第12話   逃亡の先に

で、あの御者っぽい人は何者なの?見張りとか御者とかオルガを探しに行ったり。


 えっと…御者ってそんな事も出来るの?


 私はダリューンに尋ねた。


「あの方は御者じゃないんですか?」

「まぁな。」

「じぁ…何者ですか?」

「テンプルウッド家は代々騎士を多く輩出する家系でな、一族は武よりの者ばかりなんだ。」

「そうなんですね、という事はマティウス様は一族では異質って事ですか。」

「と言うより異常に優秀なんだ。いわゆる文武両道でどちらも群を抜いて優秀だ!」

「ヘェ~、凄いんですね。」

「……嬢ちゃんは感動が薄くないか?ウォルフはもっと驚いてるぞ!」


 私の反応が思っていたのと違うかったのかダリューンは不満気で、その横でウォルフはキラキラした尊敬の眼差しでマティウスを見ていた。


「それで御者っぽい人は?」

「御者っぽい人はそもそも騎士だ。」

「じゃあ騎士仕様でいいんじゃないですか?」

「騎士仕様ばかりで周りを固めた馬車で移動する人ってどうよ?」

「重要人物っぽいです。もしくは凶悪犯ですね。」

「凶悪って…ま、それでだな、今のオルガの様に長く続く流行り病でみんな不満がたまっておるだろ?そこへ貴族の重要人物が一人でウロウロしてるとだな、」

「あぁ、石とか投げられちゃうかと。」

「嬢ちゃん、恐ろしい事を口にするな!」

「アワワ、例えばってことですよ、不満の矛先が向けられるって事ですよね。わかってますよ。」


 不敬罪で殺されかけたな、今のは。マティウスがめっちゃ睨んでるよ。視線そらしておこう。

 その後ウォルフに涙目で叱られた。両方の頬が引っ張られ過ぎてヒリヒリします。


「じゃあ、あの側仕えっぽい人も…」

「あの者は元々マティウス様の側仕えだが、そもそもテンプルウッド家の主持ちの側仕えは武力も要必須だからそれなりに戦える。」

「ひょえ~、マティウス様ってめっちゃ大事にされてますね〜。」

「そりゃ跡継ぎだからな。」

「ゲッ!本当ですか?!」

「やっと驚いたな。」


 ダリューンは私の驚きに満足したらしくウンウンと頷いている。

 いや、あんまり身分とか知らせない方がいいんじゃないの?ま、私が知ったところで別に何の得もないけど、ウォルフが今更顔を強張らせてるよ。もう一緒だよ。




 御者っぽい人改、隠れ護衛騎士の人がオルガを探しに行って暫くたった。

 オルガは家の壁板をコッソリ外して裏から出たようだ。元々外せる様になってたのかな?

 こちら側から見えない様に出たなら森の方へ行ったんだろうな。あっちはよく知らないけど森に何かあるのかな?


 皆イライラしながらお昼ご飯を食べていた。


 さっき、側仕えっぽい人も、いや本当に側仕えの人も実は強い人だと聞いたら急にそれらしく見えてきた。

 細いながらも結構ガッチリしており顔も地味めながら整って良い感じに見える。

 ジッと見る視線を感じたのかふとこちらを振り向き私と目があった。

 軽く会釈すると、キッと睨まれ舌打ちされる。怖っ!怒ってるよ。


 度重なる私の無礼な態度にかなりお怒りの様です。近寄らない方が良さそうですね、はい。

 その様子を見ていたマティウスが放っておけと言ってくれたのはとっても感謝しております。有り難い事です。命拾いですね。


 昼過ぎ、隠れ護衛騎士様が戻ってきた。

 マティウスとダリューンに何やら報告しているが、私が余計な事をしないようにウォルフにガッチリ押えられ何を話しているのかすらわからず焦れったいっす。


 話し合いが終わったのかやっとこちらへ来いと手招きされる。私とウォルフが駆け寄ると


「ふぅ…オルガは見つかった。」


とダリューンが溜息をと共に言う。なに?


