第9話 旅立ちの日

晴れ渡る空。いよいよ今日、俺は軍の採用試験に臨むことになる。この試験には俺の人生が掛かっている。

「大丈夫。全力でやるだけだけだ」

あの屈辱から二年。長かった。

なにも出来ず見送るだけの背中、死んだ家族や友人、地獄と化した街を悪夢として何度見たことか。その悪夢を今日で終わらせるんだ。

「蓼原さん、もう少しだけ待っていてほしい。必ず助けるから、待っていてほしい」

誰に言うわけでもなく自分の決意を口にして、変わらない気持ちを再認識する。

「あ、亮平。いよいよ今日だね。ねぇ、やっぱり、軍に入る意志は変わらないのかい?」

「うん。そう、何度も言ったでしょ。俺にはそれしかないんだ」

「だからって何も軍属にならなくても。他の生き方だって!」

「しつこいよ! 俺が決めたことなんだからおばさんは口出ししないで。これは俺の問題なんだから」

「亮平……」

こうしておばさんと口論するのも何度目だろう。おばさんの気持ちもよく分かる。

それでも、この生き方だけは変えられないんだ。

あの日、なにがあったのか。なぜ、拓海はあんなことをしたのか。蓼原さんと拓海の間に何があったのか……それを知らなければならない。

「分かったよ。だけど、これだけは忘れないでおくれ。

アンタの帰る家はここだ。どんなことがあっても最後は必ず帰ってくることいいね?」

「うん……ありがとう」

「いいんだよ。身体には気を付けて。しっかり頑張っておいで」

そう一生懸命、言葉を絞り出しながら抱きしめてくれた。

俺を抱きしめる腕と言葉が震えていたのを俺は生涯忘れないだろう。

最後となる家族の時間、それはこの二年間でとても充実した時間だった。

身支度も整い、いよいよ出発を間近に控えた家の空気は予想外に重いものではなく、むしろ、温かいものだった。

そんな家庭の空気に似つかわしくない無機質なインターホンの音が突如として響き渡った。

「おや、誰かしら。こんな朝早くから」

玄関へと向かったおばさんの悲鳴が今度は家中に響き渡った。

「どうしたの?!」

その声に慌てて玄関へと向かうと予想外の人物が俺を待っていた。

「まさか、そこまで驚くとは。やぁ、亮平君、久しぶりだね」

仁科さん。俺にとって恩人とも言うべき人。

この二年で少将の階級にまで出世し、軍の中核を担っている方がどうしてここへ…。そして、現政権のトップである萩原元帥までもがいた。

「君が噂の子か。実は折り入って大事な話があってね」

そう不敵に笑みを浮かべる元帥に俺の不安は一気に高まる一方だった。

元帥自ら赴くほどの案件が俺にある…一体、なにが待ち受けている……?

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