【1-7】魔族

 カイルによって道を案内されしばらく獣道を歩いていると、木々に隠れるように作られた小さな村が見えてくる。

 その入り口を守るようにして立っている男のエルフは、キサラギ達を見るなり驚いた表情をしつつも、微かに警戒した面持ちで見つめた。


「人間が何の用だ」

「クエストだ。エメラルの」

「エメラルだと? ……はぁ」


 顔を手で覆い、ため息をついた後「助けは要らんと言った筈なのに」と呟く。

 それを聞いていたレンが「何故?」と訊ねる。


「困っているんでしょ? なのに、何故助けを拒むの?」

「う……まあ、そうだな」


 男のエルフが言い淀むと、別の方からやってきた若者のエルフが「プライドだよ」と呆れたように呟く。


「昔からのエルフとしての矜持を保ちたいのさ。でも、体つきとかを見たら明らかに海の奴らには負けるけどな」

「だ、だが、弓矢が俺たちには……」

「あんな硬い鱗に矢が刺さるかよ」

「エルフは魔術も使えるんじゃなかったか?」


 キサラギの言葉に二人のエルフはそれぞれ目を逸らす。

 黙って話を聞いていたカイルも流石に耐えきれなくなったのか、「何かあったんですか?」と心配そうに訊ねると、小さな声で「使えないんだ」と若者のエルフは言う。


「昔あった大きな戦争のせいで、魔術を使えるエルフが居なくなった」

「大きな戦争……」


 魔鏡まきょう領域全体を揺るがす二度の大戦。それは領域内外問わず多くの人々をも巻き込んだ戦いであったが、その際に負った傷は未だに各地で残っていたようだ。

「だが、そうだとしても」と若者のエルフは言う。


「このままエルフの矜持の為に助けを拒み、滅ぼされるのを見ているだけなんて俺は嫌だけどね」

「そう、だけども」


 渋る男のエルフ。問題はそう簡単に割り切れる物ではなさそうだが……。

 すると、年老いた男のエルフが杖をついてやってくる。

 

「アレ、ヤコ。どうした」

「村長、実はエメラルから……」

「エメラル?」


 キサラギがやれやれといった様子で地図を見せる。

 村長と呼ばれたエルフは「うーむ」と皺くちゃの手で地図を受け取り確認すると、「エメラルの小僧め」と苦笑いしつつ地図を返す。

 村長は長い髭を撫でながら、しばらく唸りながら考えた後「そこまで言うのならば」と承諾する。


「旅人まで使ってこんな場所に寄越した以上、致し方ないな」

「爺ちゃん……!」

「ヤコ、彼らを広場まで案内しなさい。そして盛大にもてなすのじゃ」

「分かった!」


 若者……ヤコは嬉々として頷くと、村の中へキサラギを案内する。

 カイルもついて行こうか迷っていると、村長に声を掛けられる。


「ケンタウロスの若者よ。ここまでの案内ご苦労であった」

「あ、はい。……えと」

「彼らが気になるか?」

「はい」


 キサラギ達の後ろ姿を眺めた後、村長は懐かしむように話しだす。


「昔は、わしもああして旅したものじゃよ。……今となっては皆山に引っ込んでしまったがな。少なくとも戦争前までは各地にわしらのような魔族が沢山住んでおった」

「……今は?」

「さあのう。海エルフ共のような者達はともかく、今はあまり外に出る者はいないだろうなぁ。翼人達や竜人達が滅ぼされた光景も見てきたしの」


「あまりにも酷い光景だった」と村長は苦々しく呟く。

 この山に住む魔族達は皆口々に「外界は恐ろしい」と言った。

 翼人達は皆羽根を毟りとられ、竜人の角や鱗は売り捌かれた。

 頂点に神が立ち、それに倣う様に人間や半獣人がついて行き、皆が狂っていた時代。その光景は聖園みその領域の人間から見てどう思っただろうか。


「わしら年寄りはそんな光景を間近で見てきた。あれから時は経ったとはいえ、恐怖で濁りきった眼には未だに外界が地獄に見える。……だが、ヤコやお主らのように、若い者の探究心と好奇心に賭けてみたいとも思うのじゃ」

