第35話 亡霊は隣で雄弁に語る

目を閉じれば当時のことがフラッシュバックする。

血の海に横たわる人々。その顔は何かを訴えるような眼差しでこちらをじっと見つめながらも、言葉が紡がれることは無くただじっと視線だけで苦痛と恐怖を語っていた。

『痛い…』

『どうしてわたしは死なければならなかったの…?』

次第にそんな幻聴が聞こえ始めたのはいつからだったか。

もう、それすらも俺には日常と化していた。死んでいった亡霊に責められ、俺はきっとこれからも生きていくのだろう。


「こんなところにいたのか。どうした、なにかあったのか?」

「別になにもありませんよ。ただ…強いて言うなら懺悔をしていただけです」

「懺悔ね。生き残ったこと後悔しているのか?」

「ええ、まぁ…。俺だけ生き残って、なにが出来るんだろって。

目には死んだ人たちの顔が焼き付いて、鼻は血の匂いが染みついて離れなくて、耳は聞こえるはずのない幻聴が…いつになったら、この地獄から解放されるのか。

許されることはないと分かっていても、許しを俺は求めているんです」

「許し、か。それは俺も求めてるな。救えなかった命、殺した人たちに許されるにはどうしたらいいのか。そんな下らないことばかり考えてる」

「下らないなんて俺はそう思いません…」

「いや、十分に下らないことだ。なにをどう嘆いたって死んだ者は戻らない。

俺たちに出来るのは、黙って前へ進むことだけだ。

他を考える余裕なんてないのに立ち止まって悩んでるフリして現実から逃げ続けて。

そうして気付けばこの歳さ。だが、なにも成し得ないまま死ぬのだけは嫌だな…」

遠くをじっと見つめ、自分と対話するかのような石崎さんの目には今、なにが映っているのだろうか。後悔…それもあるのだろうがすべてを理解できるほどの経験値は俺にはまだない。

どこか寂しそうで、それでいて清々しくも見える矛盾した背中。

人はきっとこんな風に矛盾を抱えながらも生きていくのだろう。

いまはただ、その背から学ばせてもらうだけで精一杯だ。

「そういえば、俺になにか用事があったんじゃないですか?」

「ん? おお、そうだそうだ。上官殿がそろそろ出発したいと言っていたのでな。

あいつも一人で抱え込みすぎてる。メンドイかもしれんが上官殿の様子を気にするのも部下の仕事だ」

「りょ、了解です」

慌てて敬礼して居直る俺に

「階級はそっちが上だろ」

とからかうようにケラケラ笑う姿はまるで父の様でもあった。

俺はきっと、これからも亡霊に縛られて立ち止まり続けるのだろう。

そんな生き方があってもいいと思うのは甘えなのだろうか。

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