【1-3】そばにあるもの

 森の外では桜の花が完全に散り新緑の葉が生え始めた頃、怪我もすっかり治りマシロの手伝いをしたり、薙刀を持って鍛練する女……小刀祢ことねマコトの姿が社にあった。

 まんざらでもないといった様子でマシロが茶を啜りながら雨の降り続く森を縁側で見つめていると、戻ってきたキサラギがマシロの背後にある座敷で旅立つ準備を始める。

 それに気づいたマコトが鍛練を止めるとキサラギに駆け寄ってくる。


「明日行くのか」

「ああ。春の終わりまでには少し日はあるがな。梅雨が迫っている以上はなるべく早い方が良いだろ」


 日持ちする携帯食に、傷薬、毒消、包帯……。様々な道具を風呂敷などに入れながら準備していると、マコトはふとキサラギの短刀が目に留まる。

 飾りっ気のない柄や鍔だが、マコトはその短刀に見覚えがあった。


「(なんでこんな所に)」


 見間違えでなければと、マコトが手を伸ばそうとした時、「おい」とキサラギに呼ばれて顔を上げる。


「お前、持ち物は薙刀だけか?」

「あ、ああ……」

「そうか」


 キサラギは立ち上がるとマコトの薙刀に近づき、刃から柄まで眺める。そして一言「綺麗だな」と呟いた。


「手入れはどうしている」

「手入れ? 手入れはいつも自分でしているが」

「お前が? へえ……」


 感心して頷いた後マコトの元へ戻ってくる。

 小刀祢家に生まれた以上は、刀剣の扱いから手入れまで全てを叩き込まれ、自分の武器を責任持って大事にする。そんな生き方をしているだけあって、薙刀は丁寧に綺麗にされていた。

 いつか機会があればこの短刀もとキサラギは思ったが時間がないのもあってあえて頼まなかった。

 それに本来マコトはこの世界に来れるはずがない人間。故に二度と会えないと思ったのも理由の一つである。


「マシロ」

「何じゃ」

「マコトを下層かそうに戻した後、しばらく魔鏡まきょう領域を旅する。だから……」

「しばらく戻ってこない、か。ま、たまにはいいのではないか?」

「茶葉はいいのか」

「予備もあるしの。そう簡単には尽きぬさ」


 湯呑みから口を離し、こちらを向かないままマシロは「気をつけていくんじゃよ」と呟く。

 マコトは笑みを浮かべて頭を下げた後、マシロの側にある急須にお湯を注ぎにいった。

 マシロは少し間を空けて、「キサラギ」と名を呼ぶ。


「失った物は案外そばにあるかもしれんぞ?」

「? どういう事だよ」

「まあ、娘と一緒に旅をしたら何か見つかるさ。一応この幸福を司る神がいうのだから信じてみるが良い」

「……」


 キサラギは何も言わずに風呂敷を包んだ後、その場にマシロを背にして横になった。



※※※



 領域の境界線でもある縦に伸びた山脈は一部の山道を除いて、殆どが獣道だった。

 十数年前に魔境領域で二度の大きな戦いが起きた際に道を舗装しようとしたらしいが、その工事も途中で止まっており、そのまま野ざらしにされている。

 そんな途中まで出来ている道を歩いていると、次第に道が険しくなっていく。


「キサラギ……」

「なんだ」

「魔境領域までいくにはこの道しかないのか?」


 険しい道のりに早くも不安になったのか、マコトはキサラギに訊ねる。


「陸路で使われる道は他にもあるが、道らしい道はここだけだ」

「そ、そうか……」

「何だ? もうバテたのか?」

「い、いや。大丈夫だ」


 苦笑した後、目の前の急な上り坂に溜息をつく。それでも何とか上がり、中腹の開けた場所に着くとそこで一度休憩をした。

 ここまで来るのにかなり体力を消費したマコトは最初は疲労感を漂わせていたが、次第に元気になっていく。


「はぁ……空気が澄んでていいな、ここは」

「そうか?」


 んーっと背伸びをしながらマコトは嬉々として景色を楽しんでいた。

 別名『龍封じの山脈』とも呼ばれるこの山脈はかつて龍が住んでいた大きな川があり、山を切り抜けたように谷があった。

 だが、ある時領域を分ける際に魔境領域の守り神によって山々が作られ、龍は封じられてしまったらしい。

 噂ではその龍が、聖園みその領域の守り神に使える四神の一人ではないかという話もあるが、真相は分からない。

 

