第6話


 落馬した男は大きなケガは免れたようだが、大分痛い思いをして、怒りを言葉でぶちまけた。


「くっそ、いってーっ!何だ一体っ?」


 他の男が声をかける。


「何やってる?何があったっ?」


「知るかよまったくっ…くそいてー!)


 その姿を見てエルセーは冷笑を浮かべるとすっと男達に近づいた。

 

「あらあらぁ…ケガは無かった?」


 突然かけられた声に驚いて男達が身構える。


「あ?ああ…大丈夫だ、なんとかな」


 じろじろとエルセーのフードの中を男達が覗きこもうとしている。


「まったく…まるでケダモノねえ」


「ああ…?何だとお、遊んで欲しいのか?おんなあ…」


 凄む男を無視してエルセーは知りたいことだけ問いかける。


「お前達は…このすぐ先の家に用があるのかしら?」


「っ!…ああっ?」


「そしてそこの〝女主人を襲って殺して…お宝をせしめようとしてる?〟のかしら?」


 と、凄んだ男がエルセーの『強制力』で自我が吹っ飛んだ。


「おおよっ!なんでも金持ちの女主人が寂しくひとりで暮らしてるらしいじゃねえか…そりゃあ俺達とすりゃあそういう貴婦人さまはほっとけねえっ、たっぷりと寂しさを埋めてやってその礼を頂かねえとなあっ。へへへ…っ」


 これには仲間も驚いて口の軽い男の頭を抑えこんだ。エルセーは汚物でも見るように袖口で口をおさえている。


「おっ!おいっお前、何言ってんだっ?」


 そして他の男が叫ぶ。


「顔を見られたんだ、女を殺せっ!」


 盗賊共の目の色が変わり武器をちらつかせる者を見ても、エルセーは変わらずに不快な表情を崩さない。


「そうねえ…それじゃあその家に行く手間を省いてあげましょうか?」


「あ?」

「…?」


 そう言われると男同士、顔を見合わせた。


「本当に察しが悪いわねえ……私がその…さみしい貴婦人なんですけど…?」


「なにっ!」

「「!!」」


 彼らの瞳孔が開いたのが分かった。


 そして!


「おらーっ!」


 雄叫びを上げながら突然ひとりが掴みかかろうとしたっ。


 しかしエルセーは怠そうに歩き出すと、その手をするりと躱した。


 しかも掴みかかった男と重なって、他の者から死角となった時…


「いねえっ?」


「どこだ、あの女っ?消えた……?」


 エルセーの姿は彼らの目からはかき消えた。


「ど、どういうことだ??」


「おっおい…あの女、おかしくねえか?」


「う、うるせえっ!とにかく周りをよく見ろ!」


 うろたえる男共は勝手にきょろきょろとエルセーを探す。そういう姿を眺めるのもエルセーは大好きなのだ。


 さらに恐怖心を煽るため、たっぷりと時間をかける…しかもその時間の間には、逃さないための罠を仕掛ける徹底ぶりだ。


「くそっ、何かおかしいぞっ?」


 ひとりが言ったがもうおそい…


「くすくす…」


 背後のせせら笑いにひとりが振り返る!そこにはフードの奥ににやりと笑う口もとを覗かせたエルセーが立っていた。


「うわーー!」


 驚いた男は、勢い剣を振り回したっ。


「ぎゃああー!」


 叫んで斬られた者が膝をついたが、


「おまえ…なん、で…?」


 それは一味の1人だった…。


「?!っ、ええーーーっ?」


「このっ、アマーーーっ!」


 すると斬った男の背中に、違う男が剣を突き立てた!


「ガハッ…!?ばかっやろ…オレ……」


 力まかせに突いた剣は見事に胸を貫通した。


「なんだ?おれは…女を…な、なんだ、そりゃああーーっ?」


 刺した男は叫ぶ、その恐怖から。


「く…っははははは……」


 エルセーの高笑いに振り向いた2人は最早正気ではいられなかった。


 目の前にその女がいるっ、ぞっとするような冷たい目で自分をあざ笑っている。


 恐怖から逃れるために怒りにまかせて暴力を叩きつけるっ、相手が誰であろうと生存の衝動にかられて!


「ぐっ!っく」

「死、ねっ…」


 1本は肩口から胸を斬り下ろし、もう1本はドッという音と共に相手の頭を深々と割った…………


 僅か数秒、あまりに呆気なく3つの死体が転がった。まあ、正確にはもうすぐ死体なのだが。


「なんだ…?なんなんだよ、こりゃあ………」


 残ったひとりは中傷、もっとも胸を斬られても傷が肋骨でとどまっていれば、軽傷と言ってもいいが。


「さて…何かしらねえ?」


 呆然としたまま男が声のぬしを見ると、そこにはエルセーが立っていた。


 消えた場所から一歩も動かずそこに留まっていた。


「お前たちが斬り払ったものが何だったのか…まあゆっくり考えなさいな、あの世でねえ?」


「てめえは…いったい……?」


 エルセーは膝をつく男に歩み寄って見下ろした。


 この女はさぞ自慢げに俺を見下ろしているだろう…そう思いながらも彼はエルセーを見上げる。しかし


 どんな感情もはらまぬ無の感情、その目が語ることは優越や自己顕示でも無く、卑下でも殺意でも無い。


 人の死にすら興味の無い目、ここで自分がどんなに命乞いをしても意味がない…『益』か『害』か、自分がその程度の存在であったことを思い知らされただけだった。


「お前にとって私が何者なのか…そんなもの私が分かるわけないでしょう?だってそれは、お前が自分で決めることなのだから」


「!、ばけも………っ」


「私としてはお前が勝手に死んでくれるのが一番楽で良いのだけど……、私のオモチャを見せてあげるわけにも…いかないし……」


 エルセーはすっと視線を他に飛ばした。


「燃え死ぬ?溺れ死ぬ?それとも…」


「あくま、め…」


 男はどうにもならない口惜しさと死の恐怖から自分を守るため、エルセーに獣の名をなすりつけようとする。


「んん?」


「この……まじょめーーーっ!」


 残った力で男は立ち上がると、剣を振りかぶったっ!しかしっその瞬間っ、


「あ、そう…」


「…かっっっっ!?」


 まるで全身が引きつれのように男の身体がのびて痙攣すると、眼を見開いたまま一瞬で絶命したっ。


 そのまま自分に向かって放り出された体を嫌って、エルセーは一歩左に寄った。


 地面に激突して倒れた男の首には、黒く焦げたような斑が残されていた。


「はい、0点…さてと……」


 倒れた男はもう足下の石ころ程にも関心を引かない。それよりも、今は別の問題があった。

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