転生者にも事情がある
蜜柑缶
第1話 リーナの事情
いつもよりも早目に目が覚めた…
1時間も早い。
今日は仕事に行きたくないなぁ。
いつもよりずっとずーっと行きたくない。
寒いしダルいし何より眠い。
しかし行かねば、母として子供らを食べさせねばならぬ。仕方無しに勢いよく起き上がった。
3人の子供を抱えたシングルマザーの私だが皆良い子で我ながらなかなかの子育て上手である。
子供達は朝ごはんを自分達で用意して各自学校へ、大学へ通学して行く。
そこはあまり良い母ではないかもしれないが、自立心が育っているということでもあるのだ。ホントに良い子達だね、グフフ。
私はいつも通り朝食を済まし洗濯し家を出る。
スクーターにまたがると職場へと向かった。10分ほどの道程だが安全運転を心がけている。
時速30キロで走行中、青信号を確認し交差点を通過しようとしたその時、ハンドルとスマホを同時に握りしめている運転手が目に入った。
画面を食い入るように見つめているその男の顔はニヤけていた。
痛みはあった気がするが、その瞬間深い海にでも沈められたかの様に息が出来なくなり、意識が遠のく…
なんだこれ。これが死なの?あっさり過ぎない?子供達はどうなるのよ。
そう思った次の瞬間、息苦しさに咳き込んだ。
「ゲホッ、ゲホッ」
ヒューっとのどが鳴り何度も咳をくり返した後みたいに喉が痛い。
呼吸も苦しいうえ吐き気もあるし体中が痛い。
くっついてそうな瞼をなんとか開くと見知らぬ天井が見えた。
なんだか古臭い山小屋というかボロっちい小屋って感じで清潔感ゼロだ。
ここ病院じゃないよね。事故にあって…それでなんで小屋?
横を見るとゴザの様な物の上に寝かされている人がいた。
六畳ほどの部屋に何人かいてすごく汚い。
そして臭い!公園のトイレのヤバいやつの匂いでハエのような虫も飛んでる。
私はとっさに口元に手をあてた。変な感じがして何気なくその手を見て驚いた。
子供の手だし汚いし垢がこびりつき、ザラザラしてねちゃついてる。
ヒィーっと顔をしかめた。
「あぁ、気がついたか、リーナ。熱は…まだ高いな。水を飲みなさい。」
男の声がし、私の身体を少し起こしてフチが欠けた碗で水を与えてくれた。
リーナって…私?
与えられた水をなんとか飲みながら、その男の顔をチラリと見る。10代後半くらいで髪はくすんだ緑で瞳は金色。外国人なの?でも言葉はわかるし…
ボサボサの髪だが顔の造りは整っている。意思の強そうな印象的な瞳のいわゆるイケメンだが、そこに表情はない。
よく見るとかなり疲れているようで顔色が悪い。目の下にもクマがあり唇はかさついている。
「この薬湯も飲みなさい。呼吸が少しは楽になる。」
黒くて泥の様な物を続けて飲まされる。物凄い青臭い匂いがしてが顔をそむけた。
「いや…だ。飲みたくない。」
「我慢して飲め。良くならないぞ。」
無理やり口に流し込んできた。
吐き出しそうになったがなんとか涙目で飲み込んだが寒気がするほど苦い。
くそ…イケメンめ。
「大人しくしておきなさい。」
少年は私をそっと寝かすと部屋から出ていった。
あまりの薬の苦さにしばし震えが止まらなかった。
苦さもさることながら青臭い、薬湯って言ってたけど薬草そのものなの?
こんなの飲んだことない、コレってヤバいやつじゃないだろうか。
絶対に私の知っているような場所じやない。
さっきのお疲れイケメンも私をリーナって呼んだし、他の寝かされている人達もなんだか見慣れない格好だ。
あれか…転生か。最近ハマっててよく読んでいる、アレ。
イヤイヤ、転生したらもっと凄い技持ってます的な、魔法使いまくれます的なものなんじゃないの?
なんでいきなり病人なの?ハズレか?ハズレなのか。
イヤイヤまだ夢オチの可能性がある。
悪い夢だ、きっと夢だ。
早く目を覚まさなければ息が苦しい。
熱が高いのか頭はボーっとするし、なんで好き好んでもない転生して病気になんなきゃなんないの、寝よ寝よ。はい、お休みなさい…
いや眠れない…
激マズ薬湯とやらのおかげか喉はましな気がするが、意識も朦朧として起きているのか寝ているのかよくわからないけど…
何とか体を起こすと同じ部屋で横たわっている他の人達を見た。
二人は弱々しくだが呼吸しているが後一人はピクリとも動かない。
ヤバそうだな。
改めて自分の身体を確認すると手足はガリガリでいかにも病人って感じだ。
息苦しいく目もショボつき、ダルくて立ち上がる気力もない。
でも誰も来そうにないし、こんな様子もよくわからないとこでずっと居るのも不安なのでなんとか立ち上がり、ふらつきながら唯一外へ行けそうな小屋の開口部へ向かう。
ヨロヨロと歩くと開けっ放しの戸口を支えにして外へ出た。
周りを見ると小さな集落だろうか、私のいる小屋から少し離れたところにもいくつかの建物が点在しているが、どれも吹けば飛ぶような掘っ立て小屋という感じだ。
何人かが小屋を出入りしているのが見えた。
遠目ながらも皆疲れているようでフラフラと歩いていたり、小屋の外に座り込んだりしている。
あれらの小屋にも病人がいるのだろうか?
