断章 現在と原罪
暗い部屋で横たわる老人がいた。
『残り何日、生きられるのだろうか』
そんなことを考えながらぼんやりと天井を眺めていた。
先日、この老人は病に倒れた。医者からは一言。
「非常にこのようなことを宣告するのは心苦しいのですが、あまり長くないかと思われます。我々にできるとすれば延命治療だけですが…いかがされますか?」
この申し出を老人は断った。
これ以上、生きたところで自分が苦しいだけだ。
「瞬く星々よ。その姿は今は何処にある。探せども姿はなく。ただ、陸の魚の如くなり。永く生きたところで果てにあるのはただ、どこまでも続く孤独だけよ」
いつの間にか虚しさすらも感じなくなった。ただ、己でゼンマイを回して動き続けるだけの永久機関も同然だ。それも、もうすぐ役目を終えようとしているのだが。
「せめて、この命が散る前にこの記録だけは完成させねばならんのだ。
それが儂に出来る最後の贖罪。なぜ、儂が生き残ったのだ。他に適任もあったであろうに。神は残酷よな……と、神に仇なしたものが言えた言葉ではないか」
もはや動くのも限界だ。すでに足は動くことを拒否し、棒のようにあるだけだ。
そんな足を引きずって、ゆっくりとゆっくりと書斎へ向かう。
「そう。あの日を境に彼らの日常は脆くも崩れ去ったのだ。
開けてはならぬパンドラの箱。知らぬ間に開いた箱。さて、開けた愚者は誰なのか。
人間? 悪魔? それとも神? その答えはこの書の中に…」
目を閉じ、時の針をまた過去へと向ける。
もう戻れない色褪せた過去。誰からも忘れられようとしている昔のお話。
「さて、ここからを読む者は正気を保てるのかね。己とは異なるモノとの邂逅。
それがもたらすのは破滅か、はたまた救いなのか。どっちなんだろうね」
問いの答えを老人は知っている。
それでも、その答えを否定したいと思う気持ちがあるからこそ誰かに問いかける。
ここにはいない誰か。その誰かとは、読む者であり、この話を伝え受け継ぐ者たちなのだ。
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