第10話   シンゲツマソウ

 オルガは流行り病では無いようにみえた。


 脱水症状が酷く食事もろくに取れていなかったらしく衰弱していたが熱は無く、何より生きていた。


 あの時一緒にかかっていたならもうとっくに死んでいるはずだ。


 マティウスが何か聞いてもオルガは反応せず私の顔をジッと見ていた。

 私は大丈夫だよ、マティウス様達は貴族だけどとってもお優しいのよと繰り返し言い聞かせ何とかコミュニケーションを取ろうとする。


 マティウスも黙って待っていてくれた。


 家の中は少し荒れていたが前来たままだった。色々な薬草が天井から吊り下げられ干されて壁際の作業台の様な所には薬を作る道具の薬研があり何か作っていた痕跡がみられた。


 マティウスはそこに近づきジッと見ていた。

 するとオルガが突然なにやら唸りだした。


「なに?オルガ?大丈夫だよ、何もしないよ。」

「………」


 オルガは聞こえるか聞こえないか位の小さい声で何か言っている。私はオルガの口元に耳を寄せる。ダリューンがあんまり近づくなと制するが無視だ。


「なんて言ったの?…」

「………」


 えっ、と私は驚く。


「なんと言った?」


 マティウスは私に聞く。


「シンゲツマソウ?って。」

「何だって!」


 マティウスは驚愕してこちらに戻ってくる。


「シンゲツマソウってなんですか?」

「…新月魔草…大変貴重な薬草だ。」


 ヘェ~、それが何?って感じの私を余所にマティウスはオルガに近づくと改めて問う。


「アレは新月魔草なのか?」


 相変わらずオルガは何も話さず私をジッと見つめていた。私は出来るだけ安心させようと笑顔で


「シンゲツマソウってあの粉のやつなの?」


と聞くと微かに頷く。私はさらに笑顔で


「そうなんだ。じゃ〜、そうだ!何時もの薬湯にでも入れてるのかな?」


 私はオルガと言えば薬湯って感じだったので何気に聞いてみる。マティウスはエッ!って顔して私の顔とオルガの顔を交互に見る。


 オルガはまた微かに頷く。


「そうなんだ〜。オルガ凄いね〜。貴重な薬草なんだって、それ。」


 私はヘェ~って感じで笑顔でオルガに話続ける。

 その後もアレってめっちゃ苦いよね〜などと世間話的な話をして何とか安心させようと笑顔で接した。


 暫く話すとオルガはウトウトし始めたのでゆっくり休んでね、私はまだいるからね、と言って眠るまで側にいた。


 その間、マティウスは少し離れた所でダリューンとコソコソ何やら話していたようで、私はオルガが眠ったのを見計らってそ〜っとそちらへ行った。



「結局何だったのですか?シン…ゲツマソウ?でしたっけ?」

「そうだ、新月魔草。解りやすくいえばポーションの材料の一つだ。」

「ホェ〜、それがどうかしたんですか?」


 私が全くピンと来ていないのが気に入らないのか二人はちょっとイラっとしている。

 イラつかれてるのがわかる私は何よ!って感じて口を尖らす。


「この領地内に新月魔草の採れるところは殆どない。他領でも偶発的な発見のみだ。」


 フムフム、貴重なんだね。マツタケみたいなもんか?それをオルガが何故か持ってるの?