目の前に少しひらけた所があり、男達が簡単な木で出来たベンチの様なものに座って話している。
疲れ切った感じで見慣れない衣服は汚れてるが、白衣のような物を身に着けている。医者かな?
するとひとりの男が
「もうこの村は放棄した方が良いのではないか?」
ため息とともに言った。他の男は顔をしかめながら黙って周りを伺う。
「よせよ、子供がいる。」
誰かが私の方を見ると他のものに知らせるように顎を少しあげる。するとさっきの男が
「あの子の家族だってダメだったじゃないか。今さら隠したところで何もかわらんさ。あの子だって…。」
その言葉を聞いて突然頭の中に優しげなまだ若い男女の顔が浮かんだ。どうやらこの体の子の両親らしい。
突然鼻の奥がツーンと痛くなり意識せずに涙が流れる。両親はもう死んでいるようだ。
あまり記憶には無いが悲しいという思いは残っているのか…
自分のではない両親の死の悲しみと同時に、私は自分の子供達の事を不意に思い出した。
あの子達はどうしただろうか?
どうにかもとの場所に戻れないだろうか?
急に母親が死ぬなんて子供は衝撃を受けたにちがいない。
泣いてるんだろうな…
ハッキリしない頭の中で色々な思いがぐるぐると巡り、足に力が入らずその場に座り込んだ。
もう動く力も残ってない。
帰りたい…
「ダメではないか、寝ていなくては。」
さっきのイケメンがすっと横から現れると私を抱え小屋の中に戻そうとする。
「ここにいる。」
私はなんとか抵抗したくて首を横にふる。
小屋の中は匂いが凄い。外のが幾分ましだし、それにこの身体はもうもたない気がする。
さっきの中の一人だって死んでるじゃないか?だったら少しでもマシな所でいたい。
少年は私を抱き上げたまま近くの石の上に腰を降ろした。その様子をさっきの井戸端会議中の男たちが汚い物を見るように眉間にシワを寄せる。
私は確かに汚かった。しかし、それを嫌がる素振りも見せず少年はどこか遠くを見ながら私の髪をなでる。
伝染る病気じゃないんだろうか…マスクもしてないし。無いのかな、マスク。
「少しの間だけだぞ、もうすぐ日が落ちる。身体が冷えてしまうからな。」
整った顔だが無表情に話す少年。
「どうせ私も死ぬんでしょ。中の人も死んでるんじやない?」
かすれた声しかでない私が見上げながらそう言うと、彼はゆっくりとこちらに視線を向けた。
「そうだ。…すまない。」
私が死ぬことを無表情に肯定する。やっぱり何人も死んでるようだ。
詫びる言葉はあきらめの境地か、沢山の死に向き合った経験からか淡々としていた。
私も自分であって自分でないこの身体の死を淡々と受け入れる。
死んだら元の世界に戻れるのかな?
転生してすぐ死ぬとかあるものなの?
呼吸は益々苦しくなり私の意識は薄れ始める。
何も言わずにずっと私を抱えたままの少年。
なにを考えているんだろう…私リーナの知り合いではなさそうだ。記憶にはない。
まぁ、朦朧としているので定かではないが。
汚れた病人の子を抱きかかえてくれるなんて良い子、良い少年なんだなぁ…
私はなんとなくそう思い
「ありがとう。」
そう少年に伝えた。
最後に誰かに抱かれ、看取られて死ぬのだから前回の死よりはマシな終わりのはずだ。
すると彼は私を抱えた腕に力を込める。無表情のままだが
「すまない…すまない…」
小さな声でつぶやくと涙をポロポロとこぼした。
ちょっと驚いたが、彼は自分の無力さを必死に耐えているように見えた。
まだ幼さの残る顔は自分の息子を思い出させる。
私は少年の頬にそっと手をのばす。
そんなに泣かないで…。きっと仕方なかったんだよ。
そう思ったのを最後に私の意識は途絶えた。
「気がついたかい?!アリア!良かったもう大丈夫だよ、うわ〜ん良かったホントに良かったよ〜。」
号泣する見知らぬオヤジの声が聞こえる。
小太りの男がベッドの横に膝立ちになりながら、鼻水と涙でグショングションの顔で私の手を握りしめながら泣いている。
アリア…私か?
イヤイヤイヤイヤ。
落ち着け。考えろ…まさか…してるな…転生…
なんだこれは。でも私は今、商人の娘アリアらしい。
今度は助かったとこから始まるのか…
商人の娘、年は6才らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます