3歳、冬
第19話 雪遊びと世間話
この世界に四季があって、本当に良かったと思う。
でなければ、今日がいつなのかわからなくなっていたこと間違いないだろう。そのくらい、子供を育てる毎日は目まぐるしいのに、代わり映えしなくて。当然、少しずつ変わっていくこともあるんだけど、毎日ずっと一緒にいるから。子供の成長に一瞬喜べるけれど、すぐにそれが当然になっていく。
まるで、雪の上を歩くように。真白な地面には、確かに自分の足跡が残る。だけど、また雪が降れば。たった一晩で足跡は埋もれてしまうのだ。
それでも、私たちは懲りずに足跡を付け続けるしかないのだけど。
「寒い……」
貿易の町『ランクル』の広場では、今日も子供たちが集まっていた。シーソーやブランコと行った遊具には雪が積もっている。私用のカレンダーでは十二月の中旬になっていた。この『ナハトーム』での一年の基準は雪が溶けた春らしいので、特に年の瀬を駆け抜けるようなことはない。だけど吐く息が白く、風が吹くだけで頬や耳が痛くなると……特にイベンドごとがなくても、冬が来たなぁ、と思うわけで。
それでも、子供は風の子。元気な子。ママさんたちが震えながら見守る中、子供は雪の上を雪玉を転がしていた。うちの子も漏れず、ちみっこいのが八人くらい。うちの旦那を先導に、大はしゃぎして。
「そら、見てろよ!」
ジンさんがパチンと指を鳴らす。すると、ジンさんの腰くらいの高さのある雪玉が浮かび上がった。それは、さらに一回り大きな雪玉の上に鎮座される。
わああああ。おおおおおお。ぱちぱちぱち。
可愛らしい歓声と拍手が湧き上がった。ちょっと得意げなジンさんが大人気なく可愛い。だけど、それより気になるのは、何人かのママさんたちも感嘆の声を漏らしているということ。
――今だ。
私はここだとばかりに話しかける。ママさんたちはこれまたドレスの上に、上品なトレンチコートを着ていた。対して私はニット帽を被り、白のもふもふブルゾン。当然、寒がりな私のためにジンさんが出してくれたものである。家で着た時はめっちゃあったかくて「これは勝つる!」思った。でも勝機が呆気なく雪に溶けたのは内緒の話。
ともあれ、カジュアルな私は意を決して、貴婦人ママの一人に話しかけたのだ。
そう――このママは、秋にヒイロくんを『魔族の子』と呼んだママさんである。
「うちの旦那が大人気なくてすみません~」
私の愛想笑いに、貴婦人ママたちがワンテンポ遅れて「いえいえ」と返してくる。
「うちの子供とも遊んでくれて助かってますわ。この時期に一緒に遊ぼうと言われても辛いですもの」
おおう……話し言葉まで上品ですわね……。
でも、同じママには違いありませんから。私は笑みを崩さない。
「ですよね~。なんであんなに元気なんだか……おまけになんでもママママですし」
「ふふ、本当ですわね。こっちは温かい部屋でのんびりお茶でも飲んでいたいのに、わたくしと外で遊ぶって聞かなくて」
そんな当たり障りないママさんトークをしていると、向こうが「あの」と切り出してきた。
「赤い目の子の、お母さんですよね? その……大丈夫、なんですの?」
失礼な。人の子に対して大丈夫とか。言葉は選んでいるようだけど、本当に失礼な。
だけど、そんなイライラは胸の奥に押し込めて、懸命に笑みを作り続ける。ここまで来て、せっかくの作戦を台無しにするわけにはいかないからね!
「あー、びっくりしちゃいますよね~。でも、ヒイロは普通に人間ですよ! ただ、生まれつき魔力が多いから目の色が変化しておりまして。旦那がちょっと特殊な仕事をしているんですけど……とある上位の方からの依頼で、うちが面倒みているんです」
私は見逃さないよ。『上位の方』という単語に、その細い眉が跳ねたよね?
