第29話 地獄は常にそこにある

図書室。そう、すべてはここから狂い始めたのだ。

大きく揺れて、本が足の踏み場もないくらい散乱したのをよく覚えてる。

そして地響き。

「いや、違う。大きな地響きが起きてそれから揺れたんだ」

「それは妙じゃないか? 通常、地震の振動が音として聞こえるものが地響きのはずだ。それより先に地響きが起きるということはあり得ないはずだ」

「でも。あの日たしかに俺は聞いたんです! 低いうめき声のような地響きを」

「ああ、わたしは上村少佐を疑っているわけではないので安心したまえ。

しかし、この矛盾なにか理由があるのだろうか。他に覚えていることはなにかあるかね?」

「血の海…。図書室から出たらあちこちが血の海でした。でも、俺はそのことを忘れていた。どうしてなんだろ」

「人には辛いことを忘れて自分を保とうとするという。仕方のないことだ。

それにしても、血の海か。わたしも当時の現場にいたが知らないな」

「他の隊員さんは見てないでしょうか」

「話を聞く限りでは校舎内の惨状に間違いないと思うが、そこの調査をした隊員は事故で亡くなっているよ」

つまり、当時の状況を知っているのは俺だけか。

「そうだ。思い出した。俺が見た内容は話したんだ。でも、信じてもらえなかった。

図書室に散らばった本と記憶混濁を起こしているはずだ。実際、現場にそんなものは無かったと言われて俺もそう思っていたんだった」

「誘導尋問まがいのことがあったというわけか。他に思い出したことは?」

「銃を持った武装集団。それも自衛隊の方々と錯覚したのではないかって何度も言われたよ。正直、俺が話した内容はぜんぶ信じてもらえなかった。

みんな、災害のショックで記憶混濁を起こして心神喪失状態だったと言っていた。幻覚なんかを見て可哀想ってすぐにカウンセリングも用意されて……。

でも、頭から離れないものがあった。俺のもとを悲しそうに離れる彼女の表情とその背中。それだけが頭から離れないんです。正直、他のものは確かに忘れかけているけどそれだけはどうしても忘れられないんです」

悔しさと悲しさで涙が堰を切るように溢れ出す。二年間、なにも進展もないまま。

なんで自分だけが生き残ったんだ。なんで俺はこんなにも無力なんだ。

「泣きたいときは泣けばいい。周りが君を大人と言おうが、まだ君は子どもなのだ。

辛いときはもう少し私たちを頼りなさい」

『ごめんなさい。生き残ってごめんなさい』

部屋はしばらくその声と悲痛な泣き声だけが流れ続けた。

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