【1-2】頼み事
ニコニコとしながら木の実を沢山抱えて笑う女にキサラギはじっと見つめていたが、「あれ?」と笑いながらふらつく女に慌てて駆け寄る。
「ったく……無理すんな」
「す、すまない……」
「だから言ったであろう! 全く」
キサラギとマシロで支えながらゆっくりと地面に座らせる。女は申し訳なさそうにしつつも笑みを浮かべると、持っていた木の実をキサラギに手渡す。
「礼だ。こんなものしか用意できなくてすまないな」
「(別に礼なんていいんだが)」
中々受け取らないキサラギに女は首を傾げる。少しして折れたキサラギは渋々その木の実を受け取った。
マシロ曰く、どうしても助けてくれた礼をしたくて仕方なかったらしく、たまたま目についたこの木の実を取ろうとしたらしいが、実はまだ渋かったりする。
勿論マシロはその事を知っていたが女は知らない。ただ一言「変わった木の実だな」と呟いた。
「変わっている? これが?」
「ああ、
「小刀祢?」
「小刀祢って……どこじゃ?」
聞いた事のない地名にキサラギとマシロは疑問を浮かべる。そんな反応の二人に女は固まった後、「いやいやいや」と手を横に振りながら空笑いして説明する。
「
「知らん」
「知らんな」
「……あれ、私そんな遠くまで来たのか」
ますます噛み合わない会話に女は混乱し始める。てっきりまだ熱でもあるのかと思ったが、ふと『朝霧』という言葉にキサラギの中で引っかかった。
朝霧という名の国も、ましてや先程から女が何度も言っている小刀祢という国もこの世界の聖園領域にはない。
だが、朝霧という名は何故か聞き覚えがあった。でもそれは一体何なのか今のキサラギには分からなかった。
「ふむ、じゃあ逆に聞くが
「おう、みや……? とう、つき? いや、知らないな……」
「……朝霧と小刀祢は知っていて、桜宮と橙月は知らないのかよ」
知っている事が自分と真逆な事にキサラギが呆れていると、マシロは妙に納得した様に頷いた。
「キサラギ、この娘はもしかしたら
「下層? それって何だよ」
「下の層。つまりこの世界の下にある世界……とわしらは考えておる」
「この世界の下の世界……つまり、ここは
「左様。そして今お主がこの世界を『上層』と言った時点で確定じゃ。にしても問題はどうやって来たのかだが」
マシロが腕を組み考え始める。その間にキサラギに手を貸してもらい女は立ち上がる。
昨晩化膿し始めていた脚の傷は今朝になり良くなってはいたが、やはりまだ完全には治っておらず、体力もあまり戻って来てはいない様だった。
「……うむ。考えても埒が明かんな。ここは専門家の力を得るとするか」
「専門家?」
「
マシロの提案に女は目を輝かせる。二人を他所にキサラギはその場から離れようとしたが、マシロに呼び止められ立ち止まる。
なんとなく面倒事を押し付けられそうな気はしたが、とりあえず振り向くと「娘を頼む」と言われ、眉間に皺を寄せて「何でだ」と不満を漏らす。
「助けたのはお主じゃろ。それに、たまには魔鏡領域も見て回るのはどうだ? 何か見つかるかもしれんぞ」
「はあ……」
女は苦笑して「キサラギ?」と名前を呼ぶ。キサラギは女を上から下まで眺めると、出発までにはまだ時間がかかりそうなことを察した。
この身体では少なくともあの山脈を越える事は無理だろうと。たとえ山脈を越えたとしても、スターチスのいる場所までにはまだいくつか山があり、今の女にはとても耐えきれない気がした。
キサラギは春が終わった後を条件に渋々頼みを引き受けると、女は笑顔でキサラギの手を握った。
「ありがとう、キサラギ。これからよろしく頼む」
「ああ。……ただしくれぐれも足を引っ張るなよ」
「大丈夫だ。体力には自信がある」
「それならいいが」
