第15話 停滞と前進

 「お、彼が噂の子かい?」

「ああ、そうだ。かわいい後輩なんだからあんまりいじめるなよ」

「誰がそんなことするかよ」

冗談を交わし合う仁科さんと知らない軍人さん。多分、仁科さんの知り合いなんだろう。そのやり取りは和やか、まさにその言葉がピッタリだろう。

軍の暗部と聞いていたのでもう少しピリピリした場所を想像していたんだけど。

「どうした? もしかして、今さら緊張してきたのか?」

「い、いえ! ただ、暗部とは思えないくらい優しい空気だなって思っただけです」

「あぁ、なるほどね。まぁ、顔見知りが集まったようなところだからな。少年も気にしないで気楽にやっていこうや」

「へぇ。なんかちょっと面白い人選で構成されているんですね」

もしかしたら、この暗部にもなにか秘密があるのかも?

なんて下らない考えを思い付いたけど、流石にそんなことはないか。

「おい。早くこっちに来るんだ!」

「お、仁科が呼んでるな。早く行かなきゃ怒られるぞ。あいつ、怒ると意外と怖いからなぁ。これから気を付けとけよー」

「まったく、あいつのお喋り癖は変わらんな」

さっきも思ったけどどうやら二人の付き合いはかなり長い方なのかもしれない。

そして、それを見守る周囲の視線も微笑ましそうなので、どうやらこのやり取りが日常なのだろう。顔見知り、という言葉も間違いではなさそうだ。

「さて、ここが今日からお前が使うデスクだ。机の引き出しには、軍人としての心構えなどが最低限書かれたマニュアルが入ってるので目を通しておくように。

そして、これが君の身分を証明してくれることになる制服だ。更衣室は向こうにあるのでこのあとすぐ着替えておくように。以上、しなければならない簡易的な説明はこれですべてだ」

「あ、ありがとうございます!」

「うむ。では。着替えてきなさい」

渡された制服の重さは俺が予想したよりものより遥かに大きかった。

物理的な重さではない。

『自分は軍人となったのだ』

という事実を目に見える形で証明されるのだ。その精神的な重圧は重く俺にのしかかってきた。

この軍服に袖を通せば、もう戻れなくなる。

平穏な日常を捨て、復讐のためだけに費やす日々…上等じゃないか。

お前らが奪ったものすべてを取り返すんだ。今さら迷う必要などどこにもない。

やっと、ここまで来たんだ。利用できるものはすべて利用してやるよ。

僅かにあった迷いを振り払い、心に蓋をするようにボタンを留めていく。

これが正しいのだと自分に言い聞かせながら。



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