【3-5】梅の花と人形
外は明るく、けれども霞んでいた。たまに霞む事はあるらしいがそれにしても雰囲気がいつもと違う。
「(ま、それもそうか)」
しんと静まりかえった屋敷を駆け足で見回っていると、「キサラギ」と名前を呼ばれ立ち止まる。
「マコト……!」
胸が締め付けられる痛みが和らぐ感覚を感じながら、マコトの元に駆け寄る。
不安そうな表情を浮かべていたが、キサラギに会った事で少しホッとすると「何があったんだ」と聞かれる。
「分からない。だが、少なくともこれは……」
そう言いかけた時、ライオネルとフィルがやってくる。
二人はマコトを見て驚いていたが、「よかった」と笑みを浮かべる。
「体調は大丈夫?」
「はい……少し頭が痛みますが」
「多分魔術で無理やり眠らされていたからだろうね」
「自力で目覚めたのか?」
「ああ。それでも最初はかなり怠かったんだけども……薙刀に触れたらだいぶ楽になったんだ」
「薙刀……」
それを聞いてライオネルはキサラギを見る。
キサラギも言いたい事は分かったようで、帯に差していた短刀を抜いた。
マコトの薙刀とキサラギの短刀・
「やっぱり術か何かなんだろうな……。とりあえず原因を探したい所なんだけど……」
ライオネルが腕を組みながら言うと、フィルが何かに気が付いたようで、くんくんと嗅ぎながら中庭の方へと歩いていく。
すると、キサラギもその香りに気付いた。
「梅の香り?」
「梅?……あ、本当だ」
梅の実ならば確かに今の時期かもしれないが、ライオネルは不思議そうな表情を浮かべる。
「確かに中庭に梅の花は植えていたはずだけど……。実のなる梅じゃなかった気が」
「それにこんなに梅の花の香りって濃かったか?」
「いやそんな筈は」
話をしながらフィルの後を追うと、中庭を見た途端ライオネルは目を見開いた。紅い梅の花が咲き乱れている。
こんな時期に何故? とキサラギとマコトも驚いていると、聖切が震える感覚がして、手に持ったままその木に近づく。
キサラギが梅の木に近づき始めた時、まるでそれを嫌がるように風が吹いて枝が揺れる。
だがそれに気を止めず、キサラギは太い木の幹に大きく横に切りつけると梅の花が弾ける様に花弁を散らした。
「うわ、何⁉︎」
フィルが声を上げながら腕で頭を庇う。
屋根や中庭、そして縁側を濡らすように真っ赤な花弁が覆い尽くした後、花弁を払いながらライオネルがキサラギの元に近づく。
すると大きな影が二人に掛かり見上げると、誰かが立っていた。
黒い翼を広げ、散った花弁を愛おしそうに風に流しながら男は屋根に飛び移る。
「アイツか」
「みたいだね」
キサラギは木を登り同じように屋根に飛び移ると、何かが飛んでくる。
咄嗟に切ると、二つに分かれて後方に飛んでいったそれは勢いよく爆発し反対側の屋根を吹き飛ばす。
少ししてライオネルも屋根に上がると、壊れた屋根を見てため息をついた。
「ため息をつくな。後で直せばいいだろ」
「まあそりゃそうだけど……」
頭を掻きながらライオネルは黒翼の男を見る。
黒い髪に目立つエメラルドの瞳。服装からして
「人々を眠らせたのはアンタ?」とライオネルが訊ねると、黒翼の男は右手に風を集める。
それに乗って梅の花弁も渦を巻くように浮かび、一振りの剣が生成された。真っ赤な剣だった。
「何が目的かは知らないけど、やる気満々って感じだね」
「だな……」
キサラギも短刀を構え、ライオネルは魔術を唱えようとすると、すごい勢いで黒翼の男は斬りかかってきた。
辛うじてキサラギは防ぐと、弾き返し距離を取ろうとする。
だが、背後に気配を感じて振り向くと紅い髪が見えた。
「なっ⁉︎」
防ごうとしたが防ぎ切れず、左袖が裂け痛みが走る。
「キサラギ!」とライオネルが名前を呼び向かおうとしたが、紅い花弁が邪魔をする。
背後にいたのは梅の香りを漂わせ、全身赤で埋め尽くされたドレス姿の女であった。
傷を押さえながらもキサラギは背後にいる黒翼の男と新たに現れた女を交互に見て警戒をしていると、魔弾がキサラギを避けるようにしていくつも飛んでくる。
その隙に離れれば、「キサラギくん!」とタルタが屋根に上がってくる。
「大丈夫かい⁉︎」
「ああ。擦り傷だ……っ」
ぐらりと身体がふらつき膝をつく。
タルタがすぐ様キサラギの身体を支えながら、女が持つナイフを見るとハッとした表情をする。
