人食い青年のラブレター代筆大作戦

藤ともみ

第1話


「テツオさん、ラブレターの代筆をしてくださいませんか?」

「は?」

 仕事帰りの俺を無理やりサ店に連れてきておいて笑顔で何言ってやがんだコイツ。

「なんで俺がそんなことしなきゃならねーんだよ。自分でやれや」

「僕、まだ人間界の手紙に詳しくないから、自信ないんですよ……ほら、便せんとペンは用意しましたので」

「エッ、このご時世に手書きしろって!?」

「まぁまぁ。文面は今から読みますのでメモしておいてくださいね。行きますよ~拝啓……」

「待て待て待て待て!」

 毎度のことながらコイツはいつも俺の返事を待ちやしねぇ。なんか気持ち良さそうにベラベラしゃべってやがるが、「初めて出会ったときから気になっていました」だの「いざ顔を合わせるとなかなか素直になれないけど本当は大好きです」だの、よくもまあこんな恥ずかしい言葉がスルスル口から出てくるもんだ。

「……では、以上です。清書できたら今度会ったときにください。はい、これ前払いでお礼のワインです」

 そう一方的に言って、ヤツはおれの分まで会計を済ませるとそのまま席を立って帰ってしまった。本当になんて自己中心的な奴なんだ。人間がなってねぇ。いや、アイツは人間じゃないんだった。

「はあ、それにしても、なんつーか……」

 気持ち悪いくらいにうっとりとしたヤツの話を必死でメモしていたのだが、随分と相手を持ち上げ、卑下、ってほどじゃねえが、へりくだった内容だったと感じた。

 ヤツは、表の社会では人気俳優に似たイケメン凄腕営業マンとしてかなり女にチヤホヤされている。ちょっと声をかけるだけでホイホイついていく女は少なくない。

 そんなアイツがここまで丁寧に口説く女とは一体どんなイイ女なのだろうか……いや、なんでそんな女に渡す手紙を俺に代筆させるんだ。俺は別に字がうまいわけじゃないのに意味わかんねぇ……とりあえず酒はもらっておくけど……。


 数日後、オープンテラスが人気の洒落たカフェでは、美青年のサラリーマンと、背が高くすらりとした女子高生がサンドイッチをつまみながら談笑していた。

「何かよいことでもあったのか?」

 上機嫌な青年に対して女子高生が尋ねると、よくぞ聞いてくれたとばかりに青年がニッコリ笑った。

「もうすぐテツオさんから僕宛のラブレターが届くんですよ」

「……はあ?」

 意味がわからずポカンと口を開ける女子高生に、青年は語る。

「まあ本人は意図してないことですが。テツオさんが僕に対して思っているであろう事を、先日僕が語って聞かせてあげたんです。テツオさんは、僕のラブレター代筆だと思っていますけど、書いているうちに『あれ、この気持ち、俺がアイツに抱いている気持ちだ……』って自覚すると言う寸法ですよ、トウコさん!」

 女子高生……トウコは、すぅっと目を細める。彼女の千里眼に、青年とテツオの間に先日どういったやりとりがあったのかが、ありありと映った。

「……回りくどいことをするものよな。直接おぬしからテツオ本人に告白すれば良いではないか」

「えっ、なんで僕が下等生物のテツオさん相手に告白しなきゃいけないんです? 向こうから『どうぞお願いします、まずい肉ですが自分の肉はあなたに食べて欲しいです』って言ってくれませんと」

(思ってた以上にめんどくさいのぅ、こやつ……)

 トウコはアイスティーを飲みながら、今度はテツオに思いを馳せた。

 青年には悪いが、あの、いつも頭がボサボサで、姿勢も悪くだらしがなさそうな男が、そんなに殊勝な人間だとはトウコにはどうしても思えない。

(そもそも……あの男、書けるのか?)


 それから更に数日後。青年は上機嫌で、自宅である都内のタワーマンションの一室でシャンパンを開けていた。

 テーブルの上には、テツオからもらった手紙が、封をして置いてある。

 手紙を渡すとき、テツオは「あー」だの「うーん」だのハッキリしない態度を取っていたが、そんなことはどうでもよかった。

 どんなに悪筆でも良い。最悪、自分の目論見が少し外れて、テツオがまだ自分への気持ちを自覚できていなかったとしても良い。彼の手によって書かれたラブレターが自分の手元にあるというだけで、青年には無上の喜びであったのだ。

 上等なシャンパンをグラスに注いだ。一口含めば、素晴らしい薫りが広がる。最高の気分だ。さぁ、ゆっくりと手紙を拝読しよう……。

 青年はペンナイフで丁寧に封を切り、中身を取り出した。

 そこには、白紙の便せんと、貸した万年筆。そして、ノートの切れ端らしき紙片が1枚入っていた。

「…………?」

 青年が紙片を広げてみると、そこには一言だけこう書いてあった。


『色々あって書けなかった。スマン』


「……~~~~~~!!」

 

 その夜。都内の某タワーマンション上空に局所的な雷雲が発生し、激しい稲光と雷鳴が轟いた。また、マンションの住人には、恐ろしい獣のような咆哮も聞こえ、皆は震え上がって朝を待ったと言う……。


 一方、ラブホテルで清掃の仕事をしているテツオは、その夜なんとなく悪寒を感じた気がしたが気にせず仕事をし、翌朝帰宅してから爆睡した。



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人食い青年のラブレター代筆大作戦 藤ともみ @fuji_T0m0m1

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