第21話 誤解とママ友②
部屋の中はシンプルな間取りになっていた。この部屋には四角いテーブルと四つの椅子。サーリャさんが部屋の隅の黒い楕円形の筒に触れると、ほんのり赤く灯っていく。
「すみません、寒かったですよね」
あ、ストーブなんだ。その後、サーリャさんは忙しなく奥に向かう。かまどとシンク……台所かな。やかんにお水を入れて、ストーブの上に置いた。へー、そうやってお湯を沸かすんだ! ずっとケトルを使っているから、すごく新鮮だ。
その間、リュカくんは定位置なのか、椅子によじ登っていた。目のような木目の目立つ椅子と机だ。落ちないか心配でそばで構えていると、サーリャさんが声を掛けてくる。
「あ、適当にミツキさんも座っていてください。時期にお湯も湧くと思うんで」
「ありがとうございます」
うーん、コートはどこに掛ければいいのかな? ちょっとおめかしして、ウールのコートを出してもらいました。でもそれらしい場所が見当たらないから……無難に椅子の背にかけておくべきだよね。
サーリャさんに渡した手土産は、テーブルの上に置いてあった――のだが、気がつけばリュカくんが包装紙をビリビリに。
だよねー。気になるよねー。
私がくすくす笑っていると、戻ってきたサーリャさんはテーブルに両手を付いて項垂れた。
「大事に取っておきたかったのに……」
「あ……止めた方が良かったですか?」
「あ、いえ……大丈夫です……あの、これ大したものじゃないんですけど」
少し端のかけた小皿に乗せられたのは、シンプルなパウンドケーキだ。お皿……他にないのかな? フォークも出してくる様子がない。手を切らないように気を付けながら頂戴する。
……うん。色味が薄く、口の中でボロボロする。まぁ、手作りはこんなもんだよね。甘さ控えめでいいな。私なんて、お菓子作ったことすらないから。作れるだけすごい。買ってきた方がラクなのに、わざわざ手作りでおもてなしなんて、サーリャさん良い人だなぁ。
ありがたくモグモグしながら、私は話しかける。
「お菓子作れるなんてすごいですね」
「そ、そんな……買えないから、自作しているだけですので……」
「えぇ?」
でも、リュカくんはそれまた嬉しそうに頬張っているじゃないですか。そうだよね、ママの手作りが一番だよね。私も今度チャレンジしてみるべきかなぁ?
そんなことを考えていると、サーリャさんもリュカくんの隣の席に座っていた。
「今日、お子さんは?」
「あ、ヒイロですか? 今日は旦那に家でみてもらってますよ」
私がのんびり答えている間も、リュカくんが落とした屑を摘んでは食べている。サーリャさんの分は台所なのかな? どうせゆっくり食べれないもんね。よし、私が早く食べ終えてリュカくんの面倒を代わろう!
咀嚼を頑張っていると、サーリャさんはおずおず訊いてくる。
「旦那さん……失礼ですけど、お仕事は?」
「今日はお休みもらえたみたいです。普段は忙しいみたいで帰りも遅いんですけど……サーリャさんのご主人は何している人なんですか?」
「いいな……」
「え?」
そんな羨ましがられるような話したかな? まあ、せっかく友達と会うなら、子供は任せたかった……よねええええ。この世界は祝日て概念ないみたいだし、ジンさんにも来てもらって二人まとめて面倒みてもらえば良かったかな。でもそしたらジンさんに悪いよねぇ。うーん、難しいなぁ。
でも、私が何か言うよりも早く、サーリャさんは「お湯沸きましたね」と立ち上がる。気が付けばストーブの上のやかんから煙が出ていた。
「あ、すみません。うちはチェヴァプチチを販売してます」
「ちぇば……」
「やっぱりご存知ないですよね。棒状の肉団子です。中に様々な香草を練り込んであって。薄いパンに挟んで食べるんです。東の方の郷土料理なんですけど」
「へぇ、美味しそう! こないだディアボロチキン? は食べたんですけど、あんな感じなんですかね?」
どんな味なんだろう? 香草……てハーブのことだよね。食べてみたいなぁ。パンに挟んで食べるなら、こないだ食べたチキンみたいに食べ歩きが出来そうだよね。どこにお店あるんだろう?
