第7話 血の拳
それからのことはまるで覚えていない。
記憶にあるのは拓海の方へと歩み始めた蓼原さんの背中とそれを止めるべく必死に叫ぶ俺の声。
無我夢中で引き留めようと周りの状況も考えず走り出したがすぐに抑えつけられ、ただ背中を見送るしか出来なかった。寂しげな背中、言葉は無くともその背中だけで十分過ぎるほどだった。
「俺にもっと力があれば…彼女を守れたはずだ。
くそっ! くそっ!! なんでだよ!」
何度もなんども拳を地面に叩きつける。当然、拳と地面は己の血で真っ赤になるがそれでも手は止まる様子はない。
「そこまでにしたらどうだ? 黙って見ているつもりだったがあまりにも痛々しくて見ていられん」
「うるさい…関係無いヤツは黙ってろ」
「関係無いことはない。私は君を救助に来た者だ。
まったく災害派遣を受け、街へ来てみれば生存者は君を残し全員死亡、街も壊滅状態。一体なにがあったんだ…」
「は…? 酷い有様って…生存者はいないってどういう意味だ!?」
聞き馴染みのある言葉の一つひとつがまるで遠い異国の言語のように感じた。
聞き間違えだ、そうに違いない。その甘い幻想もすぐに打ち砕かれた。
「そのままの意味だ。一時間ほど前の地震で街は壊滅、住人も地震による被害でそのほとんどが死亡した。もっとも、そうとは思えない者も数名ほどいるが。
全国で同時的に起きた地震、ただの自然現象とは思えない事案も幾つかある。それを踏まえたうえで君に聞こう。君は何を見て、何を聞いた? あのときいったいなにが起きたんだ」
「話して何になる。失ったものは変わらない。俺はアイツに復讐したい…いやしなければならない。これは俺個人の問題だ。部外者は口出ししないでほしいね」
「一人でか? 力も金も無いただの子どもになにが出来る。君の怒りはもっともで当然のものかもしれない。
だが、今の君は無力なただの子どもに過ぎない。出し惜しみせずにすべてを話せ。あとのことは私たち大人がなんとかしよう」
ぐうの音も出ない正論だった。なにも出来ないただの子ども、その事実が重く、深く俺に突き刺さる。
友人を守れなければ、助けることも出来ない。
「ははは…はははははははっ!」
気付けば笑っていた。可笑しくもないのにただひたすらに笑っていた。辺りには俺の笑い声がどこまでも響き渡る。
それを黙って見つめる周りの視線は冷たく憐れみに満ちたものだった。
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