第13話   その向こうへ

オルガはどんどん後退りし、もう後がなかった。このままでは落ちてしまう。


 マティウスはこちらを見ると


「説得は無理だ、お前は後ろへ下がれ。」


と言ってきた。その瞬間を見せたくないのだろう。私はどうすれば良いのかわからず黙り込む。


 どう言えばオルガに届くのか、何をすれば良いのか…優しかったオルガ。とっても可愛がってくれたオルガ。オルガはアリアが大事なはずだ。だったら…


 私は体を起こしてロープを外そうと腰に手をやる。


「何をしている!」


 マティウスが素早く私の手を掴む。ウォルフも慌てて後ろから羽交い締めにしてくる。


「やめろ、アリア!危ない!」


 崖っぷちで三人でもみくちゃになりながら叫ぶ。


「オルガ!オルガ!今行くから!待ってて!」


 私は叫ぶとさらに暴れた。

 隠れ護衛騎士と側仕えの人まで来て素早く崖から引き離される。


 私はまだまだ叫ぶ。


「キャー、オルガ!助けてー!離して、痛い!」


 私は自分の体がオルガから見えなくなるのを確認して暴れるのを止めると声だけを張り上げた。

 それを見たマティウスは察したのか


「この無礼な娘を縛りあげておけ!不敬である!」


と、叫んだ。マティウスが怒り心頭という感じで命じたのを聞いたダリューンはピンときたらしく、素早く近寄りながら


「アリアが危ない。主がかなりお怒りだ。早く戻らなければ!主を止められるのは俺だけだ。」

「えっ…あぁ、は、早くアリアを助けて。」

「ダメだ、主の命令はお前を連れて戻れという事だ。お前がいなければ主を説得出来ない。」

「そんな…」

「アリアが可愛くないのか?俺はあの嬢ちゃんが気に入っていたがこのままでは…」

「アリア…アリアが…」


 オルガは急にダリューンの手を取ると素直に一緒に崖を登り始めた。


 私はウォルフに羽交い締めにされ両手を隠れ護衛騎士に掴まれながら、ダリューンがオルガを連れて上がってくるのを見ていた。

 マティウスは完全に二人が安全な所まで来たのを確認すると近寄りオルガに癒やしをかけた。

 仄かに青白い光は体を包み込み、白いオルガの頬に少し赤味がさした。

 私はまだ離さないウォルフの腕を振り払う為にちょっと暴れる。


「もう離して。オルガ、助けて。」


 私は優しく話しかける。オルガはヨロヨロと私に近寄るとギュッと抱きしめてくれた。私も抱きしめ、


「ありがとう。ホントに助かった。」


そう言って涙がこぼれた。もう大丈夫だね…


 やっと落ち着きを取り戻し皆はホッとひと安心だ。私はオルガの手を握りながら


「なぜここに来たの?危ないよ。どうやってあんな崖の所に行ったの?」


と聞いてみる。オルガはさっき登ってきた所の壁側らへんを指差すと


「そこから中に入れる。」


と言った。その言葉を聞いたダリューンが崖を調べる。


 結果、崖にちょっと乗り出した所に蔦や苔でわかりにくいが小さな窪みが見つかった。

 どうやらそこに行こうとして足を滑らせ落ちたらしい。危機一髪だったんだ。オルガは運がよかった。


「入れるって…洞窟的な?」


 コックリ頷きポケットから一枚の葉を取り出す。


「それは!」


 五センチほどの長細い肉厚の、うすい黄緑色の葉をマティウスがまじまじと見る。


 オルガは震える手でそれをマティウスに差し出し


「アリアを助けて下さい。」


と頭を下げた。私の不敬罪はオルガを助ける為の芝居だったがマティウスは


「これがあれば流行り病から皆が助かるのか?だったらそれをもってアリアの不敬を赦してやれるぞ。」


と言った。オルガはお願いしますと、なおも頭を垂れた。

 ダリューンが一足先に崖の窪みへ入って行った。中の安全の確認だ。なかなか戻って来ないという事は思ったよりも広いのかな?


