【1-5】エメラル
「マコトは十九歳なんだ。じゃああたしより年上かぁ」
「何歳なんだ?」
マコトの問いにレンは元気よく「十七!」と答える。そんな二人の話を聞きながら、前をキサラギが歩いていた。
周りにはキサラギ達よりも背の高い『海エルフ』と呼ばれる種族の男達が沢山いる。
本来ならばエルフというものはあまり表には出ない種族らしいのだが、ここエメラルにいる海エルフはそんな事は全然無く、寧ろ構ってくる。
運河沿いに並ぶ市場の様子を眺めていると、南国だからというのもあるのか果実も沢山売られていた。
甘い香りが鼻孔をくすぐる中、レンガ造の橋のそばにある広場で人が集まっていた。
「あれなんだ?」
「あぁ、あれはねクエストと言って、各地からの依頼が掲示板に張り出しているみたいだよ」
「へえ……」
聖園領域では、『討伐依頼』というクエストに似た形の魔物退治だけの掲示板があったりはするが、大体は薬草などを採集して売るというのが一般的だ。
話には聞いていたものの、少し興味を持ったキサラギはその掲示板を人混みの後方から眺めようとする。しかし、ここで問題が発生した。
「(身長高えな、どいつもこいつも)」
爪先立ちになっても見えず、見るのを諦めると「じゃああたし見てくる」と人混みの中をゆっくりかき分けるようにレンが入っていった。
周りは大きなエルフの男達だが果たして……と、マコトと二人で待っているとしばらくして一枚の紙を持って帰ってくる。
「おい、何の依頼を持って来やがった」
「えへへ……何だろ」
「まさか見ずに持って来たのか?」
「前すごかったしね!」
あははと笑うレンに、キサラギは呆れマコトは苦笑いしていた。
広場から少し離れた場所で改めてレンが握っていた張り紙を見ると、それはとある討伐依頼であった。
「ドラゴン退治? エルフの森?」
「? ドラゴンって何だ?」
「龍じゃなかったか」
「へえ……龍⁉︎ 龍を倒すのか⁉︎」
マコトが驚くのも無理はない。聖園領域では龍は神聖なイメージが強いからだ。
「人間が龍なんかに勝てるのか」
「俺もそう思うが」
マコトの言葉に同意しつつもキサラギはため息をついて「引き受けた以上はやるしかねえだろ」と呟く。
「引き剥がしてしまえば、受けるという事になるからな。……ったく」
「ご、ごめん」
「ま、まあまあ……それで、どうするんだ? まずは依頼主に向かわなきゃ行けないのだろう?」
「そうだな」
しゅんとするレンの頭を撫でながらマコトがキサラギに言う。
キサラギはレンから依頼書を渡してもらい、依頼主を確かめるとギョッとした表情を浮かべる。
「キサラギ?」
「……レン、お前」
「な、何?」
「ますます逃げれねえ仕事持って来やがったな」
「えぇ⁉︎ 何⁉︎」
涙目になってびくりとするレンに流石のマコトも不安げになる。キサラギは恐る恐る依頼主の名前を指した。
二人は依頼書に詰め寄り見つめるとそこにはジークヴァルト・エメラルという名前があった。そう、この国エメラルの国王の名前である。
「こ、国王……だと⁉︎」
「国が依頼主なんて……。というか今キサラギ、逃げれないって言ってたけど、もしかして逃げる気だったの⁉︎」
「当たり前だろ。龍だぞ⁉︎ 仇とる前に死ぬぞ!」
「「仇?」」
「‼︎」
思わず口滑ってしまったとキサラギは目を逸らす。
しばし気まずく間が空いた後、キサラギはやけになって頭を掻きながら、「とりあえず城行くぞ!」と、崖上にある白壁の城を指差して逃げる様に早足で向かっていった。
「あ、逃げた」
「待ってー!」
二人は慌てて行ってしまったキサラギの後を追いかけて行った。
※※※
「ジークヴァルト様、例の依頼を引き受けた者達を連れてまいりました」
「お、意外と早かったな」
大理石に南国を思わせるような熱帯植物と、宮殿の壁沿いに流れる水路からの流れる音が響き、自然と涼しく感じられる。
兵士によって連れて来られると、ジークヴァルト様と呼ばれた海エルフの若い外見の男はこちらを振り向き、笑みを浮かべた。
