第7話   お勉強の時間

 ここでは文字はアルファベットのような組み合わせである。

 ラルクは五文字づつ私にお手本を書いてくれ、それを順番に覚える。


「アリア、覚えがいいな。こんな事ならもっと早く始めれば良かったのに。」


 ラルクは感心して私に次々と単語を教えこむ。進むの早いよ。めっちゃスパルタ。

 私はお昼までキッチリお勉強し、ご飯となった。


「父さん、アリアはもう文字を覚えたよ。昼からは単語だ。」

「なんだって!すごいじゃないかアリア。」

「あんなに嫌がってたのにな!」


 父さんもウォルフも感心した様子で褒めてくれる。ヤバい、天才児扱いか。後々普通の人になってしまうけどね。ま、いーか。子供の頭って吸収良いのね。必死にやれば出来るんだもん、驚いたよ。


 お昼からは単語を覚えながらこの町の事や領内の事情を教えてもらう。


 ここはキルクという町で宿場町だ。


 この領地はダンヴァースという名前で貧乏領地らしい。


 旅人の通過が主な収入源なのはこの前聞いたけど、それが流行り病の蔓延で減少を続けているらしい。


 東西へそれぞれの移動の際にこの領地を通るのが一番安全で近道だったが、いまや一番危険な道となりつつある。


 ここキルクは割と庶民的な町で貴族はあまり立ち寄らない。他領の商売人が主な泊り客だがそれも減っている。

 流行り病という悪い噂は広がり、旅人は減る。そして村が焼かれ人口も減る。

 庶民が減れば税収も減少する。よって庶民のピンチは領主のピンチだ。



 なんとかしてくれないとなぁとラルクは帳簿を見ながらこぼしていた。

 うちの店も結構打撃を受けているらしい。そりゃそうだね、食料品が殆どの売上をしめてる。


「他に売れる物ないの?」

「他ねぇ、薬草も少しは売ってるけど大した量じゃないし、後は代筆屋とかかな。」


 農民や職人は自分の名前や簡単な数字くらいしか読み書き出来る人があまりいないので代筆屋は必要だ。たがこの町はそれほど大きくないのでたいした収入にはならない。


 いつの世もお金稼ぐのは大変なんだね、はぁ。


 ジョルジュは手堅く稼いではいるが、近頃は他の町への移住も視野に入れて今後の事を考えているらしい。



 夕方になり、私達の出発準備もなんとか整い店を閉める。

 家族全員でテーブルにつくと食事を始めた。


「さっき来た西からの商売人から話を聞いたんだが…」


 ジョルジュの話では、また流行り病が出ているらしい。ここからは遠いみたいだけど…


「ねぇ父さん、なぜそんなに離れた所でまた流行り病なの?同じ病気じゃないの?」

「父さんにはわからんよ。確かに今までなら一つの町で流行ってそこから近い所へ徐々に移って行くって感じだったな。でも村が全滅とかはあまり無かったよ。」

「普通は体力の無い子供や年寄りが大体やられてたな。」


 やっぱりそうだよね。別に詳しいわけじゃないけど、なんか広がり方がちょっと不自然な感じだね。


 考え込んでいると早く食べなさいと急かされた。

 その後お風呂代わりに身体を拭くぞと、父さんがお湯を持ってきたが自分ですると全力で言い張る。

 病気の時は抵抗も出来ず慣れぬ父さんに拭かれてしまっていた。幼女だけど死ぬほど恥ずかしかったのでもう嫌だ。

 ジョルジュはちょっと寂しそうだったがもう卒業だと思ってくれ。





 次の日もお勉強タイムだった。ラルクと過ごす時間を増やしてご機嫌をとって安心感を与えておかないと心配だ。


 明日は出発だ。朝が早いので今夜も早目にベットに入ったがちょっと遠足前の子供の様に寝付けない。深夜に浅い眠りにやっとついた。


 


 …遠くで誰か泣く声が聞こえる。

 子供の声?あの子達なの?!

 真っ暗の中ウロウロ歩き回り探すが見つからない。

 私は転生前の自分の子供の名前を呼びながら必死になるが見つからない。

 いつの間にか泣いている。

 涙が止まらず声が枯れる。

 どこー!どこにいるのー!




