第2話
3、
咄嗟に出来た動きは、回避だけだった。熾火を蹴散らしながら送られてきた斬撃を、タルスは横に跳び、辛うじて
追い縋るレセトの追撃にも、油断のならない鋭さが込められていたが、タルスは地面に転がり、これも避けることに成功した。移動によって得た位置取りは、丁度、出口側であり、タルスは警戒しながらも、ジリジリと後ずさった。
この攻撃によってタルスは、レセトが何者かに操られているのだと確信した。本来のレセトは、ずっと仮借ない
考える
瞬時に気息を整えると、タルスはいっさんに斜め前の壁に向け走った。跳んで壁を蹴ると、反動を使って、天井まで駆け上る。
素早く立ち上がり、身構えたタルスは、一旦、石室の外に退いて態勢を立て直すか、
しかし、それは間違いであった。
立ち上がろうと
「ぐうっ!」
二股に分かれた切先が、腹に食い込んだ。タルスが、勢いを殺すべく後ろに跳ばなければ、確実に
それでも
タルスは、入り口から数馬身は距離をとった場所で立ち止まった。そこで、腹を押さえたまま、膝頭を地に着ける。
やがてーー。
レセトの影法師が、入り口から現れ出でた。脚の骨が折れた痛みなど、まったく意に介した様子はない。その口は相変わらず未知の言語を発しており、いまやタルスは、それが、
あの剣がすべての元凶なのは、疑い得なかった。
最も理に適った選択は、このままレセトを置いて逃げることだった。超自然のことどもは、タルスの最も忌避するところであり、可能であれば、今すぐ踵を返して、この場を立ち去りたかった。
が、それではレセトは呪いにかかったままであろう。いまいましいことには、仮にタルスがレセトを殺したとしても、剣の呪いが解けるとは限らないのだった。
レセトがそのまま、歩き回る屍体として、おぞましい腐乱した姿を晒し続けることは想像できた。肉が剥がれ、骨が折れ、その身が朽ちるまで彷徨うのだ。斯様な辱しめを、友に強いるのは、さしものタルスにも迷いがあった。
よし、とタルスは決意した。やれるだけやる。呪いの本体とおぼしき剣をレセトから引き剥がし、破壊する。その後はーーその後で考える。
立ち上がったタルスが特異な呼吸法を行うと、一時的にだが、腹の出血が止まった。どころか、総身の筋肉が膨れ、一回り大きくなったかのようである。
タルスは、僅かに腰を落として、油断のない身構えをとった。息は緩やかに、目は半眼になった。
レセトが、少しギクシャクとした動作で、向かってきた。
4、
タルスは、今のレセトがどのように知覚し、動いているのか判じかねていた。妖魅なり悪霊なりに憑かれた者は、常のごとく、目で見たり耳で聴いたりしているのか知らなかった。果たして、目つぶしその他の戦法は有効なのだろうか?
また、レセトは脚を折っても、痛みを感じているようには見えない。負傷や痛みが戦いの障害にならないならば、どうやって止めることができるのか?
レセトが無造作に
それは、敵と正面から相対せずに、横へ横へと回り込む動きだった。特異な歩法によって、相手には間合いを掴ませずに、有利な位置を取る。常に相手の側面を狙って攻撃するという邪行僧の武技なのだが、果たして今のレセトに有効なのかは、やってみなければ分からなかった。
タルスの躱した剣先は、一度、レセトの手許に戻った。どうやら伸びっぱなしには出来ないと見える。
レセトが、ぎこちないながらも足を使って、タルスに追い縋る。再び、剣が来襲した。タルスは機敏な動きで、方向転換した。今度は来た方に戻り、又もや剣先を外した。そして、一足飛びにレセトとの間合いを詰めた。引き波に砂浜の砂が追随するように、戻る剣にぴったりと合わせて懐に飛び込んだのである。
タルスの両手が、剣を握るレセトの
タルスが力を籠めると、レセトが獣のような唸り声をあげた。
タルスが
案の定、腕を取られていることなど物ともせずに、レセトは暴れだした。もはやタルスの役目は、
ーーせめて、一瞬でも気抜けしてくれれば。
「番神ガーシントよ!」
タルスが神頼みをするや、信じがたいことが起こった。ほんの僅かな瞬間、レセトの力が緩まったのだった。好機を見逃すタルスではなかった。精妙な角度に腕を
不意にレセトの動きが止まり、操り人形の糸が切れたように、パタリとその場に突っ伏した。
タルスもまた、尻餅をついて、狗のように喘いだ。
そのとき、どこからか、悲鳴が上がった。
「あんたたち! 仲間割れかい!」
虚脱感の中、顔を向けた先に立っていたのは、あの山賊の情婦だった。
5、
山肌は、暁光で薔薇色に染まっていた。雨雲は夜明け前に去り、西の
ところどころ
「あんた、大丈夫かい?」
「おう、どうってこたぁない」
尤も、メルーと云う名の山賊の情婦がやって来てレセトの気を逸らさなければ、言い換えれば、レセトが度を越した女好きでなければ、今こうして無事でいないのかもしれない、と思うと、無下にはできないのだった。メルー本人の口を借りれば、彼女は、レセトの
何のことはない。レセトは首尾よく目的を果たし、タルスは傷を負っただけなのだった。
甲斐甲斐しく世話を焼く女の阿太っぽい
(了)
剣の魔 しげぞう @ikue201
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