第14話 帰宅
外に出るともう日が沈みかけていた。
洞窟の入口は今まで誰にも見つからなかったのだから大丈夫だとは思うが一応隠してオルガの家まで戻った。
戻ると直ぐにマティウスとオルガは家の中に入り、今迄の記録を見ながら二人で話こんでいた。
初めはオロオロとし、あまり返答しなかったオルガだが、次第にポツリポツリと言葉を口にしていた。
マティウスは辛抱強く聞きに徹してオルガの話と自分の研究結果を突き合せているようだった。
私達は話に入れないのでご飯を食べながら今後の事を話していた。
「ダリューン様、取り敢えず今回の私達の役目は終了でしょうか?」
ウォルフは大変だったが色々凝縮されたこの旅を惜しんでいるようだった。稽古もつけてもらえたしね。
「そうだな、当初の目的はアリアの足取りを追ってみようって事だったから十分達成したと言えるだろう。」
「まだ何かあるんですか?」
「フム、後は原因究明だろうな。新月魔草が良いのではと気付いたのならオルガには何か考えがあるんじゃないか。」
「つまり?」
「つまり、お前達はもう帰って良いという事だ。」
「えーーーー!」
ホッとしたウォルフと対象的に私は驚いた。
「帰らされるんですか?」
「帰してやるんじゃないか、親元に。喜べよ。」
「でも原因究明は?」
「お前に何が出来るんだよ。」
「だって私がこの村に居たのは一日だけですよ。そこに謎が隠されているじゃないですか?解明の糸口ですよ。」
「よく覚えてないんだろ?」
「待ってください、えっと…朝にキルクを出て…夕方に着いて…あれ?どこに泊まったんだっけ?」
私は自分がこの村にいる間の事を覚えてなかった。一回死んでるからかな?混乱してるのか…
「いつもと同じだろ、村長の家だろ。」
「そっか…」
ウォルフにそう言われたが覚えてない。
「一晩泊まって次の朝に出るだろ、いつも。」
「そう…だよね。でもリーナと一緒だったような…」
「まぁ、いつも眠る寸前まで一緒だって父さんが言ってるからそうだろ。」
「ご飯も?私は村長さんのとこなんでしょ?」
「ここらはの農村はご飯は皆が一緒に食べるじゃないか。」
え?そうなの?
ダリューンは知らなかったようなのでウォルフが改めて説明する。
リーナの村のような小さな農村はいわゆる共同体で個別に小さい家は持つものの食事は賄いのように一箇所で村の全員が同じ物を食べる。
その方が経済的だし、働く時間も確保しやすいからだ。
私達が買い付けに来た時もその食事を頂くようだ。
ふ〜ん、効率的だね〜。
なんだかんだと話していたが私のまぶたが下がり始めそのまま早く寝ろと追い払われた。
テントに入ってすぐに眠りについた。
疲れたよ、ホントに。
また真っ暗な中、泣き声が聞こえる……
私はまた走り回って探す。
声が段々近くなって振り向けばすぐそこに赤毛の女のコがうずくまって泣いているのを見つけた。
……どうしたの?一人なの?……
話しかけるとその子は俯いたまま帰りたいと泣いていた。
……お母さんとお父さんはどこなの?……
と聞くと、お母さんは居ない、お父さんの所に帰りたいと泣いた。
なんだかその子の声は頭のなかに響いていて自分の中から聞こえてくるようだった。
私はその子の肩に触れてそっと顔を上げさせた。
そこには
「アリア!!しっかりしろ!」
急にウォルフが私を両手で揺さぶり目が醒めた。
「なに?……あ、また泣いてるのね…」
私はまた眠りながら泣き叫んでいたらしい。テントにはマティウスとダリューン、それにオルガまでも来ており皆一様に驚いた顔で私を見ていた。
オルガは私を抱きしめて落ちたかせてくれ、マティウスは熱がないかなど診察をしてくれた。
そうだ、マティウスは医術者だ。この状態が何かわかるのかな?