「本物なんですか?それ…」


 私は作業台の薬研を振り返り尋ねる。そもそも粉になった薬草なんて見分けがつかない。少なくとも私にはわからない。


 マティウスは薬研を手に取り中身を手のひらに乗せニオイを嗅いだり指で感触を確かめたりと確認し始めた。


 私はちょっと疲れてきてフラフラと外へ出る。外ではウォルフが心配そうにウロウロと歩き回って入るに入れないジレンマを解消していた。


 私の顔を見るなりワッと近寄ってきて抱きしめてホッとしていた。


「やっと出て来た。大丈夫なのか?疲れてないか?ホラ、こっち来て座れ。」


 時間の感覚が分からなくなってたけどもうお昼過ぎらしい。ご飯も食べず家に入ったっきりの私が心配で相当ヤキモキしてたようだ。


 オルガの家の外にある木陰のベンチに連れていかれ水を渡される。

 それを飲むと自分が喉が渇いていた事に気付き一気に飲み干す。そのままサンドイッチも渡されムシャムシャと食べホッと一息ついた。


 安心したのかグラ〜っと眠気が襲う。コックリコックリと船を漕ぎ出した私の頭をそっと隣に座ったウォルフが自分の膝に乗せ寝かせてくれ、そのまま意識が遠のいた…










 話し声が聞こえて少しづつ意識が浮上する。


「やはり新月魔草ですか?」

「あぁそうだ。城の研究所で見た物と同じだ。」

「なぜこんな所にあるのでしょうか?高価でとてもあの老婆が買えるとは思えません。」

「…そうだな。」

「嬢ちゃん達が普段から飲まされていた薬湯に入れていたと言うのは本当なのでしょうか?」

「わからん。薬湯がいまないからな。だがこの家にある以上そうかもしれん。」


 うぅ〜んと何とも言えない雰囲気で話す二人。ウォルフは黙って私の頭を撫でていた。私はゆっくりと起き上がった。


 もう夕方だ、ちょっと寝過ぎたな。


 よく見るといつの間にか地面に敷いた敷物の上に移動されて上下を毛布ではさまれていた。


 そりゃグッスリだよ。


「起きたか、暴れて疲れたんだろ。」


 ダリューンがクスリと笑いながら言う。私はちょっと恥ずかしくて拗ねた顔でチラ見してウォルフにもたれかかる。まだボーッとしている。


 ピクニックさながら皆で敷かれた敷物の上に座り休憩していたようだ。

 馬車もこちらに移動していて今夜はここに滞在する準備をしている。

 オルガの様子も見なければいけないし、井戸もある。昨夜の所よりなにかと便利だ。


 日も暮れて食事も終えた後、また焚き火を囲って皆で過ごす。


 オルガの家は手狭だし、一応体調不良の原因もハッキリしないのでそこに全員泊まれる訳もなく。マティウス以外は昨夜の様に休むことになる。


 マティウスはオルガの様子を診てくれるらしい。


 飲み物をチビチビ飲みながら、


「結局どうなんですか?シンゲツマソウって本物なんです、よね?」

「あぁ、なぜ、どうやって入手したかはわからんがな。」

「ふぅ〜ん。それってそんなに重要なんですか?」


 私は何が驚きなのかイマイチわからず尋ねる。いくら貴重な薬草でもだからどうなんだ。何をこだわってブツクサいつまでも言っているのかわからない。

 それより流行り病の伝染性がどうとか、どこが発生源か的なほうが重要でしょ。


 マティウスは小さく溜息をつくと、


「新月魔草というのは大変貴重な薬草だ。」

「それはわかりました。で?」

「…庶民の入手はかなり困難だ。」

「それもわかりました。だから?」


 私はいい加減ちょっとイライラする。それはマティウスも同じ様で何故わからんって顔して睨んできた。


「だからっ、コレに関わったお前とオルガとリーナが生き残ったり、延命出来ているのは無関係では無い、可能性がある。」

「……は?そうなの?」


 私は驚いて言う。横でウォルフが言葉遣い!って軽く頭をはたく。


「アワワ、申し訳ありません。でもそうなんですか?」

「まだわからん。それ単品で効くとも限らんし試そうにも試行錯誤が必要だし…」

「そんな暇無いでしょ!オルガの薬湯を配れば良いんじゃないですか?」


 私は簡単なことじゃないかと提案する。私だけならともかくオルガは生き残りリーナは延命されていたのがあの激マズ薬湯なら皆で飲めば良い。


 しかしそこは簡単じや無いらしい、何せ貴重薬草だ。


「簡単に手に入らんから貴重なのだがっ!」


 マティウスはチッと舌打ちして睨みつけていた私から目線をそらす。


 怖こわ!マティウスの舌打ちとか私初めて聞いたよ。何時も無表情が多いのに怒る時だけめっちゃ怖いよ。


 私が叱られると思ったのかウォルフが口パクで黙れ!って頬をムニッっと掴む。痛い痛いわかったと私は涙目で答える。

 それをダリューンはニヤニヤしながら黙って見てる。この人いっつも見てよ。


「貴重ってどれくらい貴重なんですか?」


 私に話させると疲れると思ったのかウォルフがダリューンに聞いた。


「一株、高い時で金貨一枚だ。」

「ハァーーー!!」


 私とウォルフはそのまま黙った。


 金貨ってそりゃ平民に配ってくれないわ…



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