「ああ、だから山の各地に竜を祀っている祠があったのか」


 話を聞いていたマコトが納得していると、芝に座っていたキサラギは立ち上がり山頂までの階段へと向かう。

 山頂で夜を明かした後、魔境領域に向かって下り道に入る。

 川のせせらぎの音があちこちから聞こえ、河原で魚を捕ったりして休憩しつつ、二人はようやっと山脈から出た。


「へえ、ここが魔境領域か」

「あまりうろちょろするなよ。聖園領域と違って魔物も多い」

「分かっているって」


 山脈内でも何度か魔物と遭遇はしたが、幸いにも今のところ戦闘に至ってはいない。だが、巣に知らずに近づけば大変な事になる。

 警戒しつつ、スターチスという神がいるナイトに向かっていると、まだ昼前だったはずの空が急に真っ黒になる。

 キサラギはマコトを庇う様に前に出ると、どうやらいつの間にかナイトの中に入っていたらしく、空には小さな半月と星が沢山出ていた。


「驚いた。急に夜になるんだな」

「……魔術とかの類じゃねえよな」

「魔術?」


 マコトは首を傾げる。すると、くすりと男の笑い声がして二人は辺りを見回す。

 声の主を探していると「ここだよ」と前方から聞こえて、振り向けば高原の原に立つ宇宙の様な髪色をした男がいた。

 その男は黒い上着を風に靡かせながら歩いてくると、マコトを見てすぐに「成る程」と笑みを浮かべながら言う。


「マシロから聞いてる。下層から来たんだってね」

「お前は何者だ」

「スターチス。時と星を司る神であり、下層の創造神……って所かな? 肩書きはまだ他にもあるんだけど、まあよろしく」

「は、はあ……」


 マコトは茫然としてスターチスを見る。

 キサラギは抜こうとしていた短刀から手を離すと、警戒したままスターチスに訊ねた。


「マコトを上層じょうそうに連れてきたのはお前か?」

「残念ながら俺じゃないんだよね。でも上層と下層の行き来は相当魔力や神の力が無いと出来ないはずなんだけど」


 マコトにより近付きまじまじと見るスターチスに、キサラギの目つきが鋭くなる。

 それに対しスターチスが気づくとにっこりとして「手は出さないから安心してよ」と呟く。

 しばらくして「そうだなぁ」と腕を組んで考えた後、ふとマコトの持つ薙刀に気づくと、再び「ああ、成る程ね」とスターチスは言って、納得する様に頷いた。


「何か、分かったのか」


 キサラギの問いに、スターチスは「まあね」と言ってマコトを見る。


「あくまで推測に過ぎないんだけど……。君の薙刀、何か特別な力でもあったりする?」

「薙刀? えと、確か伝説とかはあった気が」

「伝説、ね。まあ、とりあえず『今回』は下層に帰してあげるけど、恐らくまた君はこの世界にやって来ると思う」

「え? また?」

「うん。その薙刀がここの世界に何が用があるらしいし、数日も経てばまた飛んでくるんじゃない?」


 スターチスの言葉にマコトは青ざめる。キサラギもまた不満そうに「今回だけじゃないのかよ」と呟くと、スターチスが「仕方ないんだよ」と唇を尖らせる。


「飛ばしてるのは俺じゃないんだから。それに、お前にも関係ある話だと思うけど」

「関係ある?どういう事だ」

「だってお前の短刀、見た感じあの薙刀とどこか似てると思わない?」

「俺の短刀と?」


 キサラギが短刀を抜く。少し反りのある短刀はただ静かに月の光で刃先に流れるように光ると、マコトが小さく「聖切ひじりぎり」と呟いた。 


「私の家で作られて、朝霧あさぎり家に献上された筈の……」

「献上?」

「でもなんでここに……」


 半信半疑な様子でマコトはキサラギを見る。スターチスはそんな二人の様子を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「記憶を失っているとは聞いていたけど、これで『帰り道』が分かればいいけどね」


 スターチスの呟きに、キサラギは反応して「帰り道?」と言う。


「まあ、今はまだやるべき事があるだろうし、無理にここで真実を教えなくてもいいか」

「……おい、さっきから何を」


 キサラギが聞こうとした時、突如マコトの周辺に流れ星の様に光が回る。どうやらスターチスがマコトに何かをかけたらしい。

 キサラギが驚き思わず「マコト!」と名前を呼んで手を伸ばすが、マコトは一瞬で光になって消えてしまった。

 その様子にスターチスが「タイミング悪かった?」と聞けばキサラギは呆れた様に言う。

 

「いきなり過ぎんだろ!」

「いや、だって、このままじゃ話長くなりそうだし、どうせまた戻ってくるんだし……」

「だったらせめて事前に伝えろ!」


 胸ぐらを掴んでスターチスに詰め寄る。今頃マコトも混乱しているだろう。せめてまともに帰れていれば良いが。

 スターチスはキサラギの手を引き剥がし、後ろに退がり襟元を整えた後、「で」とキサラギに訊ねる。


「お前は確かかたきを探しているんだって?」

「は? ……ああ、まあ。そういや、お前時を司る神だったな。何か知っているのか?」

「一応はね。ただ、教えたくないんだよな」


 スターチスは目を逸らすと、キサラギはムッとした。

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