第16話 母と子の約束

 見慣れた景色、というのは何度見ても心が和む。

突如、知らぬ世界に飛び込み神を相手に戦え、と言われた後だと尚更だ。この景色を見るのもこれが最後なのかもしれない。目に映る景色の全てを心に刻みながら家へと向かう。

「あら、歩夢。おかえり」

「ただいま、母ちゃん。父ちゃんは?」

「今日も夜間勤務よ。博也が産まれたから仕事を増やさなきゃ、って張り切ってたわ。身体を壊さなければいいんだけどね」

博也、というのは一番下の弟だ。他にも弟と妹がいるが、家の中が静かな様子からもう寝たみたいだな。発つ前に顔を見たかったけど起こしちゃ悪いからやめとくか。

「どうしたの、歩夢。ボーッとして」

「ん?いや、別になんでもねぇよ」

俺の返事に母ちゃんはクスっと笑みを溢す

「どうした?なんかあったか?」

「相変わらず歩夢は嘘が下手だなぁ、と思っただけよ」

「なんだよ、急に」

「何か隠し事してるでしょ?正直に話さなさい」「やっぱり分かっちゃう?」

「母ちゃんだからね」

誤魔化しきれないか…俺は全てを話した。神同士の戦争、そして、それに俺が選ばれた事

「そう。凄いじゃない、しっかり頑張らなきゃね。でも、約束して。必ず帰ってくる事、いいわね」「分かった」

初めて見る母のいつにない険しい顔に、そう返事するのが精一杯だった。そんな様子に耐えかねたのか、部屋の奥へ行ってしまった…が程なく戻って来た。

「歩夢、これを持っていきなさい。不安とか色々あるだろうけどアンタなら大丈夫!」

そう言いながら差し出されたのは色褪せたお守りだった。

「母ちゃん、これ…」

「私がこの家に嫁ぐ時にお母さんから貰ったの。知らない場所で不安もあるだろうけど、このお守りが守ってくれるよって」

「そんな大事なもの貰っていいのか?」

「いいのいいの。身体には気を付けて頑張ってくるんだよ。それで、いつ出発なの?」

「もう、今すぐにでも。待たせてるんだ」

「えらく急だねぇ。分かったよ、早く行っておいで。待たせちゃ失礼だよ」

「そうだな、行ってくるよ。必ず帰ってくるから」今にも堰を切りそうな感情を精一杯の笑顔で誤魔化し、お守りを胸にしまう。

「家の事とかは私に任せて、さぁ行った行った!」威勢はいいけど涙声の母ちゃんの声に見送られながら、俺は家を後にした。必ず帰ってくる、そう胸に誓いながらお守りを固く握りしめる

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