後の事はひとまずマシロに任せた後、キサラギは炭鉱跡に戻っていく。その筈だったのだが、再びマシロに呼び止められて溜息を吐く。
「お主、桜を見なければ多少は大丈夫であったな」
「まあ、少しはな」
「ならば丁度いい。茶葉の使いに行ってくれんか?」
「茶葉……。いつものか?」
「ああ。頼んだぞ」
金貨の入った小袋を投げ渡され易々と手にすると、面倒そうにしながらも何も言わずに離れていった。
※※※
森からかなり離れた聖園領域の中でも一番大きな国・橙月。
各地から集められた特産物や織物などを売る店で賑わう中、キサラギは行商人からいつも頼まれている茶葉の入った紙袋を受け取る。
たったこれだけの事で遠く離れたこの地へ行かないといけないのだから、人使いが荒い神だと心の中で思いつつも店を見て回る。
「(そろそろ短刀の手入れをして貰わねえとな)」
キサラギ自身でも出来るには出来るのだが、その手の職人に任せた方が綺麗になる。
金の方も旅の間に薬草を売ったり魔物退治をしたりして稼いでいる為、今からでもやって貰おうと思えば頼めた。だが、今回はあくまでマシロの使いだ。
手に持つ茶葉の袋を見て諦めると、目の前から変わった狐の面を着けた男が側を通り過ぎる。
白髪の長い尾の様な髪と首巻きを翻しつつ、異様な空気を纏ったその男がやけに気になったが互いに振り向かずそのまま去っていく。
「(なんだったんださっきの男)」
少し進んだ先でキサラギは振り返りあの男を探すが、既に見えなくなっていた。まあいいかとそう思って歩き出そうとした時、「うわっ⁉︎」と、前から少女の声と共にぶつかり押し倒される。
「あいてて……あ、ごめんなさい! 大丈夫?」
馬乗りになった状態で起き上がると、下敷きになっているキサラギに向かって少女は声を掛ける。
キサラギは返事をすると少女はホッとした様子で眺めていた。
「その、早く退いてくれないか」
「えっ? ……ああ‼︎ 本当ごめんなさい‼︎」
人混みの中での出来事で、ただえさえ注目の的となっているのに、中々降りない少女に正直キサラギはイラついてそう言うと、少女は慌ててキサラギの上から降りる。そしてすぐ側で膝をついて土下座をした。
だがこれはむしろ逆効果だった。人々の視線にキサラギは気まずそうにしながら小さな声で「目立つからやめろ」というと、少女は顔を上げる。
「とりあえず怪我はしてないし、荷物も無事だ。今度からはちゃんと前を向いて走れ。いいな」
「はい……気をつけます」
少女は謝った後、ふとキサラギの手に持っていた茶葉に気付くと指を差しながら訊ねた。
「その茶葉……かなり高いのだよね。お兄さん貴族?」
「貴族じゃない。ただの旅人だ」
「そうなんだ。それじゃあたしと同じだね」
ニコッと笑う少女は桃色の着物を手で叩きながら立ち上がる。
ふわふわとした白くも桃色がかった髪に、薄紅色の瞳。キサラギは目を逸らし、息を吐く。
「(まるで桜みてえな色してんなコイツ)」
危うくトラウマを呼び起こしそうにはなったが、深く呼吸を一回した後改めて少女を見る。
少し顔色の悪いキサラギに心配したのか、「本当に怪我してない?」と聞いてくるが小さく頷くと、少女は「そう」と納得出来なさそうにしつつも退がる。
「それよりも、何か急いでいるみたいだったが」
「ああ、それは……」
少女が言い掛けた瞬間、遠く離れた場所から「レン様!」と声が響き渡る。その声を聞いた少女は「ヤバッ」と急に焦りだすと、キサラギから離れていく。
「ごめんね! またね! お兄さん!」
「……」
大きく手を振りながら去っていく少女を呆然として見つめた後、「結局何だったんだ」とキサラギは呟いて橙月の商店街から離れていった。
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