「何度もこんな事があるのか?」
マティウスは皆をテントから出すと私に尋ねた。
「いえ、多分二度目です。起されるのは。」
「何か悩みごとか?」
「はぁ…よくわかりません。」
「だが泣いていたではないか。」
「そうですが…あの…夢を見るのです。」
「夢?同じ夢か?」
私は夢の内容をざっくりと説明した。
女のコが泣いていてお父さんのところへ帰りたいと言い、それが私だと。
「自分の夢の中に自分がいるのか。」
「なにかわかりますか?」
「いや、わからぬ。」
えー、優秀な医術者じゃないの?って、まぁこういうのは心理学的な事かな?ここじゃ無理そうだな。
私はガックリしたが仕方なしとあきらめた、その時マティウスが
「その夢の中のアリアが本当のアリアなのではないか。」
そう言われてドキッとした。だって私は本物のアリアじゃない。
「本当のアリアって…」
「つまり、其方の本心という事だ。父親の所に帰りたいのだろう。こんなに離れるのは初めてなのであろう?」
マティウスは私が父親が恋しくて泣いたと思ったようだ。本当は違うがそう思わせておいたほうが良いかも。
そうかも知れません、と返事をして俯いた。マティウスの手が私の頭を撫でる。
「幼い其方を父親から離したのは酷であったな。すまぬ。夢は夢だ、あまり気にするな。」
そう言うと静かにテントから出ていった。入れ代わりにウォルフが入って来てそのまま一緒に眠りについた。心配そうな顔だ。
ウォルフはなかなか寝付けないようだった。
心配かけちゃったな。ごめんね、ありがとう。
次の朝、起きるとウォルフはもういなくて、また朝練か、と思ってテントを出ると何やらバタバタと馬車に荷物を積み込んでいた。
私は驚いてウォルフを捕まえると
「ねぇ、まさかもう帰るの?」
と、焦って聞いた。ウォルフはさも当たり前だろって顔で
「俺達の用は済んだからな。」
と答えた。イヤイヤだから、原因究明は?
私はオルガの家に走って行った。
「このままで帰るのですか?」
なかでオルガと調剤机で何かしているマティウスに尋ねる。
「もうお前に出来る事はないからな、帰れ。」
「帰れって、私達だけですか?」
「そうだ、我々はまだやる事がある。」
マティウスは無表情に答えた。私は何とか残りたくてオルガの顔を見たがオルカも首を横に振り
「大丈夫だから、帰りな。」
と一言いってもう目を合わせてくれなかった。
話は終わりだと家から追い出される。
外に出るとダリューンとウォルフがこちらを仕方ない奴だなぁという感じで見ていた。
「とにかく帰れ、子供にはここはキツい。後は大人だけでやるから。」
私も大人なんだけど…とは言えずグっと堪える。帰るしかないのか…
そこからは黙って朝食を食べると、黙って帰り支度をし黙って馬車に乗り込んだ。
私が黙々と行動するので周りの大人達やウォルフは返って心配そうだったが気が付かない振りをした。何か話すと涙が出そうだ、カッコ悪い…
いよいよ出発だ。馬車の窓からダリューンが中を覗き込み
「気をつけてな、まぁ隠れ護衛騎士アイツがいるから大丈夫だろうけど…な…」
私の反応が薄いので最後はゴニョゴニョと尻すぼみになり顔を引っ込めた。その様子をみたマティウスが溜息をついて場所を交代し、ゴホンと咳払いをすると
「色々あったがお陰で助かった。今は家に帰れ……結果は知らせてやる。」
と言った。私は驚いて顔をあげた。
上位貴族がわざわざ一平民に謝辞を述べるのは異例だし、しかも結果を知らせるなどありえない。
この旅自体も本当はありえない事だし、私の態度は酷いものだったろう。なのに帰りに際し声をかけてくれたのだ。なんて事だろう…
「マティウス様、ダリューン様、それから隠れ護衛騎士様と側仕え様、ご迷惑おかけして申し訳ございませんでした。皆様の一助となれたのなら光栄です。ありがとうございました。」
そう感謝の意を表して頭を下げた。すると周りの誰もが目を見開いて口々に
「なんだその言葉は!」
「アリアそんなのどこで覚えたんだ!」
「本当に其方はチグハグな奴だ!信じられん!」
と返された。おっとやり過ぎたかと思ったがもう遅い。そのままテヘっと笑って誤魔化した。
その後オルガが優しく髪を撫でてくれ元気でね、とお互いに涙ぐんだ…
最後に笑顔で別れようと窓から顔を出して手を振った。馬車が動いた瞬間マティウスが
「気をつけてな、アリア。」
と名前を呼んでくれた。
え、なに…不意打ちのツンデレなの?ちょっとトキメクんてすけど…
私が頬を赤らめているのをウォルフがニヤニヤとして見ていた。
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