第7話
(どうやら…恐ろしくなって逃げ出す、つもりは無いようねえ?)
エルセーは男達が乗ってきた馬を集めると、ひとつ目の死体の手首を掴んで軽々と引きずり始めた。しかしその直後…
(あら…)
エルセーが目をやった先、樹々の間からダネルが姿を現した。
少しの間、ふたりは互いを前に沈黙が続く。ダネルは許可なくエルセーの秘密を見てしまった。エルセーはその告白として姿を見せたダネルを見せられてしまった。
言い逃れも、見逃すことも出来ない場面が、ダネルによって描かれてしまったのだ。
「オリビエ様…そんなことは俺がやります」
エルセーはいつにも増して真面目なダネルの顔をじっと見つめてからいつものように軽い口調で指示をする。
「そう…それじゃあこいつらを馬に載せて」
その細身な体型に見合わず、意外な力をダネルは見せた。たしかに普段から木の柱と石を相手に仕事をしているだけあって身体の使い方を心得ているのだろう。
ただ、そうは言ってもまだ背の低いダネルが、80キロ以上はありそうな人間を馬の背に載せるのは簡単では無い。
それでも黙って力を込める、既にダネルはこれを最後の献身と覚悟を決めていた。
「向こうの森の中に捨てに行きますよ」
馬には2人ずつ、2頭を引いてエルセーの後に付いていく。
「女の後をつけ回すなんて、感心しませんね」
「!、はい…」
ダネルが近づいていることに気づいた時には、盗賊達がすぐそばに来ていた。
その時に対応することもできたが、そのことに勝ったのはダネルに対する期待と、その選択をさせてみたいと考えたからだ。
「でもそのおかげで、私が何者か、分かったのかしら?」
「は?ああ、いえ…オリビエ様はオリビエ様、としか言えませんが……あんな力を持っていたんですね?それも何となく、納得しちゃいましたけど」
エルセーには振り返ることなく、ダネルの表情を見ることができる。彼は少し困ったように薄く笑っていた。
「それに分かりました。『私が何者なのかは自分で決めろ』と言われたあの時、俺が感じた恐怖と殺意は、自分のもの…だったんですね?」
「!」
「さっきの男達を見ていて分かりました。まあ上手く、説明はできないけど…」
まだ14歳、でもこの子は賢い…エルセーは嬉しくなった。そして期待する、自分の言葉を理解し、共有してくれるかもしれないと……
「ダネル、人間も動物もね、根っこのところでは同じものでしょう。でも人間には他の動物とは違う…生物としての個性がある。それは知性と理性、本能の三つを併せ持つ生き物だという事…そしてその三つによって育ち形造られるものが『たましい』と呼ばれるもの…」
「魂を形造る知性、理性、本能、どれかが大きくなりすぎても魂はいびつになってしまうし、生き方も歪んでしまう。つまり全ては自分次第…ということ。そして、その大きさと形が、人と動物を分けているのよ」
それはあくまでエルセーの自論、つまりはダネルに自分というものをさらけ出しているということになる。
「なんて、こんなことを言うとねえ、さも人間は特別で優れた生き物だと言っているように聞こえるだろうけど……魂のいびつな形も度を超えるとね、どんな生き物にも劣る下卑た存在になってしまうのよ、そいつらみたいにねえ。まあ、餓鬼…とでも言えるかしら?」
ただの肉塊となった男達、もっともオリビエがこの者達を殺したのは、その存在を愚かだと思ったからではない。逆にこういった輩はこの人の視界に入ってもその存在すら気にしてもらえないはずだ。
この人に害をもたらすから払われた、ダネルはそう理解した。
害になるなら殺される、なら今の自分は…
「誰かに害意を向ければ自分が殺されるかもしれない。その覚悟も持てず気付きもしないから相手に恐怖し、恐怖と向き合わず見つめ返そうともしないから怯えて滅ぼそうとする。それが…彼等が、お前が私に見た恐怖の正体よ……」
