【1-8】複雑な気持ち

「……っ‼︎」


 仰け反った勢いでキサラギは手を滑らせると、そのまま地面に落ちる。

 着地する前に何とか姿勢を整えるが、綺麗な着地とはならず、左足首に痛みが走る。

 ドラゴンの方は咆哮を上げたまま光に包まれると、村長が「あれは」と驚愕の声を上げた。


「ただのドラゴンと思ったが……」


 光が強まり、ドラゴンが小さくなる。そしてそのまま姿を変えるとそこに倒れていたのは、一人の青年だった。

 その手首には、先程ドラゴンの首の後ろに刺さっていたあの白い針の折れた小さな腕輪があったが、パキンとキサラギの目の前で音を立てて壊れる。

 少ししてキサラギが持っていた太い白い針も消えると、倒れた青年にエルフ達が集まった。


「竜人……か?」

「まだ生き残りがいたのか⁉︎」

「早く運べ! 怪我してる!」


 膝をついて呆然としたまま見つめていると、マコトとレンが走ってやってくる。


「怪我は⁉︎」

「大丈夫だ……っ」


 心配するマコトに気付かれないように平静を装って立ち上がるが、捻った痛みが走り顔を顰めてしまう。

 それを見たマコトがすぐに支える。


「足、痛めたのか」

「こんなの大した怪我じゃない……騒ぐな」

「でも……!」


 かなり痛むのだろう。左足を引きずる様子にレンが腕を掴んで引き止める。


「見せて。治すから」

「魔術使えるのか?」

「魔術とはまた違うんだけど……」


 そう言って、レンはキサラギの前にしゃがむと足袋の上から足首に触れる。右足と比べると腫れているのが分かった。

 手をかざし、目を瞑るとレンの手から柔らかな光が出てくる。

 ふとマコトが周りを見ると、草木からも光が空へと浮かび上がっていた。


「……はい。これで大丈夫だと思う」

「……」


 痛みが和らぎ、ゆっくり足首を動かしても痛みは発さなかった。

 ホッとした後小さな声で「すまないな」と呟くと「どういたしまして」とレンは笑う。


「じゃあ、あたしあの人も手当てしてくるね」

「あ、ああ……」


「無理はだめだぞ」とマコトが言うと、レンは「大丈夫!」と笑顔でガッツポーズをしてその場を離れていった。

 その横でキサラギは倒れている竜人と自分の手を見た後、「何だったんだ」と呟く。

 あの白い針を抜いた事で、竜人に戻った? という事はあのドラゴンは誰かに操られていた?


「……まさか、な」


 炎は無事だったエルフやケンタウロス達によって消火されており煙だけが出ている。だが、建物はそれなりに崩れており、修復するのに時間がかかりそうだ。

 何となくすっきりとしない、もやもやとした気持ちを抱えながら、キサラギはマコトと一緒にレンの元に向かった。



※※※



 何はともあれ脅威となるドラゴンはいなくなったという事で、壊れた建物に応急処置をしたりしているうちに夜になり、エルフの森では宴会が行われた。

 無事だった倉庫にあった酒を出して飲みあったりする中、青ざめた顔で寝そべるレンにマコトが「大丈夫か?」と声を掛ける。


「怠い……力使いすぎたぁ……」

「やっぱり身体に負担がかかるのか」

「うん……だからあまり使えないんだけど……緊急事態だったし、頑張っちゃった」


 そう言いながら若干辛そうにレンは笑う。その横でキサラギは「無理しやがって」と言うと、「キサラギもね」と返される。


「それで、キサラギ。結局、あのドラゴンは」

「刺さっていた。太い針が首の後ろにな」

「針?」

「抜いてたのは見えてたけど、針だったんだ。あれ」


 レンが起き上がりそう言うと、キサラギは「ああ」と言った。だがその後に消えてしまった事を言うと、レンは首を傾げる。

 倒れていた竜人の方はまだ眠っているようだが、幸いにも怪我が軽かったのもあって、じきに目覚めるだろうとの事。それよりもまだ生き残りがいた事にエルフ達は驚いていた。

 ちなみに翼人の方はエメラルの宮殿内で見かけていたのだが、その事を伝えると、これまたびっくりしていたのを覚えている。


「(山の外を知らないだけで、実は結構いたりするんじゃないか?)」


 口にはしなかったが、果実酒を飲みながらキサラギは思ってしまった。

 エルフ達が曲を奏でたり踊ったりしてケンタウロス達も盛り上がる中、カイルが先程からチラチラとこちらを見ていた。

 初めは気のせいだろうと思っていたが、流石に何度も視線を感じると落ち着かず、キサラギはため息を吐くとカイルを見た。


「!」


 視線が合うと、カイルは慌ててキョロキョロしだした後、ケンタウロス達の輪の中から離れるとキサラギ達の元に歩み寄る。

 