そして、貴婦人ママはおずおずに声を潜めてきた。
「差し支えなければ、ご主人のお仕事をお尋ねしても?」
当然、私も「ここだけの話ですが」と耳打ちする。
「実は、とある国の上級魔法士なんです。今は『ランクル』に特別派遣されているんですけど……旦那が仕事中に捨てられていたヒイロを見つけまして。それを国王に報告したら、国益のために手ずから育成してくれってことになったんです」
その頃、当のジンさんはヒイロくんを含めた子供たちに、雪玉を投げつけられていたけれど。中でも、活躍しているのはヒイロくんだ。その場から消えたかと思えば、即座にジンさんの背後から雪玉を投げてクリーンヒット。三歳にして瞬間移動を繰り広げるヒイロくんに、少し年上の男の子たちが「すげえええええ」と歓声をあげていた。だけど回りに反応されると恥ずかしいのか、すぐにジンさんの後ろに隠れようと――したところで、ジンさんがこれまた魔法で量産した雪玉をヒイロくんにぶつけまくる。大人げない。
雪に埋もれたヒイロくんは「ぷふぁっ」と這い出てケラケラしているけど、本当に大人げない。頼むからよその子には加減してくれ。後生ですから。ヒヤヒヤで呑気に愛想笑いを続けるのが辛いわ。
「あの通り……最近魔法の訓練も始めたところなんですよ」
それでもグッと堪えて私が話し続けるのは、本当のような嘘でもない話。
この『ナハトーム』では魔法士という人気職業があるという。都市の設備基礎や家電動力等、魔法動力が必須の世の中で、その魔法を使える人間の需要は高い。そのため、各国や権力者たちは必ず専用の魔法士を抱えるという。当然、戦争ともあれば魔法士が率先して戦うため、どれだけ有数の魔法士を保持するかは、そのまま国力の差になるというのだ。
実際、ジンさんはフリーの魔法士として『ナハトーム』の便利屋さんをしている――ということになっているらしい。改めて詳しく聞けば、疫病や災害が発生した際、その国に赴き『出過ぎない程度』に解決に助力しているのだとか。そのため、国の権力者たちもジンさんの顔を知る者が何人かいるとのこと。スカウトされても、頑なに断っているようなんだけどね。
それに、本当に精霊より上位の神様の命令で育てているんだから。『国王』と『神様』を間違っちゃっただけで、嘘ではないよ。嘘では。
本当に魔法の訓練もあのように遊びながら、ジンさんが進めているようだし。私が見ていた感じ、短距離の瞬間移動と焚き火が起こせるようになった様子。正直、三歳児に火を扱わせるのが怖くて仕方ないから、ジンさんの前だけと三人で約束した。その代わり、春になったら三人でバーベキューをしようということになっている。ヒイロくんが起こした火で、マシュマロを焼くのだ。
ともあれ。そんな私の話に、貴婦人ママは予想通り目を見開く。
「まぁ……じゃあ、将来は……」
「おそらく……順調に育ってくれれば、その国を支える魔法士になってくれるかと。魔法に関して私は何も出来ないので、旦那の教育次第になるかと思うんですけど」
これも嘘ではないよね。本当に勇者になれば、きっとどこぞの王様ともお知り合いになることだろう。まぁ、子供の将来なんて、どの母親も予測できないものだ。あんな無邪気にむちむちしているうちは。きっとね。
ともあれ、そんなお話をしていると。いつの間にか巨大雪だるまに手足を付けたジンさんが声を掛けてくる。
「ママ、今のうちに買い物に行ってきたらどうだ? 欲しい物があったのだろう?」
「あれ、いいんですか?」
白々しく返事をすると、ジンさんがニヤリと口角を上げる。
「あぁ、ヒイロの面倒は任せてくれ!」
自信満々に胸を叩く美丈夫の顔に、また雪玉がぶつかった。
私は思わず苦笑する。適度に私はママさんに情報を漏らしたら、その場を離れやすくなるように声を掛けてくれる――作戦通りの流れとはいえ、なんだか優良亭主を見せびらかしているようで恥ずかしいな。
「素敵なご主人様ですわね」
貴婦人ママにくすくす言われ、私の冷たかった頬が温度を上げる。
『ヒイロくんは魔族なんかじゃないぞアピール大作戦』の作戦内容は単純だった。
ちょびっと権力も見せびらかせて、仲良くしておくとお得だぞ、敵に回すと怖いんだぞ、とアピールしてしまおう。今頃私がいなくなったことで、私が話した話はママさんネットを回っていることだろう。ジンさん調べによれば、あのママさんは友達が多い貴族とのこと。どの世界でも悲しいことに、女の『ここだけの話』はここに留まらないのだ。あぁ、かなしい。かなしいなぁ。