「ふふん、でもね…この者達が死んでも気がつかないことを…お前は僅か14年で気がついたのねえ?それにそのおかげで、価値の無かった彼等の命と、私の骨折りに大きな意味が付けられた……良かったわ」
そんなエルセーの言葉はダネルに未練を与えて恐怖を煽る。
「ふむ、ここでいいわ。ダネル、そこら辺に捨てておきなさい、あとは動物達に任せましょう」
「はい」
ダネルはだんだんと冷たくなる呼吸を感じながら、死体を馬から引きずり下ろしていく。
最後のひとりに手をかけた時、ダネルの体はガタガタと勝手に震えだした。
それでも脚を踏ん張り体に力を入れて引きずり下ろすと、精一杯の深呼吸をした。
「そ、それでは……オリビエさま…」
「ん?」
盗賊の死体を背にしたダネルの目には、覚悟と未練と、既にオリビエに対する敬愛の気持ちが見て取れた。
そしてたまらず、一番の気がかりと、心残りを訴えた。
「あ、あの、もし…できれば、妹を下女としてでも…」
エルセーは眉をしかめるとすぐに言葉をさえぎった。
「ダネル…おまえはまた、何か勝手に勘違いをしているようですね?」
「……え?………でも」
エルセーはため息をひとつ吐くと、やさしい顔をダネルに見せる。
「たとえお前の口を封じる為に殺すとしても、彼等と同じように殺して、こんなところに捨てて晒しておくと思って?それにお前を殺すつもりならもうとっくにお前は死んでいますよ?気づきもしない内にねえ」
「えっ?そ、それじゃあ…見逃してくれるんですか?」
「見逃す、ねえ……そもそもお前は最初から私を魔女だとでも思っていたでしょう?それを今になって殺すことに何の意味があるの?」
オリビエにとってはそうなのか?自分は確かに疑ってはいたが今日目にしたのは殺害の現場だ。ましてやその力を見せつけられたことで、ようやく今までの疑いが確信に変わったところだ。
そんなダネルにとってはさっきあの瞬間に、オリビエにとって都合の悪い人間になったと思っていたのだ。
「それにねえ…まあ、少し驚いたけど、お前は私を守ろうと…いいえ、守ってくれたわね?」
「?、おれが?まさか、おれにそんな力は有りませんよ」
「ふふん、私が言っているのは切った張ったの荒事のことではないわ。自分の姿を見てごらん…」
身体を見下ろすとダネルの身体はもちろんのこと、顔にまでべったりと男達の血で汚れていた。
「お前は私が汚れないように嫌な仕事を自分から受け負ってくれたでしょう?しかも自らの命を差し出してまで、私の秘密をここに埋めようとしたわね……?その行為は守ることそのものじゃないのっ」
「!」
「そういうのって、長く生きてきた私にとっては何よりも貴重なものなのよねえ……」
機嫌をよくしてなのか、エルセーにしては珍しく言葉を誤った。
「ながく…?」
「あらら……今すぐ忘れなさい、でないと殺すわよっ?」
「ええっ、そんな…」
「くす…」
たまに見え隠れする気分屋で子供のような顔がホリーと重なった。
「それと…何度かお前に投げかけた選択、言ってみれば私からの問いかけに…お前は良く応えてくれましたよ」
「!」
それはオリビエと相対したあの夜から始まって、些細な雑用から禁止事項などの言葉の端々には、ダネルを試すための『問いかけ』がいつも含まれていた。
けっして特別なことではなくて、誰もが日常でしているような受け応えかもしれないが、エルセーのような者にとってそれは生き死にをはらんだ大切なことなのだ。
「まあ、とにかく戻ってその汚れを洗い落しなさい。その服は……捨ててしまいたいけど替えが無いわねえ……仕方がないからよく洗って、乾くまでテーブルクロスでも巻いていなさい」
「て、テーブルクロスですか?大丈夫ですっ、濡れていても体を動かしていればすぐに乾きますから」
「だめよ」
ダネルの言葉を払うような仕草をすると、エルセーは家に向かって歩き始める。ダネルはその後に付くと、とにかく死なずに済んだことにほっとしていた。
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