【3-7】怒りを誘う者
「……ライオネル、か?」
その言葉に男は「残念」と言ってキサラギに迫る。
短刀は投げた事で手元にはない。だが、それを察するようにライオネルが自分の短剣を投げ渡す。
すぐ側の床に刺さった短剣を足で手元に上手く飛ばし、手にすると男のナイフを防ぐ。
身長はライオネルと同じだが体格はこちらの方が上だ。ナイフを弾き飛ばすと、腹部を蹴って距離をおく。
背中などを木箱などに打ちつけた男はしばらく動けそうになかったが、くつくつと笑い出すと起き上がった。
「屋敷でも短刀投げてたけど、大事にしなよ……」
「うるせえ。お前こそ身体大事にしやがれ」
拾って傷を押さえながらやってくるライオネルに短剣を返し、短刀を貰うとキサラギは男とプリーニオの様子を見る。
一方、舞台裏で待たされているフィルはそっとこちらの様子を窺っており、プリーニオは座り込んだまま動かず男を凝視していた。
「流石、鬼村の唯一の生き残りだね……容赦がない」
男がそう言うと、キサラギは眉間に皺を寄せる。
「(自分の事を鬼村にいた事を知っている……。ライオネルを負傷させた時点で敵であることに間違いはないが、何故自分が生き残りだと分かったんだ?)」
ライオネルを見れば彼もまた驚いているようで、先程までとは一変してキサラギの前に庇う様に立ち塞がる。その目は鋭く、そしてどこか怯えている気がした。
男はそんなライオネルを嘲笑し、「必死だね」と言った。
「そんなに怖い? ヴェルダが? ……ま、そりゃそうだよね。あんなに言われていた三大魔術師でさえも太刀打ち出来なかったんだし」
「……っ」
「挙げ句の果てには情報を沢山とられて捨てられて。……あんな偉業を成したというのにね」
「うるさい‼︎」
ライオネルの怒鳴り声が響く。そしてそのまま魔弾を容赦なく撃ちまくる。
男はナイフで弾き、避けながらさらに煽り続けた。
「あ、ごめん。偉業って言っても、アンタにとってはトラウマだったね。でも気持ちよかったでしょう? 沢山の命を燃やして引き裂いて……はは、羨ましいな!」
「っ‼︎」
柱が折れる音が響き渡る。正気を失ったライオネルが怒りのままに男を攻撃し続ける中、キサラギがライオネルの肩を強く掴む。
「っ敵の言葉に惑わされるな‼︎」
「そうだよー、魔術師が敵の言葉に惑わされるなんてー」
「(くそ、先にアイツをどうにかしねえと)」
あの男の言う偉業というのは、村の襲撃の事だろう。その話を持ち出したという事は、ライオネルだけでなく自分の感情をも揺さぶる気でいるらしい。
短刀を握りしめ怒りを鎮めるためにキサラギは息を吐いた後、ライオネルの負っている傷に向けて、短刀の頭で突くと痛みのあまり声を漏らしてうずくまった。
「冷静になったか?」
「もっと、別のやり方、あった、でしょ……」
「さっき止めたんだが」
ため息をついた後舞台裏にいるフィルを呼ぶと、ライオネルを連れて行く様に言う。
ライオネルは男を警戒してか、「キサラギだけでは危ない」とキサラギの着物を掴んで留まろうとするが、無理やり離すと男の元に向かう。
「あれ、アンタ一人でやる気?」
「ああ。アイツは使い物にならねえからな」
「あ、そう」
フィルはこちらを心配しつつもライオネルを連れて舞台裏に逃げる。その際にプリーニオを気にする素振りを見せていた。
「おい、お前もさっさと逃げろ」
「だ、だが……」
「脅されていたんだろ。ったく、後で話は聞くから足手まといになる前にさっさと行きやがれ」
「……」
プリーニオは本を片手に立ち上がり、何度か振り返りながらフィルの後を追う。
男は笑いながら「逃げても無駄なのに」と呟く。
「まあいいや。とりあえずアンタを先に消した後で」
両手にナイフを持ち、そして構えると、男は今までにないスピードで迫ってくる。
短刀で防ぎきれず髪と頬を切られると後方に退がり、舞台のセットや道具などを障害物として互いの間に挟みながら隙を狙う。
頬から流れ出る血を指で拭った後、キサラギは男の背後に回ると積まれた木箱の隙間から攻撃する。
だが男の振り向き様にナイフで短刀は塞がれたが、力づくで押すと滑って男の手を傷付ける。
「いったいな……」
一瞬顰めた後、負傷していない左手で切ろうとする。そのナイフも短刀で塞ぐと、脚を引っ掛け男を押し倒した。
左腕を右足で踏んで押さえながら短刀を首元に当てると、「聞きたい事がある」と威す。
「お前は何者だ。何故そんな姿をしている」
「ハッ、誰が言うかよ。言ったらこっちの命も無くなるっての」
