第2話 アリアの事情
意識が戻ってからも吐き気と頭痛に悩まされながら数日やっと体調は回復した。
そこから2日後、今日はベッドから出ても良いと過保護なオヤジ、いや、父親の許可が出た。
やっとだよ。
食料品などを取り扱う商人のオヤジことジョルジュの娘への溺愛っぷりは凄い。
熱は下がってきてるのに心配だ心配だと喚くし。
熱は下がってきてるっていうのにこれでもかと体に良い薬草を煎じて飲まそうとしてくるし。
熱は下がって…もうクドいか…その他諸々…。
ベットの横でもうダメかと思ったと何度も泣き出し、なかなか部屋から出してもらえなかった。
その間、暇な私はベッドの中で自分の状況を確認した。
まず家族関係だ。
私アリアには2人の兄ウォルフ14才とラルク18才がいる。母親は病気で亡くなっている。
ジョルジュは不憫に思ったのかすごく可愛がって育てられていたが、急な高熱、嘔吐など原因不明の病で死にかけていたらしい。
九死に一生を得たってやつか…
いやホントは死んでるやつな、多分それで私が入ってるし。入ってるって…変かな?
衝撃的な事はまだあり、なんと前世?と言えばいいのか、私アリアはリーナを知っていた。私が眠っていると思っていたのかベットの横で兄達がこっそりリーナの村の噂をしていて気づいた。
ほんの数時間で死んでしまったリーナとしての人生だが、アリアの父親の仕入先の村の娘で、少しばかり仲が良かったのだ。
リーナの村で流行病が出たと町に知らせが来た時はジョルジュはかなり慌てていたようだ。
その数日前に私達も村に出入りしており、そして発熱。
あわや私も隔離か!となったが家族に誰も感染ってなかったので違うのかなとなったようだ。
ジョルジュと一緒に仕入れに行っていたリーナの村は馬車で丸一日かかる。
町はずれの小さな集落っぽかったが、かなり死人が出ただろうな?
ジョルジュ達はリーナが亡くなっているのを知ってるのだろうか?
私は着替えると部屋から出てみる。そこはリビングのような所でテーブルと椅子が置いてありジョルジュと兄達が朝食をとっていた。
「…と、父さん。」
とっても言いづらい…まだ馴染みがないが呼んでみる。
「なんだい?まだ辛いかい?」
小太りの濃い茶色の髪、髪より薄い優しい茶色の瞳のジョルジュが心配そうに振り返る。
私に近づくとそっと頭を撫でてくれる。
なんか照れるな…
「あのね父さん。リーナがどうなったかわかる?流行病がでたんでしょ?」
あえて直球で聞いてみる。ちょっと意地悪な感じがするが私はリーナが死んでいる事を知らない事になっているから多少仕方ないよね。
ウォルフとラルクはお互いに顔を見合わせ、気まずそうに目を伏せた。
ジョルジュは一瞬困った顔をして
「どうだろうね…。詳しくはわからないんだよ。あの辺りの2つの村が封鎖…入れなくてね。」
私を撫でてくれた手で今度は自分の頭をワシワシとかきながら答えてくれた。
きっと大丈夫だよと、優しく微笑んでくれる目が悲しそうなのは今までの経験上、封鎖された村の殆どの人は助からないと思っているからだろう。
実際リーナは助かってないしこれ以上は追求しない方がいいだろう。
「そっか、無事だといーな…」
私はとりあえず心配しているように顔をふせる。
なにせ自分の事であって、そうでないような変な感じだ。
悲しいとも違うような、でもリーナは亡くなったんだからそれはそれで可哀想そうだし複雑な心境だ。
ジョルジュに優しく背を押され席につくと、パンとスープを出してくれたがあまりお腹は減ってない。病み上がりだしね。
リーナの話題のせいで気まずい雰囲気になりみんな無言で食事をとる。
しばらくするとウォルフが雰囲気の悪さを振り払う様に
「アリア、体調が良いなら店に出てみるか?皆が心配して見に来てくれてるぞ。」
そう優しい笑顔で聞いてくれる。
我が家は仕事柄お客や近所の人達と親しくしているようだ。
「うん、そうする。」
外に出てみたかった私はすぐに残りのパンをなんとか食べ終えるとウォルフについて行った。
この家の造りは2階建てで、2階部分がリビングと、狭いながらもそれぞれの部屋があり、1階の通りに面した表は八百屋のような店があり、いくつかの品物を並べて近所の人に販売している。奥には商談等をする部屋、その奥は倉庫だ。
大口の取引先は宿屋と食事処だ。この町はそれ程大きい町ではなく、半数は取引がある。
私はゆっくりと階段を降りる。長く寝込んでいたから筋力が衰え膝がぷるぷると震えてウォルフはそれに気づくと手を貸してくれた。
少し赤味ががった茶色の短髪で黒い瞳の優しい下の兄はジョルジュ似だな。
体格は年の割にガッチリしており店では前に出て販売している。
愛想が良く親切で元気な対応のウォルフは近所でもおばちゃま達に大人気だ。
