギは気配を消して舞台裏から覗き込む。
天幕の中の真ん中で、ライオネルらしき人物が誰かに押し倒されている。すぐ側にはプリーニオもいるが、ライオネルに馬乗りになっている人物は一体……。
観察していると、男は大きなナイフをライオネルに振り下ろそうとする。
「っ!」
舞台裏から飛び出し、短刀を投げる。短刀に気付いた男はギリギリで顔を逸らして避けた後、ライオネルから離れる。その隙を狙い、ライオネルが魔弾を飛ばした。
髪が数本舞う中、余裕そうな表情を浮かべながら男は猫の様に床に両手足をついて着地すると、口角を上げてキサラギを見る。その顔にキサラギは驚愕した。
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