「……じゃあ、お前はヴェルダの奴か?」
「ま、そんな所。で、どうするの?」
そう、笑みを浮かべたまま男は言った。キサラギは短刀に力を入れて男の首を切ろうとする。
白い肌に刃が食い込み、赤い筋が出来始めようとした時。
「悪いけど、時間切れだね」
「何?」
男がよりにっこりとすると指を鳴らす。それを合図に頭上で何かが弾ける音がすると、柱が倒れ天幕が崩れ出す。
キサラギの気が緩んだ隙に、男はキサラギを押し返すとその場から逃げた。
キサラギも追おうとしたが、目の前を大きな柱が防ぐ。
「チッ、ここまでか……!」
崩れていく天幕からギリギリ逃げる。あと少しで完全に崩れようとした時、手が差し出されその手を握ると、力強く引かれ、外に出た瞬間キサラギは倒れた。
少しして起き上がるとマコトが側にいた。……というか、押し倒していた。
すぐ様離れると、視線を感じて見上げる。そこにはキョトンとしているアユと、呆然としているウォレスがいた。
「大丈夫、です?」
「あ、ああ……。マコト、大丈夫か?」
「え、あ、うん」
気まずい空気が流れる中、マコトを起こすと男の姿を探す。だが、どこにもいなかった。
放心しているマコトを気にしつつもアユにライオネルの事を聞くと、彼はタルタによって手当てされているらしい。
「それよりも中で何が……?」
「ヴェルダと関係する男がいたんだが、逃げられた」
「逃げられた?」
「ああ。……見た目がライオネルとよく似ていやがったが」
それを聞いたアユとウォレスは互いの顔を見合わせる。その間にマコトはキサラギの怪我に気付き、頬に触れる。
「どうした?」
「いや、傷が残らないか心配で」
「……その時はその時だろ」
見た感じ深い傷ではなさそうだが、腕の怪我といい傷だらけのキサラギにマコトは不安気に見つめる。
今までの怪我に比べたらまだ軽い方とはいえ、マコトの表情にキサラギは心配かけぬように頭に手を置いた。
「別にこのぐらいじゃ死にやしねえよ。安心しろ」
「……あ、ああ」
渋々頷いた後、哀しげに笑うと「そうだよな」と言った。
「(キサラギは強いから、大丈夫)」
そう分かってはいてもこの重く不安な感情は消える事はなく、キサラギを崩れる天幕の中から引っ張った手は小さく震えていた。
※※※
「つまり、舞台のセットが倒れてルッカが怪我したのも」
「ヴェルダに命令されたから、なのか?」
「……すまなかった」
プリーニオの話を聞いたフィルとルッカは驚く。プリーニオは顔を上げず本を握りしめると話を続ける。
彼に任されたヴェルダからの命令は、
初日の公演は警戒させぬように通常通りに行わせ、次回公演で狙いを定めて潰す。その為に、もう一人の主役であるルッカを負傷させ代役を桜宮の主要人物にやらせる。
だがその計画を聞く限り、桜宮の主要人物だけでなく流浪の旅団や民までも巻き込んでしまっている。
「もしかしたらそれも狙いだったのかもしれない。……けど、俺は出来なかった。仲間を守る為に引き受けた筈の依頼で仲間を失いたくはなかった」
「だから、人々を魔術で眠らせた。犠牲を最小限にする為に」
「ああ……。とはいえ、ルッカには傷を負わせてしまったが……」
「……」
ルッカは黙り込む。すると、フィルが「それでも許される事じゃないよ」と低い声で言った。
「あれはプロムさんに贈った大事な物語だって、前に話したよね。ずっと守っていきたいって、言ってたよね」
「フィル」
「ごめん。プリーニオの気持ちも分かなくもないんだ。でも……悔しかった。そんな大事な作品を武器にしないといけないくらいに、俺達って弱かったの?」
「!」
仲間なんだから頼って欲しかった。そんな思いを抱えながら、フィルは目元を手の甲で押さえるとその場を後にした。
ルッカがフィルを追いかけた後、プリーニオは目を閉じる。
「タルタよ。少し頼みがある」
「……何だい」
「この本、持っててくれないか」
渡した本を受け取るとタルタはハッとして、プリーニオを見る。プリーニオの表情は今までにないくらいに切なく、悲しげな笑顔だった。
「アイツらがどう思おうが勝手だが、俺はお前達を死なせたくないんだよ」
「だが……!」
「いいんだよ。これで」
そう言って、椅子から立ち上がる。そして、「じゃあな」と言って去っていった。
「……っ」
追いかけないと。タルタはそう思いつつも、その足は動けなかった。
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