「残念だが…嬢ちゃんに来てもらう。」

「えっ…何かあったんてすか!オルガは無事なんてすか?!」


 私は身を乗り出して尋ねる。ウォルフが両肩をガッチリ押さえている。


「大丈夫だ、まぁ無理して動いたんだから多少は疲労しているだろうが。」

「ビックリさせないで下さい。残念って…」

「嬢ちゃんが来るとどうにもバタつくからな。」


 バタつくって、ちょっと興奮しただけじゃないですか。心を広く持とうよ。 


 どうやら森の中にいるのを見つけたらしいが、近づくと大声で何か叫んで威嚇してくるので取り敢えず戻ってきたらしい。


「そこからは動かないのですか?」

「衰弱して動けないのだろう。」

「だったら早く行きましょう!」


 私はダリューンを急かせて森の方へ行きかける。すると、マティウスが


「待て、その前に約束しろ。」

「何をですか?」

「オルガの意に添わない事があっても、領地と人命の為にこちらの言う事を優先するが邪魔しない、と。」

「何ですか?それ…」


 私はその言葉を理解しきれず首をかしげる。


「其方は感情的過ぎる。どう動くかわからん奴は連れていけない。皆を危険にさらす。」


 マティウスは真剣な眼差しでこちらを睨むように見ていた。


「約束出来ないならここに待機だ。オルガは我々だけでちゃんと連れてくる。」


 ダリューンは私の肩にそっと手を置いた。


「でも危険て…ダリューン様もマティウス様もとても強いのでしょう?あの…御者っぽいけど御者じゃ無い人も。」


 私の言葉にマティウスは


「私には主として皆を護る義務がある。其方の行動に気を取られて使命をおろそかにしたくない。」


 なんだか良くわからないけど、私はどうしてもオルガの元に行きたかったのでドンと胸を叩くと


「わかりました!お任せ下さい。ちゃんと言う事を聞いて大人してしておりますから!」


と笑顔で答えた。


 その場にいる人達はとっても胡散臭い者を見る目で私を見ていた。


 どうして?私はとっても良い子なのに。だって中身大人だよ。前世でちょっと落ち着きないって言われた事はあるけど…。


 そこからも何度もウォルフの手を離すなと言い聞かされてやっとオルガのもとに向う事になった。


 初めは爽やかな森林という感じだったがそのうち鬱蒼とした陽もささないような森の中を黙々と歩いた。

 子供の歩く速さと体力に我慢が出来なかっ…考慮されたのか途中からダリューンが背負ってくれた。有り難いです。


 すると突然木々の間から、こんもりとした緑の壁が目の前にそびえ立っていた。


 えっ…これ登るの?崖だよね。何だかひんやり冷たい空気で霧がかっている。雨?


「これ…登るのですか?」


 みんなの気持を代弁して私は隠れ護衛騎士の人に尋ねる。


「いや、下だ。」

『下!?』


 私とウォルフは驚いて叫ぶ。なんと目の前のこんもりした緑の壁は岩壁が苔むしていて右へ迂回して行くと突如滝?があらわれた。

 滝と言ってもドカドカ落水してる訳ではなくすんごい高い所から控え目な水が落ちきる前に霧になって降っている。と、ダリューンが説明してくれた。

 滝壺は無く、崖はまだ深く下は確認出来ないほどの高さだ。


 その中間地点あたりに出てきたのだ。


 ここら辺は来たことが無かったけどこんな事になってたなんて…多分危ないから近づくなって言われてたんだろうね。絶景ですわ。崖下はずっと遠くまで森が続いている。


「それで…オルガは?」

「あちらです。」


 指差す方向は断崖絶壁…の下へ十数メートルほどでしょうか、小さい出っ張りの所にオルガは座りこんでいた。


 覗き込んだ私の襟首をダリューンがしっかり握り、腰のあたりをウォルフが握っている。


「オルガー!大丈夫ー?今行くから!」

「バカ!ダメだ!約束しただろ!」


 マティウスはすかさず怒号を放つ。私はヒェッと首をすくめる。


「でもオルガが…」

「勿論助ける。だが我々だけでは助けられん。暴れて落ちるだろう。其方が声をかけて落ち着かせろ。」


 なるほど、でもあんな所で何してるんだろ?


 私は崖の上ギリギリの所へ顔をだし、オルガに声をかける。

 その間にダリューンがロープでゆっくりとオルガに近づくという作戦だ。

 私の腰にもロープが着けられ、長く伸ばして近くの木にくくりつけられた。

 わかってる、安全の為だって。でもウォルフが私を掴んでなくてよくなって、ホッとしてるのがなんか気に入らない。


「ダリューン、気をつけろ。オルガは助けたいが其方の身に何か起こるのは容認出来ないぞ。」

「ハッ!お任せ下さい。」


 ダリューンは木にくくりつけたロープを腰につけ、もう一本ロープを持ってゆっくりと崖を降りて行った。

 私は崖ギリギリで腹ばうと声をかける。


「オルガー、今ダリューン様が降りて行ったから動かないでねー!」


 オルガはそれを見ると後退りしながら


「く、来るなー。また火を付ける気だ。何が貴族様だ!皆燃えてしまった。夫も子供も…」


 村が燃えた事にショックを受けたのか、かなり取り乱している。


「オルガ、燃やしたのはしかた無かったのよ。みんなに病気が移るかもしれなかったから、でもマティウス様が研究して下さって、もう村を焼かなくて済むようにして下さるから、大丈夫だよー。」


 私は必死にオルガの気を引き説得する。でもオルガはゆっくり近づくダリューンを指差し


「この貴族が村を燃やした。」

「だから、仕方なかったんだよ。」

「子供も燃やした!リーナも燃やしたんだ。」

「えっ…」


 私は驚いてマティウスを振り返る。マティウスは苦痛に顔を歪めている。


「本当なんですか…」

「………本当だ。私が命じた。遺体であろうと他に伝染しない確信が持てないうちは仕方がなかった。」


 この世界は基本、土葬だ。墓穴を掘り埋葬する。それが死者の安寧だと信じられている。土に返り天に登ると。そしていつの日か生まれかわりまた再会する事を願うのだ。


 燃やすのは罪人だけだ。


 オルガの夫も子も燃やされ何も残らなかった。お墓も作れなかった、リーナの村の跡地のように。


 オルガはもう夫と子に再会出来ないと嘆いているのだ。




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