「あ、あの隣、いいですか……!」

「ああ」

「し、失礼します!」


 頭を下げて脚を畳むようにその場に座る。

 緊張した面持ちだが、栗色の尻尾を揺らしながらじっとキサラギを見つめる。

 キサラギのそばにいたマコトとレンも、カイルを見ると、カイルは恐る恐る訊ねる。


「皆さんは、旅……してるんですよね?」

「そうだよー。と言っても出会ったのは最近なんだけどね! キサラギとマコトは少し前から一緒みたいだけど」


 レンがそう言うと、カイルは興味深々に聞いて頷く。

 マコトはそんなカイルの様子を見て笑みを浮かべると、「もしかして旅したいなって思ってたり?」と言う。

 カイルはきょとんとすると、小さく頷いて照れはじめた。


「幼馴染が数年前に外界に出てしまって……。その、外界ってどんな所なのかなぁって……」

「それで、自分の目で見てみたいってか」

「はい」


 キサラギはエルフ達の様子を見つめながら「それが一番かもしれないな」と言う。

 すごい世界なのか、美しい世界なのか、それともつまらない世界なのか。それはきっと己自身しか分からないだろうから。と。

 それを聞いていたレンはキサラギに訊ねる。キサラギにとってこの世界はどんな風に見えたのかと。

 それに対してキサラギは空を見上げて言った。


「美しいものが怖く見えた」

「?」

「まあ、出てみなきゃ分かんねえよ。良いか悪いかは」


 不思議そうに見つめるカイルにそう言って、キサラギは立ち上がると三人から離れていった。

 人々が宴で楽しむ中、一人キサラギは竜人の眠る家へと向かう。


『止めやしないよ。ただ、後悔はすると思うけど』


 以前スターチスに言われた言葉をキサラギは思い出す。

 何故今その言葉を思い出したのかは分からないが、もしあの化け猫と関係していたらなんて考えながら、暗い夜道を歩く。


「(戦っている時もずっと、村が襲われた時の記憶と重ね合わせてしまった……)」


 微かに感じる頭痛に眉間に皺を寄せながら扉を開くと、静かに眠る竜人の青年がいた。

 こうして見ると人間と何ら変わりはないが、黒い髪があのドラゴンの黒い鱗を彷彿させる。

 傷は癒え、顔色も日中の時よりは良くなっている。とはいえ、ドラゴンの姿で散々暴れてエルフ達を傷つけたというのに、何故彼らは彼を助けたのか。

 険しい表情でじっと見下ろしていると、扉が開く音がしてキサラギは顔を上げる。やってきたのは村長だった。


「何故助けたのか。という顔をしておるな」

「……」


 黙ったままのキサラギに、村長は何も言わずに隣にやってくる。


「正直なところ。今までの事を許さないというよりは、ドラゴンから竜人が現れた事に戸惑っているのじゃ」


 居なくなっていた筈の竜人が生きていた。てっきり餌の足りないドラゴンが暴れまわっているという認識だっただけに、こんな展開になるとは思ってもいなかったという。

 キサラギは村長に今後の事を訊ねると、村長は「そうだなぁ」と長い髭を撫でながら答える。


「竜人はひとまずこの村に置いとくとして。エメラルの小僧にも伝えないといけないのう」

「となると、流れ的にも俺たちが帰って伝えた方がいいか」

「そうだな。頼まれてくれるか?」

「クエストもあるしな」


 承諾すると村長は笑みを浮かべる。

 すると竜人が身じろぎをしてゆっくりと目を開いた。翡翠色の綺麗な目だった。

 辺りを見回した後、キサラギと村長を見ると「ここは?」と言った。


「エルフの里じゃ。お主は竜人であってるな?」

「ああ。……そうか、エルフの里か」


 頭が痛むのか、顔を片手で覆いながら辛そうに声を漏らした。

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