「あれは……。ライオネルさん! 紅い髪の女の武器に毒があるようだ‼︎」
「毒⁉︎ って、キサラギ⁉︎ 大丈夫⁉︎」
「騒ぐな……このくらい……」
そう言うが、息も上がり顔色が悪い。
一体何の毒かは分からないが、傷に手をかざし呪文を唱えると柔らかな青い光が包み込む。しばらくして少し楽になり、顔を上げる。
「っ‼︎」
すぐそばまで迫っていた女に向かってキサラギは短刀を投げる。
狙った所に命中とまではいかなかったが、投げた短刀は脇腹を掠り屋根に弾かれそのまま中庭に落ちていく。
女は脇腹を押さえながらキサラギとタルタを見る。その表情は笑っていた。あの黒翼の男も、女もずっと笑ったままで戦っていた。まるで人形のようである。
「あれは、本当に人か……?」
そうタルタが呟いてしまうくらいにその二人は異様だった。
すると女の身体が震え始め、脇腹を押さえている手の隙間からぼろぼろと土らしきものが流れ出していく。
それを境に押さえていた手が肘からばきりと音を立てて、屋根の上に落ちた。
無機質なもの同士でぶつかる音が響き、落ちた肘が血も出ていなければ関節らしき部分は球体で、どうやら本当に人形のようだ。
タルタと二人でキサラギは呆然としていると、ここで初めて女の人形は言葉を口にした。
『このまま黙って夢を見続けていれば良いものを……』
笑う顔とは裏腹に声は低く怒りが含まれている。銀色の刃に塗られた緑色の毒が微かに光を帯びる中、崩れそうな身体など気にもせずに再び飛びかかってくる。今手元には短刀がない。
仕方ないと舌打ちしつつ、体術で何とかしようと構えていると、女の人形は前のめりになり糸が切れた様にその場に崩れ落ちる。
「ギリセーフ……って、危な!」
黒翼の男を相手にしつつ、魔弾で女の人形を壊したらしい。不安定な屋根の上で辛うじて避けつつも、炎の魔術を発現し男に向けて放つ。
炎は容赦なく黒翼の男に巻き付き焼き尽くす。正直やり過ぎ感がなくもないが、何故だかそう簡単にやられないような気がして様子を窺っていると、炎が暴風によって消し飛ばされる。
「やっぱり、か」
黒い翼を羽ばたかせ、紅い梅の花弁が守る様に男の周りを回っていた。
すると下からフィルの悲鳴が聞こえキサラギが飛び降りると、紅い髪の女があちらこちらにいた。
マコトがフィルの前に立ち薙刀で追い払っていたが、その女達の手には人形が持っていたあのナイフがそれぞれ握られている。
「っ、マコト!」
地面に刺さっていた短刀を抜き、キサラギはマコトの元に行こうとする。だが……数が多過ぎた。
そうしている間にも、気配を感じて振り返ってみれば女達が次から次へと現れていた。
ナイフに塗られた毒に気をつけながら、キサラギは一人ずつ倒していく。
「(やっぱりコイツらも人形か)」
胴体は布袋に土を詰められているらしいが、手足は木で作られた球体関節の人形のようだ。
だが、顔はまるで生きているように柔らかく感じる。
キサラギは回し蹴りをして頭を地面に叩きつけると、首が折れたまま起き上がりナイフを振り下ろす。
そのナイフを弾き胸元に短刀を突き刺せば四肢の関節が外れ壊れていった。
「ったく、キリがねえな」
マコトを見れば、かなり苦戦しているようだ。
フィルは震えつつも何かを唱えると、人形達を一気に中庭へと吹き飛ばしていく。
「えぇっ‼︎ まだ来るの⁉︎」
ぞろぞろとやってくる人形にフィルが泣きそうな顔で叫ぶ。
ライオネルもライオネルで黒翼の男に翻弄され、魔弾が屋根を壊していく。
そんな中タルタの姿が消え、代わりに弓を引き矢を放つ音が聞こえる。その音の方を見るとカイルが弓を持っていた。
「大丈夫ですか⁉︎」
「カイル……⁉︎」
「私達もいますよ!」
アユの声と同時に、屋根から木の根が人形達を貫いていく。
その隙間を縫うようにウォレスが刀を振るい、人形を斬った。
圧されていたマコトの所にもレンが加勢した事で、一気に戦況は逆転し、有利になっていく。
「にしても、一体何事⁉︎」
「昨日まで何もなかったよね⁉︎」と変わり果てた梅の木にレンはギョッとする。アユとウォレスも少し戸惑っているようだ。
ライオネルは目覚めたアユ達を見て安心すると、その場から逃走した黒翼の男を追いかけていった。
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