【1-4】言えない

 少し怒りを滲ませて「何故」とキサラギは聞く。

 勿論、あの事件の事をスターチスが知らないわけではないし、キサラギの気持ちも痛いくらいに分かる。だが、だからと言って彼の気持ちのまま彼に会わせたくはなかった。

 本来スターチスは人間が嫌いだ。嫌いというよりは、見下していると言った方が近いかもしれないが、時を司る神として人間の情は嫌でも知っている。

 もし、キサラギの追う仇討ちの者が誰から見ても悪者であるような、気に入らない奴であれば、野次馬な気持ちで教えて応援したかもしれない。

 しかしスターチスも知るその人物はそれとは少し違う。正直気に入らない人物ではあるものの、仇討ちという形でこの世を去るには惜しい人物であった。


「(とはいえ、仕方ないで済む話ではないのも確かなんだけど)」


 そうは思っても彼のその一面しか知らないキサラギに倒される訳にはいかない。

 複雑な気持ちになりつつ、スターチスは改めて「話せない」と言った。


「引き続きこの身で聞いて回った方がいいよ」

「お前……庇ってるのか、アイツを」

「庇ってると言われたら庇ってるのかもしれないね」

「っ」


 手にしていた短刀を握りしめて、キサラギはスターチスを睨んだ。

 その目にスターチスは「おー、怖」と相手に伝わらない音量で呟く。その目には明らかに殺意が宿っていたからだ。


「お前が恨んでいるのは、村の人々が殺されたから?」

「当たり前だろ。頭領を、皆を……一瞬で」


 無惨にも目の前で変わり果てるその瞬間。虚ろな目で助けを呼ぶ義弟に対して何も出来なかった自分を守る為に次々と親しい人物が散っていった。

 何も出来なかった事が悔しくて、せめて皆を奪っていったあの化け猫を討とうと決めたキサラギの決意。それは強くも生半可なように感じて、スターチスは眉をひそめてしまう。


「(何も出来なかった、か)」


 ぶわりとスターチスに風が巻き起こる。

 先程までの穏やかな雰囲気から一変し、神としての力を顕現させる。


「キサラギ、だったね。一つ忠告しておくよ」


 強風が吹き荒れ、キサラギは思わず腕で防ぐと視界の端を眩しい何かが豪速で飛んでくる。しかも一つだけでなく、いくつもだ。当たりそうで当たらないギリギリの場所を攻めている。

 だが一つの流星が耳を掠め髪が何本か舞うと、それを機に次々とキサラギの身体のあちこちに痛みを感じ始めた。


「……つ」


 痛みで顔を歪ませながらただ耐えるキサラギに、スターチスは悟った。まだ弱い、と。


「この世界では神々が上に立っている。人だけの世ではない。だから、お前を見て『可哀想』だとは思わない」


「勿論、村の人々もだ」スターチスの言葉にキサラギは唇を噛み締める。そんなキサラギにスターチスは言葉を続けた。


「もしそれが残酷だと思うのならば。変えたいと思うのならば、今すぐに反撃しろ。時と相手は待ってくれないぞ」

「っ……!」


 一瞬だけ力を緩める。傷だらけになりながらも、その一瞬をキサラギは見逃さなかった。

 大きく地面を蹴り、短刀を構えるとスターチスの首元に刃を向ける。後少しで皮膚に刃が当たりそうな時、キサラギの手が止まった。

 