当然、嘘を広めるのは良くないこと。だけど、あながち本当のことなんだよね。世界を管理する精霊様を敵に回すと怖いよね。権力者なら、尚更なんじゃないかなぁ。
ちなみにシュートメさんにも相談した結果「……程々にしなさいよ。聞かなかったことにしてあげるから」と許可を貰えた。なんか権力アピは、精霊や神様の大原則は触れるか触れないか、微妙な線らしい。が、私が言う分にはまぁ……とのこと。
だから、ジンさんはなんにも言ってない。私が、勝手に、ママさんに素敵旦那と将来有望な子供を自慢しただけだ。
腹黒い言うべからず。大切な子供を守るためなら、いくらでも法螺の一つ二つは吹きますとも。『魔族の子』と揶揄されるより『将来のエリート様』と揶揄された方が百倍マシだ。
そんなこんなで、あとは時間に任せるのみ。私はこないだ買えなかったヒイロくんのお洋服にリベンジすべく、またバザーへと足を向ける。
大きな道は、雪が掻き分けられていた。特に広場では山のように雪が積まれており、ヒイロくんがダッシュで飛び込む様が目に浮かぶ。
そんな曇天の寒空にも関わらず、今日も肩を震わせる店員が懸命にいくつもの布を広げていた。その中で、いつぞやのオバサンが声を掛けてくる。
「まぁまぁ、あの時の奥様じゃないかい!」
オクサマ……散々旦那アピしてきた後だというのに、奥様と呼ばれること違和感は拭えない。だけど、今後このオバサンにも噂が伝わらないとは限らない。好印象を与えて損はないよね。
「あ、覚えていてくれたんですね。嬉しいなぁ」
私が笑みを返すと、今日もふくよかなオバサンもご機嫌だ。
「そりゃそうさぁ。アンタみたいなお洒落さん、そうそういないわよぉ。今日も良いモン着ちゃってさ」
「そうですかね?」
お洒落と言ったら、先程の貴婦人ママの方がよほど豪華だと思うけど。
でも私はとにかく、ヒイロくんは少しでも可愛いと褒められたいものだ。
「今日も可愛いお洋服置いてますか?」
「あぁ、モチロン! 二歳の男の子だっけ?」
「あ、三歳くらいので。なんか急に大きくなってきちゃって~」
「まぁまぁ。良いもの食べさせてんだねぇ」
そりゃあ、普通の子の四倍の早さで育ってますから――なんてこと言えないから、そういうことにしておくけれど。
オバサンの見立てはばっちりなようで、提示された服たちは全部サイズがいい感じだった。チェックのズボンは、結局ジンさんに出してもらったんだよね。だから今度はそれに合うシンプルかつ可愛らしいトレーナーを――と、男の子物に珍しいピンクのトレーナーを手にした時だった。びよーんと横に伸びる。
視線を向けると、
『あっ』
これまた、見覚えのある顔だった。そばかすに三編みのサーリャさんと、そのお子さんのリュカくん。ばっちり覚えているよ。たまたまだろうけど、サーリャさんこないだと同じ格好だもの。寒くないのかな?
リュカくんはこないだのチェックのズボンだね。裾を折っている。まだ大きいのかぁ。それがまた可愛いんだけどさ。よく見たら、顔つきはしっかりしているけど、ヒイロくんよりたいぶ小柄だ。トレーナーはお腹が出て、少し小さそうだけど。
サーリャさんは、トレーナーから慌てて手を離した。
「こ、今度は! どうぞ!」
なぜか、サーリャさんは自身のエプロンで顔を隠そうとしている。その様子がおかしくて、私は笑いを堪えることが出来なかった。
「いえいえ。このトレーナー、そのズボンによく似合うと思いますよ」
私がリュカくんに向けて掲げてみれば、うん。やっぱり見立て通り可愛い。それに、エプロンを下ろしたサーリャさんも「ほんとだぁ」とまじまじ見ていて。
そしたらさ、渡すしかないよね。またジンさんに出してもらえばいいし。
「私は他を探しますから。どうぞ?」
「い、いえいえいえいえ! そんな何度も――」
「でも、そのトレーナー買い替え時じゃないですか?」
すると、サーリャさんの顔が真っ赤に染まった。しまった。指摘しちゃいけないことだったよね。私はそそくさと立ち上がり、「それじゃあ」と踵を返す。
まぁ、そろそろ公園に戻る頃合いだろうし。後ろで「アンタまたせっかくの上客を!」とかオバサンが叫んでいるけど、別に商品が売れるんだから誰が買っても同じだと思うんだけどなぁ。
ジンさんに雪でも歩きやすいようなブーツを出してもらったけど、それでもなかなか歩きづらい。踏みしめるように一歩ずつ歩いていると、ふと背中を引っ張られる。振り返れば、リュカくんを片手で抱えたサーリャさんが息を切らしていた。
「あ、あの! お礼に、今度――」
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