「アリア!大丈夫か!」


 ジョルジュに体を揺さぶられて急に起こされる。目の前にいるジョルジュはかなり動揺していて必死に私を抱きながら背中を擦ってくれていた。


 私は眠りながら泣き叫んでいたらしい。

 部屋には兄達も心配顔で来てくれていた。


「どうしたんだい!何があった?怖い夢でも見たのかい。」


 ようやく目を覚ました私に優しく聞いてくれるが、説明のしようがない。子供に会いたいなんて言えない…。

 少し震える体を落ち着かせようと深呼吸して必死に誤魔化そうとする。

 兄達もどうすれば良いのかわからずあたふたとしている。


「あぁ、覚えて無いや。泣いてる?なんでかな…」


 これは誰にも話せないしわかってもらえる話じゃない。もう大丈夫だとみんなを部屋に返すと大きな溜息をつく。心配かけちゃ駄目だな。


 私やっぱり帰りたい。けどどうやって来たかも分からないのにどうやって帰れるかなんてわからない。

 この数日目まぐるしくて気が紛れていたけど子供に会いたいよ。


 一人思い悩みながら夜を過ごした。






  **** **** **** **** **** ****





 朝だ!いよいよ出発だ!…なんとか自分を奮い立たせてベットから起き上がる。

 切り替えて行こー!…ハァ…


 着替えて部屋を出るともうみんな起きていた。


「みんな、お早う!」

「アリア、お早う。さぁ早く食べなさい。」


 昨夜の事には触れない感じで父さんは優しく接してくれる。ウォルフは通りすがりに頬をムニッとつねり、ラルクは私の髪をクシャッと撫でると柔らかく笑いかけてくれた。


 ちょっと照れるがホッコリする。

 本当に良い家族なんだけどなぁ…私どう思えば良いんだろ。なんだか申し訳なく思う。


 いよいよ家を出る。当然、家族みんなで待ち合わせの宿屋に向かう。道すがら私はジョルジュとラルクに手を繋がれそれを後ろからウォルフが生暖かく見守る。


 いや私も恥ずかしいから。


 宿に着くと表には誰も居なくて馬車も無かった。まだ早かったかなと思いながら裏の馬車を停める所へ行ってみる。

 そこには例の貴族の馬車が一台だけ停まっていた。


 えっ!一台?ってどういうこと?私達は遅れて来たか入れ違ったのかと焦り、キョロキョロする。

 するとそこへ護衛騎士のダリューンが荷物を抱えて宿の裏口から出てきた。


「バーソロミュー様。お早うございます。あの娘達が乗る馬車はどこでしょうか?一台しかございませんが…」

「あぁ馬車は一台だ。」


 ジョルジュは驚きを隠せない。

 まさかの貴族様と同乗?ありえない!丸一日位かかる村までの旅路。


 無言っすか?耐えられないけど耐えるしかないのか…


 私はウォルフを見上げると彼は目を細め遠くを見つめていた。

 だよね。終わった感あるね。


 私達の反応をダリューンは面白そうに見ながら


「大丈夫さ、慣れるから。」


 そうほざいた。いや、仰った。それもだけど、


「あの…」


 私は遠慮がちに尋ねようとする。すると凄い勢いでウォルフが私の口を手でふさぐ。


「ワハハハッ!いーぞ、話して。これからの道中ずっと黙ってるわけにいかんだろ。」


 ニッカリ笑って許可をくれた。


 私はこれ幸いと直ぐに聞きたい事を口にする。


「馬車は一台だけって、他の方々はもう出発したのですか?」

「いや、他の方々は一度帰還した。残ったのはマティウス様だけだ。」

「どうしてですか?原因を探るんじゃないんですか?」

「本当ならそうなんだか、他でも病は出ておるしな、順番に治療にあたってはいるがみんな疲労困憊でな。原因究明までなかなか手がまわらんし、やりたがらん。」


 私とダリューンはそのまま話し込む。


 ジョルジュ達は口をハクハクとしながら私を止めることも出来ず狼狽えて見ていた。


 私はそのまま質問を続ける。


「今度は何処に出たんですか?」

「今度は西のヤットリってとこだ。」

「ヤットリって大きな町なんですか?」

「いや、名は付いてるが村みたいなとこだ。山の麓で外れの方だ。」

「外れ…リーナの村も外れの方ですよね。今までのところも小さい外れの村ですか?」

「……そうだな、そういえばそうだ。」


 ダリューンはそのまましゃがみ込むと地面に指で流行病が出たところを書きだした。

 ほとんどが名もなき村でどこそこの麓の村とか、どこかの町の東とかそんな感じだ。

 それを見ながらうぅ〜んと唸りそのまま黙ってしまった。


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