その辺りのことを訊こうとしてみれば、やかんを台所に持っていったサーリャさんがボソッと。
「あんな人気店のせいでこっちは潰れそうなんだけど」
「サーリャ……さん?」
謙遜にしてはやりすぎな言葉に、私はなんて反応したらいいかわからない。
だけど、すぐにサーリャさんの元気な声が返ってきた。
「ミツキさんとこの旦那さんは、何をしている方なんですか?」
「あ、うちは魔法士みたいです。正直、私は詳しくわからないんですけど……」
「あぁ。やっぱりお金持ちなんですね」
「そんな、お金持ちなんて……」
私もまた日本人根性で謙遜し返してしまうけど、ジンさんの口ぶりからそれなりの生活はさせてもらっているんだろうなぁ。少なくとも、床暖房ってありがだいね。ストーブ入れてくれているけど、隙間風が入ってくるのか、お部屋は一向に温かくならない。コート着たいところだけど……失礼だよね。
サーリャさんがいない間に腕を擦っていると、リュカくんが「ぐしゃぐしゃするー」とテーブルの奥の包装紙(だったもの)に手を伸ばそうとする。その時、乱暴に手前に置いていたケーキ皿を押しのけて――それは、テーブルの下へと落下した。ガシャンと割れた食器音。
「リュカ⁉」
サーリャさんが慌てて戻ってくる。リュカくんはそんなサーリャさんを無言で見上げていた。眉が思いっきりしかめられ、あからさまに目尻が下がっている。
サーシャさんが大きく嘆息した。
「ミツキさん、すみません……すぐに掃除しますね」
「あ、私が掃除しますよ。リュカくん見ていてあげてください」
ママが忙しそうにしている間、頑張っていい子にしてたんだよね。きっと甘えたいはずだ。
「掃除機どこですか?」
ヒイロくん用の食器はまだ割れないやつを使っているけど、当分続けた方が良さそうだなぁ。最後のケーキを飲み込んでから、私が立ち上がって尋ねる。だけど、返事は返って来ない。
「サーリャさん?」
サーリャさんの三編みの房が垂れている。俯いたサーリャさんが何か呟いたけど、私には聞こえなかった。もう一度呼びかけようとする前に、笑顔を向けてくれたけど。
「お客様にそんなことさせるわけにはいきませんから。リュカ、大人しく座ってるんだよ!」
「あい!」
どこの子供も、返事だけは立派なようである。サーシャさんは外に行ったかと思いきや、すぐ箒とちりとりを持って戻ってきた。それで手慣れた様子で後片付けする。
お外にあったのを使うの……? まぁ、土足の文化なら普通なのかな。
私が浮かした腰を元に戻して眺めていると、サーリャさんは息吐く暇もなく台所へ。今度はマグカップを一つだけ持ってきてくれた。「どうぞ」と私の前に置いてくれる。
「あれ、私だけいいんですか?」
「お客様ですから」
変わった匂いのするお茶だった。ハーブティなのかな。再び「どうぞ」と言われて、私は一口。苦味が一瞬で後を引き、口の中をすっきりさせてくれていた。なんか身体に良さそうな味だね。紅茶と似た色しているけど、紅茶ではない。何のお茶なんだろう?
聞こうとする前に、リュカくんを膝の上に置いたサーリャさんがニコニコ話しかけてくる。
「ミツキさんの家には、掃除機あるんですか?」
「え、えぇ……まぁ」
「すごいなぁ。あたし、憧れてるんですよねぇ。風の魔法でゴミをビューンって吸い取ってくれるんでしょ? 他にも家庭魔法具お持ちなんですか?」
家庭魔法具? そういえば、この世界の家電は魔法が動力なんだっけ? だから魔法具なのかな――だとすれば。
「えーと……他には普通に、洗濯機と食洗機と――」
「しょくせんき?」
「あ、食器洗ってくれるやつです」
「へぇ。食器まで道具が洗ってくれるんだぁ。すごいなぁ。本当にミツキさんはお金持ちなんですね」
「そう……なんですかね?」
正直お金持ち連呼されても、あまりしっくり来ない。だって昔と生活水準は特に変わりないんだもの。でも、叔母さんたちが共働きで働いていたから、特別――でもなぁ、特に友達の家も同じようなものだったと思うけどなぁ。そこまで人の家、見てないや。
リュカくんがキョトンとしている上で、サーリャさんはずっとニコニコしていた。
「だって、いつもお洒落なもの着ているじゃないですか。どうして、バザーなんか?」
「いやぁ。なんか……他のお店、入りにくくて」
「そういうもんですかぁ。まぁ、わたしら庶民に見せびらかせて、さぞ気分は良かったでしょうねぇ」
――え?
見せびらかす? サーリャは何を言っているんだろう?
違うよ。勘違いしているよ。そう伝えたいのに、なぜか頭が働かない。
ただ、サーリャさんの声だけが聞こえる。
「お貴族様の道楽か知らないけど、楽しかったですか? その水玉模様? って、流行の最前線らしいですね。あと髪を高く上げるのも社交界で流行っているんでしょう? こんな町に住んでいると、嫌でも流行の話は耳に入るんですよ。庶民のふりして下々に自慢するのはいいですけど――ほどほどにした方がいいですよ? わたしらみたいな底辺は、子供食べさせるためなら、何でもするんで」
私はテーブルに肘をつく。顔を上げているのが辛かった。人の家で寝るなんて失礼にも程がある。それなのに、瞼が重たすぎて上げられそうにない。
「ミツキさん。寝ちゃったねー」
「ねちゃたねー」
「お迎え呼んでくるから、ちょっと大人しく待っててくれる? くれぐれも……起こしちゃダメだよ? 可哀想だからね」
「あーい」
あまりにも眠たくて。眠たくて――…………
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