金色の髪から時折見える耳がエルフらしくとんがっているが、それ以外はエルフというよりはただの海の男という感じである。
ジークヴァルトは玉座には座らずに、玉座の前に立つと「よく来たな!」と大きな声で挨拶をする。
レンは緊張しつつも「はい!」と声を上げ、マコトは感激していたが、キサラギは何も言わずにジークヴァルトを見つめていた。
「見たところ、聖園領域の者の様だが……旅人か?」
「は、はい!」
「旅人です!」
「……一応は」
「そうかそうか。……まあそりゃそうだよなぁ」
ジークヴァルトの「やっぱりか」と言いたげな反応に三人はそれぞれキョトンとする。
何故そんな微妙な反応をするのかと思いきや、側にいた翼人と呼ばれる背中に翼の生えた種族の少女が「報酬はご覧になりましたか」と訊ねる。
ちなみに報酬は金貨百枚という大金であった。
例えるならば大体一年くらいは依頼をしなくても普通に宿屋に泊まれ、食べていけるぐらいである。
「金貨百枚だろ? 中々の好報酬だと思うが」
「ええ。そうです。ですが一ヶ月前から張り出しても依頼を受ける者は現れなかったのです」
「え、そんなに前から?」
依頼書には特殊なインクと羊皮紙等が使われている為、そう簡単に文字が薄くなったりはしないのだが、潮風等に長い間晒されていたせいか何となく薄くなっていた。
何か裏でもあるのだろうかと、キサラギは警戒し始めるとジークヴァルトはこの国の事情を話し始める。
「俺たちは海エルフと呼ばれる種族だが、近くに魔族の住む山があってな。そこに俺たちの先祖となるエルフが住んでいる。……が、俺たち海エルフは離れていった一族でもある上に元々あまり仲は良くない。それ故に、引き受ける者がいなかったんだ」
今回の依頼の場所もまたエルフの住む森での事だった。誰かが呼び起こしたらしいドラゴンが暴れてエルフが困っているらしいの事。
そこにいるエルフだけでは対処できず、一旦はエメラルの城の兵士を送ったようだが。
『海エルフなぞに手を貸してもらわんでも、こんなトカゲワシらだけで倒せるわい‼︎』
『おー‼︎ じゃあやってみろや‼︎』
……といった風に行って早々揉めて戻ってきたようで、代わりに行ってくれる者を探していたらしい。けれども一か月過ぎても中々引き受けてくれる者が居なかったようだ。
「(そもそも、俺達以外の旅人はどうして引き受けなかった。後、その間エルフ達は大丈夫だったのか?)」
色々とツッコみたいところはあったが、引き受けた以上はと、キサラギそう自分に言い聞かせつつ、「エルフの元に向かえばいいんだな」とジークヴァルトに言うと頷かれる。
「ただ相手はドラゴンだ。気をつけて行けよ」
「善処はする」
「が、頑張ります……!」
キサラギに続き緊張した面持ちでレンが言う。
翼人の少女にエルフのいる魔族の隠れ里への地図を渡された後、キサラギ達は一旦宿で作戦会議をすることにした。
「情報によると……結構デカいな。虎ぐらいか?」
「虎……まあ、そのくらいだろ。見た事はないが」
「見た事ないのに分かるの?」
「絵では見た事あるからな!」
手振りで大きさを表現するマコトに、レンが目を輝かせる。
遠い昔はいたらしいが、今となっては伝説の生き物だった。強いて言えば四神の一人である白虎の本来の姿であろうか。だが普段は半獣人の子の姿なのだが。
虎の話で脱線しつつも、最も戦い慣れしているからという事でキサラギが前で戦いながら、マコトとレンはキサラギのサポートをするという方法になった。
「じゃあ、明日この方法で!」
「それじゃ、準備のために街に買い出しに行くか?」
「……夕飯食わねえといけないしな」
気が付けば日も暮れており、窓を覗けば暗くなった街に光があちこちに灯っている。
日中行ったあの広場の近くには大きな酒場もあり、三人は明日の準備ついでにその店に向かうことにした。
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