第36話 それはきっと大事なもの
「おかえり。気分は大丈夫かい? 休憩前より眉間のしわが深くなっているが」
「あまりいいとは言えませんが大丈夫です。
ただ、この惨状を見ていると俺が生き残ったのも本当に奇跡だったんだなって…そう気付かされると色々分からなくなってきて。
この先にせめて、俺が生き残った答えでもあればいいんですがね」
「見つかるといいな。その意味が…」
「辛気臭い話はそこまでにしようか、二人とも。ここからは歩いて港へ向かうんだ。
重たい空気のままの行軍は精神的にも肉体的にもよろしくない」
沈黙が流れ、空気が固まろうとしていたのを止めたのは石崎さんだった。
ここにはいない獲物を見据えたような目はさっきとは打って変わって、歴戦の勇という感じだ。
その独特な威圧感に仁科さんは不器用ながらも微笑むことで同意を示す。
「理解が早くて助かるよ、上官殿。さ、行こうぜ。この場に留まっていたらこっちまで気が滅入りそうだ。早いとこ、目撃された人間を見つけ出して帰ろうぜ」
「ああ。そうだな。ここから近い港となれば…こっちか」
石崎さんが場を仕切り、仁科さんが進路を再確認する。
こういう場面においては経験の差が素人でも一目瞭然だった。
こうして、部下が上官をまとめるという歪な小隊ではあったが誰も文句も言わず目的地へと向かい始めた。
ふと、石崎さんの階級が大尉ということに疑問を抱いたが、以前に石崎さんは降格は慣れているとも言っていた。
そして、元帥は嚙みついてきたとも言っていた…そこから導き出される答えは想像に難くない。きっと、そういうことなのだろう。
では、石崎さんが上層部に反抗するほどのなにかとは一体、なんなのだろう。そんなことを考えていると。
「さっきから難しい顔してんじゃねえぞ。もっと、周り見ろよ」
「え?」
周りを見ても瓦礫、瓦礫。そして、ところどころにある血痕にガラス片。
見ていて気分のいいものでは無い。人の気配もなく、あるのは死の気配だけだ。
「なにを見ればいいって顔してんな。じゃあ、俺からの課題だ。
この任務が終わるまでにその見るべきものを正しく理解すること、いいな」
「見るべきものって…仁科さんは何なのか分かっているんですか?」
「まぁね。石崎さんが言っているものはこれから先必要になってくるものでもある。軍人として歩んでいくのであれば尚のこと、な。その答えを早く見つけられるよう応援しているよ」
この果てなく続く死の気配のなかから大事なものを見出せとは難題すぎないかと思う。
でも、確かにこの充満した死という環境でしか見えないものもあるというのもまた事実なのだろう。ここは先輩を信じ、課題に取り組むとしよう。
白百合の花は救いをモトめている トム・今本 @Y_Tom
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