「……」


 わしらの代わりに世界を見てきてほしい。村長の言葉に、カイルは心を動かされた気がした。


「外界……か」


 少し前、ケンタウロスの里のすぐそばにある、サイクロプスの里に幼馴染がいた。

 彼はいつもカイルに「外界に行きたい」と話しており、ある日突然彼はいなくなった。彼の両親曰く、『外に出て旅をします』という置き手紙を残して行ったらしい。

 先に行ってしまった幼馴染を探す為に、旅に出たい。そう思い始めたのはきっとこの頃からだろう。

 だが、カイルは他のケンタウロスに比べて脚が細く、両親から心配されていた。ケンタウロスにとって脚の負傷は命に関わるからだ。細かったら怪我をしやすい。

 そんなのもあって中々言い出せなかったようだが、やはりそう諦められるものではなかった。


「世界って、広いんですかね」

「当たり前じゃろう。ここよりも何倍も広いぞ」

「そっか……」


 草木に隠れた青い空を見上げながら、カイルは「いいな」と呟いた。



※※※



「あれ? カイルは?」


 レンの言葉にマコトが「そういえば」と辺りを探す。自分の里にでも帰ったのだろうかと思っていると、慌ててエルフの少年がやってくる。


「ド、ドラゴンが……!」

「何?」


 ヤコが少年が来た方向を見ると、微かに咆哮らしき低い声が辺りを震わせる様に聞こえた。

 村にいた人々はそれぞれ武器を手にして、その一方で子ども達を守る為に女性達が村の外れまで連れて行く。

 思ったよりも早い登場にキサラギ達も警戒すると、ドラゴンが来る方とは反対側の方から足音が聞こえた。


「ドラゴンか⁉︎」

「大丈夫か……って、さっきの人間達‼ 」

「ああもう、今は人間じゃなくてドラゴンですって!」


 カイルがキサラギ達とケンタウロス達の間に立った後、驚いているキサラギ達に笑って「助け呼んできました」と言った。


「ドラゴンだったら、なるべく沢山の人達でやった方が良いでしょう?」

「……ま、そうだな」


 エルフ達の矜持がどうかはともかくとして。と、キサラギが村長を見ると、村長は頷く。


「助かる」

「にしても、いつの間に……」

「皆さんをここに案内した後、里に戻っている時にドラゴンの咆哮が聞こえて。だから、僕急いで呼びに行ったんです。間に合ってよかった」


 ホッとした表情でカイルは言うが、かなり急いだのだろう。身体は傷だらけだった。

 それを見たキサラギは「無理しやがって」と呟いた後、ドラゴンが来る方向を見た。

 レンも刀を抜きマコトは薙刀を構える。地響きがどんどん大きくなる中、木々をへし折る様に村にドラゴンが侵入してきた。

 鋭い目で睨みつけ威嚇した後、黒い鱗を纏った翼を大きく広げる。ただえさえ大きいのに翼を広げた事で、より迫力が増した気がする。


「ひ、ひえ……」

「っ……」

「(……そりゃ、そうだよな)」


 怯むレンとマコトを一瞬見た後、息を吐く。何故エルフを襲うのか分からないが、村を壊す前に。

 キサラギが真っ先に突っ走っていくと、後から続く様にケンタウロス達が走ってくる。

 ドラゴンは少し退くが、口から煙を漏らし始めるとキサラギ達に向けて炎を吐き出す。


「っ!」


 キサラギは辛うじて避けるが、後ろをついて来ていたケンタウロスの何人かは巻き込まれる。

 エルフ達もあちこちから弓を構えて矢を放つがドラゴンは炎を吐き散らし、村に次々と火が着いていく。

 そんな状況を見て、村の襲撃の際の記憶を思い出したキサラギの呼吸が乱れ始める。


「(っ、立ち止まるな……! あの時とは違う!)」


 震え出す脚に鞭打つように、ひたすらに走った後短刀を抜いて力強く地面を蹴る。

 そのまま大きく跳ねるとドラゴンの目を目掛けて刃を突き出す。

 だが、その刃は目に届かずドラゴンの頬を擦り、跳ね返る。


「っ、くそ!」


 流石ドラゴンというべきだろうか。黒い鱗は硬く、辛うじて白い傷を付けたぐらいだった。

 だが、その際に首に何か光っているものが見えた。

 

「(なんだ)」


 何かが刺さっている? そう思い、ドラゴンから離れるとドラゴンは唸りながらキサラギを見つめる。

 その目がどうしてもあの時の化け猫を思い出させ、息が荒れるが「キサラギ!」とマコトの声が聞こえて、ハッとする。振り向くと、マコトが薙刀を持って走ってきていた。


「⁉︎ バカッ、……っ!」


 ドラゴンがキサラギのそばを通り過ぎ、マコトに向かっていく。

 マコトは怖さに耐える様に薙刀を握りしめると、大きく振るいドラゴンの顎を打ち上げる。

 思ってもいない攻撃にドラゴンが怯む。

 その隙を狙ってキサラギがドラゴンに走っていき、背中に飛び乗ると首の後ろに刺さっている何かの所まで駆け降りた。


「ギャァァァァ‼︎」


 暴れ出すドラゴンに振り落とされそうになるが、落下する寸前に何とか掴まり、長い首にしがみつきながら白い棘を掴む。

 そしてそのまま力一杯に引き抜くとドラゴンは大きく声を上げて仰け反った。

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