「⁉︎」


 腹部に巻きついたそれは勢いよくキサラギを地面に叩きつける。そこにいたのは鋭い毒針を見せて威嚇する大きな白色のサソリだった。

 咳き込みながらも起き上がると、落ちていた短刀を握りスターチスに再び向かう。

 サソリは光の粒となり、スターチスの腕輪に戻ると、そこから新たに細身の剣を生み出してキサラギの短刀を防いだ。


「(一撃、一撃が重いな)」


 剣と短刀がぶつかる度に剣から軋む音がする。

 星から作られた剣はそう簡単に折れないような強度であり、さらにスターチス自身の力の加護も宿っている筈なのだが、それが徐々に削られていっている気がした。

 キサラギの攻撃がしばらく続き、スターチスが防いでばかりいると、ついに剣が悲鳴を上げ始める。


「!」


 バキンとヒビが入り、そのまま剣を真っ二つに短刀が切り裂く。

 髪と頬が切れ、痛みを感じつつも小さく「やるじゃん」と笑みを浮かべて呟き、傷を治癒しようとした。だが。


「(治らない)」


 傷が塞がらず血が伝う感覚を感じながら、何故? と考えていると、キサラギが息を吐いて「まだやるか」と呟く。


「いやいい。十分お前の決意も分かったしね」


 折れた剣も光になり腕輪に戻ると、スターチスは頬の血を親指で拭った。

 キサラギもキサラギで傷だらけであったが、スターチスが治癒の魔術をかけたことで、一気に傷が塞がる。

 傷を治されたことに驚きつつも、改めてスターチスに警戒しつつ歩み寄る。


「お前の忠告は分かった。だが、俺はあの化け猫を倒す。お前があいつとどんな関係であろうとな」

「止めやしないよ。ただ、後悔はすると思うけど」

「後悔? ハッ、そんなのするわけないだろ」


 すれ違った後、キサラギはそのままスターチスから離れていく。スターチスはそんなキサラギを横目に見ながら、小さくため息をついた。



※※※



 船の汽笛が港に響き渡る。ガラス窓から見える景色は、聖園みその領域の蘭夏らんかの港とはあまりにも違い、船も大きかった。

 スターチスの一戦から数日が経ち、キサラギは魔鏡まきょう領域にある海の国・エメラルにいた。

 あの化け猫に関して魔鏡領域では聖園領域の時よりも情報の集まりが多かったが、残念ながらどれもオアシスにいた頃の話でありオアシス滅亡後どこに行ったかは定かではなかった。

 

「(やはり、桜宮おうみやなのか)」


 ベッドで転がりながらキサラギは考え込む。しばらくしたら聖園領域に帰るかとそう思いながら起き上がると窓の外に見かけた事のある白い髪の少女が見えた。


「アイツ確か……」


 その姿を目で追っていると、誰かを待っているようで辺りをキョロキョロしていた。

 すると、そこに現れたのはなんと数日前に別れた筈のマコトだった。


「マコト⁉︎」


 驚愕のあまり膝立ちになり窓に張り付くと、急いで外に飛び出していく。

 外に出た時には既に二人の姿は見えなくなっており、港周辺を探していると運河の河口近くのベンチに座っていた。

 人違いかもしれないと思いつつ近づいてみると、その片方は確かにマコトのようである。

 服装は以前と変わっていなかったが、薙刀を大事に握りしめながら楽しげに話していると、キサラギの視線に気が付き、笑みを浮かべて手を振る。


「久々だな、キサラギ!」

「何でここに……」

「あー、まあ、あの後一応家に帰れたんだがな、数日休んでいたらいつの間にこの国に飛ばされていたんだ」


 たまたま側にレンがいて助かったと苦笑しながら、マコトは隣にいた少女を紹介する。

 レンと呼ばれた彼女は驚いた様子で「橙月とうつきのお兄さん!」と声を上げる。ああ。やはりそちらも見間違えではなかったようだ。

 

「そっか、キサラギさんって言うのか……」

「さんはいい」

「じゃあキサラギ。キサラギとマコトはどんな関係?」

「?……そうだなぁ」


 キサラギを他所にマコトが腕を組んで唸りながら考える。

 そんなに考え込まなくてもいいだろとキサラギが思っていると、「命の恩人」とマコトは言った。


「命の恩人?」

「そう。最初この世界に来た時怪我していてな。弱っている所にキサラギが助けてくれたんだ! なっ、キサラギ!」

「……たまたまだがな」


 相変わらず眩しいやつだなとキサラギは目を細めていると、レンは「そっか」と笑みを浮かべる。キサラギはそんなレンを見て、「所で」とレンに訊ねた。


「お前も旅人だと橙月の時言っていたが目的でもあるのか?」

「目的?」

「そういえば確かに。女子一人旅なんて」


 するとレンは脚を上げたり下げたりしながら「ちょっとした夢の為に」と呟く。

 

「あたし、皆を笑顔にさせたいなって思って、国を出たんだよねー。こっそり」

「こっそり?」

「そう。だって、そうしないと兄様達がうるさいんだもん。夜中こっそりと抜け出して、見つからないように遠くにって走ったんだけど……橙月で見つかって、急いで蘭夏まで向かって船に飛び入ったってわけ」

「な、中々大変な」

「というか、そもそも出身は何処だよ」

「出身? 桜宮」

「……桜宮?」


 キサラギの顔が変わった事に、マコトが気付いたようで「キサラギ?」と声を掛けられる。

 キサラギはハッとして小さく「何でもない」と呟く。あの化け猫の事を聞こうとしたのだが、何となく聞きづらくて聞けなかった。

 そんなキサラギにマコトは気にかけると、キサラギは無意識にだが目を逸らした。

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