ラルクはくるりとしたクセ毛の赤毛で瞳は薄い茶色、大人しい性格だが父親をしっかりとサポートしており、もうすでに一人前って感じだ。
妹を溺愛しておりジョルジュと二人で過保護が過ぎている。
私も赤毛で直毛、顎下くらいの長さで切りそろえてあり大きめの瞳は黒い。眉毛が濃くてちょっと気が強そうだが可愛い部類に入るだろう、テヘッ。
店に出てみるともう他の従業員が販売を始めていた。ウォルフは私を店先の椅子に座らせるとそのままお客の相手をし始めた。
後から降りてきたラルクは店の奥に行くと直ぐに戻って来てひざ掛けをかけてくれる。
「冷えるから少しだけにしとけよ。」
ニッコリとしてそう言うと奥に引っ込んだ。
なんだかこそばゆいなぁ。前の記憶の子供達にもこんなに労ってもらったことなかったなぁ…。まだ子供だったし。でも年齢でいえば私の子供よりも若いのよね。
ここでは早くからみんな働き始めるようだ。特に学校も無く商売をしている家は文字や簡単な計算を覚えるが農家の人など文字を知らない人が殆どだ。ちなみにアリアは知らない。
ヤバいよ、読めないよ…。
店先で周りをキョロキョロ見ながら座っていると中年の女性が声をかけてきた。
「まぁ!アリアちゃん元気になって!良かったねぇ!」
「ありがとうございます。ご心配おかけしました。」
結構大きな声だったのでビクッとしながらもニッコリと営業スマイルで返しておく。確か近所の悪ガキの母親だ。
「あらあら、いつの間にか大人びた口きくようになっちゃって。相変わらず賢い子だね。ハックにも見習わせなくちゃね。」
危ない危ない、ついクセでオトナ感が出てしまった。気をつけなきゃね〜。
ハックとは幼馴染だ。
アリアに気があるらしくジョルジュとラルクが大変警戒している。嫁には出さん、と二人で誓い合っていたのをウォルフと生暖かい目で見ていた記憶がある。
ラルクは大人しいが意外と怖いところがあり、前にしつこくアリアに構うハックをちょっとした崖から突き落とした事がある。怪我らしい怪我も無く事なきを得たがそれ以来ハックはラルクが怖い。
いつもジョルジュの仕入れに付いて行きたがったアリアは割と好き勝手していたようだ。
リーナの所に仕入れに着いて行っていた時もジョルジュの手伝いもせずにリーナと二人で川に行って魚を採ったり、山に入って木ノ実を採ったり、村のはずれに住んでいる老婆の所に黙って行ってはジョルジュを心配させたりしていた。
そう言えばあのお婆さん無事だったのかな?リーナの村から少し離れたところに住んでたけど。
老婆はオルガといって独りで村外れに住んでいる。夫と子供を流行病で亡くして以来心を病んでしまい、他の村人とはあまり口をきかなくなったらしい。
リーナと私は川でびしょ濡れになりながら遊んでいるところを、風邪をひくから止めなさいとスゴい剣幕で叱られたのがきっかけで知り合った。
そのまま無理やり家に連れて行かれ濡れた体をゴシゴシ拭かれスープと薬湯を与えられた。冷えると病気になるとか、食べないと病気になるとか私達に懇懇と説教してきた。
オルガは病気に凄く敏感だった。そこは家族を亡くしていたから仕方ないよね。なんとなく子供心に事情を察していた私達は、ちょっと体調が悪そうだと直ぐに苦くて臭い薬湯を出されたが我慢して飲んでいた。
変わり者だったが優しかった彼女の家にはそれからよく行った。行けば木苺やナッツや色々なオヤツもくれたしね。
リーナの村が閉鎖される前に行った時も二人で訪ねていた。確かあの時もオルガは私達に例の薬湯を飲めと言ってきた。
私は普段オヤツを貰っていた手前断りきれず渋々飲んだ。いつにも増して震えるほど不味いソレをリーナは隠れて捨てていた。
も〜!私は飲んだのにってちょっと腹がたった記憶がある。
薬湯を飲んだ後も川向うの村から病が出たからこの家から出るなってかなり引き留められた。
いま思えばオルガの言う事はあっていたようだ。どこから情報を知り得たのかわからないが結局村が二つ封鎖されたのだから。
父さんにオルガの事を聞いてみよう、何か知っているかな…
私はウォルフに声をかけて奥の部屋にむかう。
ドアに手をかけると中の会話が耳に入り手を止める。
「リーナは助かってないんだろ、父さん。いつアリアに伝えるんだい。」
「はぁ、その事か…いつかは言わねばならんだろうがあの子の体調はまだ万全ではないからね。もう少し後にするよ。」
これは…入っちゃおうかな…聞いちゃったよって感じで。知らないふりも限界あるし。いやでもなぁ…折角気を使ってくれてるしなぁ。
私が悩んでいると突然ドアが開いた。
「うわっ!びっくりした!」
「アリア!…聞いてたのか?」
ジョルジュが戸惑いながら私を見つめる。
逃げられないね…
「ごめんなさい。聞こえた。リーナは死んじゃったんだね。」
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