【1-6】クエスト

「……」


 キサラギは目の前の光景に思わず口をあんぐりと開いていた。

 次から次へと重ねられる皿。美味しそうにパスタを頬張るレンの横では、キサラギと同様に驚いているマコトがいる。

 一体その大量のパスタがこの細身の身体のどこに収まっているのだろうか? 確かめたくなるくらいに彼女の中に飲み込まれていく。


「レン、お腹大丈夫か?」

「ん、平気! いつも沢山食べるから!」

「(それよりも……金足りるのか?)」


 たまごサンドを口にしながら財布の心配をしていると、ウェイトレスが恐る恐るキサラギに話しかけてくる。


「あ、あの、先程の注文で……」

「……分かった。払う」


 差し出された伝票には目を覆いたくなるような金額があったが、渋々頷き受け取る。

 それをレンに渡すと、「ん、了解」と特に気にもせず笑みを浮かべながら、また新たに料理を頼み始める。皿は十皿を超えていた。


「(所でこの依頼が終わったらレンはどうするんだろうか)」


 マコトはまた下層に戻る方法を探すだろうが、レンに関してはまだ旅の予定などを聞いていなかった。


「キサラギ」

「なんだ」

「こんな事言ってあれなんだが……私は今すごく楽しいんだ。仲間と囲んで食べたりとか」


 下層かそうじゃこんな事出来なかったからと、マコトは少し寂しげに話す。

 そういえば、とキサラギはマコトのことを考える。怪我を癒すためにしばらくマシロの社にいたとはいえ、彼女の話はあまり聞いた事がない。

 たまごサンドを飲み込み水を飲んだ後、キサラギはマコトをまじまじと見た。それに対してマコトが首を傾げると、思わずため息をついてしまう。


「な、なんだ?」

「……いや、何でもない」


 目を逸らし椅子に座り直す。すると、先程レンが頼んだ料理が運ばれてくる。

 グラタンと海鮮パスタ、ペペロンチーノだった。このままこの店の料理を全て制覇する気なのだろうか。

 五皿付近から周りからの視線を集めていたが、流石に十皿超えにもなると騒めきも大きくなる。


「まだ食べるのかあの嬢ちゃん……」

「まさか神様か何かか?」


 ああ。成る程。確かに神だったら沢山食べられるかもしれない。

 そうキサラギは思ったが、レンが「神様じゃないよー」と呟いたので、その可能性はすぐに消えた。

 グラタンを掬っては息を吹きかけて冷まして食べるレンを二人で見つめていると、テーブルから少し離れた場所から「おい聞いたか」と海エルフの男達が噂する。


「例のクエスト誰かが引き受けたらしい」

「例のクエストって……あのエルフのか?」

「そう。多分俺たち海エルフ以外の奴だろうが……」

「そりゃあな。あんな奴らの依頼、俺たち海エルフがするわけないだろうし」

「うんうん」


 三人の海エルフはそれぞれ頷きつつも、その表情はどことなく心配していた。


「あれ張り出したのって一ヶ月前ぐらいだよな。エルフの爺さん達大丈夫かね」

「さぁ……」

「心配にはなるよな。何だかんだ言って、薬草届けてくれているし」


 そう言ってため息をつきつつ、ジョッキを傾ける。互いに仲が悪いとは聞いていたが、案外そうでもないかもしれない。

 水を口にしつつ、キサラギはボーっとしているとレンが訊ねてくる。


「キサラギって、見た感じ大人だよね?」

「まあ、そうだな」

「何歳?」

「二十……くらいじゃないか?」


 正直キサラギ自身も曖昧だったが、大体そのくらいだろうと言うと、レンは「二十かあ」とキサラギの持つ水を見る。


「お酒、飲まないの?」

「酌の付き合い以外じゃ飲まないな」

「へえ」


 酒場に毎日行っていると聞いたからてっきり酒を飲むとでも思ったのだろうか。キサラギがそう思っていると、レンはグラタンを食べ終わり海鮮パスタを食べ始めていた。

 そのままペペロンチーノまで完食した後、レンは自分の所持金で莫大な金額をポンと払い、再び二人を驚かせた後、三人は宿屋に戻りそれぞれ部屋に入った。


「(いい加減、手入れしたいけどな)」


 部屋に入ったキサラギは、置いていた短刀・聖切ひじりぎりを見るなり手にとって刃を見る。

 その時ふとマコトが刀の手入れが出来る事を思い出す。


「(クエストが終わった後、時間があれば頼むか)」


 鞘に収めるとベッドに横になる。枕元に短刀を置き、灯りを消すと目を閉じる。


「(楽しい……か。俺としては面倒なんだがな)」