 しばらく待っていると血相を変えたダリューンが戻ってきた。

 マティウスになにやら報告すると今度はマティウスの顔色が青ざめた。

 二人で崖の窪みへ行こうとするので私は慌てて


「待って!下さい。私も行きたいです。」


 マティウスは大変嫌な顔をし、


「さっきは本当に危なかったんだかな。」


と言うので


「不敬罪は不問なんですよね。」


と確認した。


「不問だが、約束も守れていなかったようだが…」

「それは…結果良ければ全て良しって事で…」

「なんだそのお前にばかり都合良い言葉は。」

「テヘッ!」


 私は可愛く愛想をふり撒いたのにおデコをビシッと指で弾かれた。


「痛い!」


 おデコを押さえながらそれでも食い下がる。行きたい行きたいどタダをこね、焦るウォルフに口を塞がれオルガを動揺させる。

 ダァ〜っと特大の溜息をついた二人は面倒そうに分かった、と承諾してくれた。

 隠れ護衛騎士様と側仕え様は信じられない者を見る目で私達のやり取りを見ていた。

 側仕え様と隠れ護衛騎士様は残り、後は洞窟に向う事になった。


 崖沿いにちょっと進んで窪みへ入らなければ行けないのでとっても危険です。

 ダリューンが先に行った時に中から外へロープを繋いで近くの木に結んでいたので、それを伝って中に入るのだ。

 少し準備をして移動開始だ。私は自力で行くのは無理だとダリューンに背負われて崖に挑む。怖すぎです。流石に無言になりました。

 洞窟内は薄暗く入口は狭かったが数メートルで少し開けたところへ出た。

 そこで突然ダリューンが持っていた松明に手をかざし火を付けた。


『ワァ、凄い!火の魔術だ…』


 私とウォルフの歓声にダリューンは気を良くしてニヤリと笑う。

 その後ろでマティウスが少しムッとしていた。

 さらに暗い中奥へ進む。すると急に天井も横幅も広がり広大な空間にでた。

 そこは少し明るく、松明が無くても何とか周りの様子がわかった。


 岩でデコボコした地面にじっとりと湿った苔で覆われた壁、天井を見上げると薄っすら明るくどうやら外へ通じているようだ。

 天井の穴は草木に覆われて微かに陽が入っている。

 その陽が当たっている僅かな地面にキラキラとした薄い黄緑の葉が茂っていた。


「あれは…」


 そう言ったっきりマティウスは絶句した。

 本来、崖などの切り立った所に数株程度しか見つからない、栽培方法もわからない、非常に貴重な新月魔草の群生地がそこにあった。


 近寄ってジックリと見てみる。そこにはサボテンのようなプックリとした二本の、うすい黄緑色の葉をウサギの耳のようにニョッキリと伸ばした小さな植物がみっちりと植わっていた。


 この二本生えているので金貨一枚?!

 めっちゃちっちゃいんだけど!


 マティウスによると、一株で何度か収穫出来るが基本は二年で枯れてしまうらしい。

 新月の頃に一番魔力量が増しポロリと採れる。それを集めて乾燥させ粉末状にしてポーションに加えるそうだ。

 確実に新月に採れるわけでも無く栽培が出来ない為、見つけると領地をあげて確保に乗り出すらしい。

 これだけの群生地なら報奨が出るだろうってダリューンが言ってた。

 オルガは偶然見つけたこの新月魔草でずっと一人で研究していたようだ。

 近寄ると周りの余計な雑草なんかを丁寧に取り除きいそいそと手入れを始めた。

 群生地とはいえ生えている場所は薄っすら陽の当たる直径三メートルほどだ。

 領地全体の分は賄えないだろう。どうするんだろう?

 マティウスは興奮して顎に手をやりながらブツクサ言いながらあちらから見たり、こちらから見たり難しい顔をしているが生き生きと楽しそうに見える。

 研究バ…いえ、研究熱心なんですね。オルガに話しかけているが、返事は言葉数が少なくやり取りが成立しているように思えないが話は続いているようだ。


 前世でも形は似たような植物があったけどこれが貴重薬草ねぇ…


 私は指で軽く突っつきながら見ていた。ウォルフは真剣な眼差しで根元やひかりの加減周りの環境などを見ているようだ。


「なにしてるの?」

「あ、アリア。これ栽培出来ないかな?」

「まぁ、それが出来れば良いけど、貴族様が試してダメだだったんでしょ?」

「そうだけど…家の新しい商売にならなかなって思ってな。」

「うちってそんなに危ないの?」


 思いがけない言葉に驚いて尋ねる。ウォルフは肩をすくめながら


「すぐにどうこうじゃないけど、今、既に先細りの感がある。早目に手を打たないと飯が食えなくなる。」

「だけど新月魔草これが見つかったんだしオルガの薬湯があれば流行り病おさまるんじゃないの?」

「まぁ、そうかもしれないが直ぐではないだろ?全部には行き届かないだろうし。」

「なるほど…」


 私は自分の家が結構大変な事になってるんだとシミジミしてしまった。

 前世でも親の借金に苦められたからお金の有難みは身に沁みている。

 友人に儲け話があると騙され、親戚にお金を貸してくれと言われ逃げられ、家族で必死で働いて返したもんだ。


 最近は落ち着いたいたがその矢先私は事故にあったのだ。


 前世でも転生先でも借金は不治の病なのか…こればっかりは新月魔草でも癒やしの魔術でも治らないんだろうな。


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