 酒場で話していたマコトの話に対してそうは思いつつも、心のどこかでこんなのも悪くはないなと思う自分がキサラギの中にいた。



※※※



 魔族の住む山は坂が急で、岩もあちこち飛び出している。それはまるで外部からの侵入を斥けているようだった。

 エルフの里まで行くのにも一苦労で、茂みの中を掻き分けて進んでいると、レンの悲鳴じみた声が聞こえて二人は振り向く。


「な、なんか絡まったぁ……!」

「早く剥がさねえと体力奪われるぞ」

「ぎゃぁぁ!」


 明らかに色のおかしいぶよぶよとした葉の触手が絡まり、レンが触手から逃れるように刀を抜いて切り離す。

 すると別の触手がキサラギにも伸びてくる。だが、腕に巻かれる前に短刀で切り落とし、踏み潰す。


「早く進んだほうがいいかもな」


 気づけばあちこちから触手が伸びてキサラギ達を狙っている。

 キサラギが素早く前方の草木を次々と切りながら道を作っていくと、丘らしき見晴らしのいい場所が見え始める。

 そこに行けば少しは休めるのではないか。早速疲れが見え始めたマコトの顔に明るさが戻る。

 頑張って何とか丘にたどり着くと、触手もここまでは追ってこなかった。


「何とか抜けきったな……」

「ま、マコト、大丈夫?」

「大丈夫……」


 山脈越えも中々大変ではあったが、この山もまた越えるのは一苦労しそうだ。

 レンの手を借りて、マコトが立ち上がろうとした時、キサラギの目の色が変わった。

 パキンと派手な音と共に矢が弾かれると、矢の飛んできた方向を睨み構える。森から現れたのは馬。……だが、馬の首元から上は違っていた。


「え、人? 馬?」


 レンも見た事のないその姿に驚きつつも、明らかに感じる警戒心に緊張する。


「我等ケンタウロスの里に何用か? 人間達よ」

「けん、たうろす?」


 マコトが片言で呟く。キサラギは厄介な事になったと思いつつ武器を下ろした後、「クエストでエルフの里に行きたい」と、とりあえず伝えてみる。

 しかしケンタウロス達の表情は変わらず、弓矢を構えられる。

 

「エルフを捕らえに来たか?」

「違う。ドラゴン退治だ」

「ドラゴン退治? ……お前たち人間がドラゴン退治など出来るはずもないだろう」

「……」


 キサラギは黙る。屈強な四本足に太い腕。そして遠距離武器の弓矢。とてもじゃないが力尽くで抜け出せる感じではなさそうだ。

 

「(というかあの地図通りに来たはずなのにどうしてこうなった……!)」


 前に行ったエメラル兵士はケンタウロス達に会わなかったのだろうか。

 流石に旅慣れしているキサラギでも困っていると、遠くから「川にマグロがいます! 誰か来てください!」と少年の声がした。

 川にマグロ……? 普通マグロは海にいるのでは。それはキサラギ達だけでなく、ケンタウロス達も同じ反応をしていたが、「あの声、カイルだぞ」とケンタウロスの一人が言ったことで、ぞろぞろと離れていく。


「な、なんだったんだ」


 ケンタウロスが居なくなった後、マコトが呆然として言った。

 すると、別の方向から足音がしてキサラギは振り向いた。

 先程のケンタウロス達よりも少し小さな彼は、「大丈夫ですか?」と声を掛けてくる。さっきの声からしてきっとこの少年に違いないと三人は思った。

 後ろを気にしつつも、少年のケンタウロスはキサラギ達を見て「本当に人間だ」と感激して見つめる。


「あ、えと、僕、カイルって言います。さっきのは里を守っている人達で、多分里の罠を壊されたからやって来たんだと……」


 そう言ってカイルが指差した先には、キサラギ達が進んできた茂みだった。罠というともしや先程の触手だろうか?

 カイルは苦笑いして、「通り方にコツがあるんですよね」と言って、胸元からハーブを束にして吊り下げたものを取り出す。ハーブの香りであの触手を避けるらしい。

 キサラギは成る程と思いつつも、「いいのか」とカイルに聞く。

 そんな事を外部の人に教えて、もし自分達が悪い人間だったらどうするのか。と。それに対してカイルは首を横に振って言った。


「その地図についてる紋章、エメラル国のですよね? それに皆さんから悪い気はしませんから。まあ、あくまでも僕の勘なんですけど」


 カイルはそう笑って言った。


 

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