第17話 髪飾りと赤い目




 そんなこんなで、すぐにヒイロくんは私の腕で寝てしまいました。


 まだ夕方には早いけど、遅めのお昼ごはんを食べて、少し運動したら、たしかにお昼寝したくなるよね。だから帰路につくため、私がひとりで歩いてきた道を反対に向かって歩くことに。


「慣れない場所で疲れたんですかね」


 二歳になって、たいぶ大きくなったヒイロくんは正直重い。寝ていると余計にだ。あくまで体感だけど、多分十キロのお米より重いんじゃないかな。十三キロとか……そのくらい?


 そういや正確に身長体重測ったことないから、今度体重計を出してもらおう。


 ……と、こんなこと考えている間も、ジンさんからの返事や相槌が返ってこない。私たちの隣を歩きながら、何か考えこんでいた。


「……ジンさん?」


 私が「よっ」とヒイロくんを抱き直しながら声を掛けると、ジンさんはようやくこちらに笑みを向けてくれる。


「あ、すまない。何だ? 抱っこ変わるか?」

「いえ、もう少し大丈夫ですけど……どうしましたか? ジンさんも――」

お疲れですか? そう尋ねようとした時だった。

「ほら、あの子……」


 コソコソと、ドレスのようなワンピース姿の貴婦人たちがこちらに視線を向けていた。それぞれ子供を連れた二人組。ママ友ってやつなのかな。髪を高い位置に持って、ばっちり化粧を決めたお姉さんたちが、真っ赤な唇を開く。


「魔族の子」


 ……え?


 頭の中がシンと冷え切る。見えるものが、まるで全部白くなったようだった。

魔族? 魔族って……?


 世界が色を取り戻すまで、どれだけの時間が掛かったかわからない。だけど気が付けば、ハッとその人たちに話を聞こうと動いていた。


「あの、ちょっとお尋ねしたい――」

「行こう」


 しかし、ジンさんが私の腰に手を回して、強制的に歩くことを促してくる。ヒイロくんを抱っこしている私は、それに抗うことが出来ない。


「ねぇ、ジンさん⁉ あの人たち――」

「そういえばきみ、何も買っていないのか? 遠慮ならいらんぞ。少し贅沢したところで、経済的に困らせるようなことは絶対にない」

「そ、そういうことじゃなくって――」

「ここだけの話だが、金だって魔法で無尽蔵に出せる。だてに精霊してないからな。だから気にせず好きなだけ経済を回してくれ。ほら、あの髪飾りはどうだ? きみの黒髪に映えるだろう」


 いつもに増して饒舌なジンさんは、勝手に店に入ってしまう。やたらキラキラした眩しい店は、宝石屋のようだ。もう全てがゴージャス。ガラスケースの中にある指輪やネックレス全てが眩しくて、店員さんはブラックスーツっぽい感じながらも、笑顔が異様に綺羅びやかだった。あの貴婦人ママたちは、私たちが店に入る直前まで、ずっとねちっこい視線でコソコソしていたけれど。


 そして、ジンさんはこの店の顔馴染みなのか「いつもご贔屓に」と挨拶されている。世間話をしながら、慣れた様子で街頭に飾ってあった髪留めを購入していた。細いリボンの形をしながらも、ずらーっと宝石が埋められた髪留めが、私のお団子に飾られる。


「おぉ、よくお似合いで」


 店員さんがやたら大げさに手を叩いて褒めてくれるけど、素直に喜べなかった。


「また宜しくお願いします」


 丁寧に頭を下げられて、退店する。その時にはもう、あの貴婦人たちはいなかったけど。


 私がだんまりを決めていると、ジンさんがボソッと聞いてくる。


「装飾品は、好きではないか?」


 人並みに興味はある。だけど豪華すぎると、気後れする。


 普通に答えるべき答えはあるけど、話す気にはならなかった。ただ、さすがに腕がだるくなってきたなと、ぐっすり全体重を私に預けているヒイロくんを抱き直す。


「代わろう」


 そう伸びてきた手を、私は身体を捻って拒絶した。私の首が、ヒイロくんの温かな寝息で濡れていく。無言で歩いていると、ジンさんが言った。


「きみと別れた後、俺らは広場へ行ったんだ。遊具が置いてある場所でな。ヒイロが、喜ぶかと思って」


 ボソッと紡がれていく言葉に、私が視線を上げる。だけどジンさんは前を向いたまま、私に金色の瞳を向けなかった。


「そこで、あの婦人たちと会った。ヒイロより少し大きいであろう子供たちが、一緒に遊ぼうと誘ってきてくれてな。ヒイロはまぁ……俺にひっ付いてなかなか動こうとしなかったが……あの婦人たちも、少し離れた場所から会釈してくれたよ。男が子供を連れているからか、少し好奇な視線を感じだが……それでも友好的に見守ってくれていた。俺が会釈しかえして、ヒイロがそっちを向くまでは」


 ……うん。想像できる。ヒイロくんは人見知りのようだから、きっと話しかけられてビックリしたのだろう。それに、同い年くらいの子供も、少し年上のお兄ちゃんお姉ちゃんも、初めてだもんね。だから「一緒に遊ぼう」言われても、どうしたらいいかわからなくて。


 それを見ていたママさんたちも、ヒイロが見慣れない子だから様子を見つつも、「人見知りな子なんだなぁ」とわかってくれたんじゃないだろうか。従姉妹ちゃんの保育園のお迎えに何度も行ったことあるけど、そんな子供がたくさんいた。従姉妹ちゃん自身もそうだったしね。子供なりにじーっと観察しているの。勇気が出るまで見守るのも、親の務め。


 だけど、ジンさんの話は続く。


「彼女たちは、ヒイロの顔を見て小さく悲鳴をあげた。慌ててこちらへ走ってきては『赤い目の子と遊んじゃいけません!』と、子供に言いつけてな。手を引いて、立ち去ってしまったよ。それに驚いたヒイロが、泣き出してしまったという顛末だ――先程は嘘を吐いてしまい、すまない」

「いえ……」


 そういや、『ママがいなくて寂しいと泣いた』とか言ってたっけ?

 だけど、そんな些末なことはどうでもいい。気になることは、一つだけ。


「そんなに……赤い目ってダメなんですか?」


 初めは少し怖いかもしれない。でも、ルビーのようで綺麗じゃないか。それに、目の色が赤かっただけで、ヒイロくんは誰かを怪我させたわけでもなければ、意地悪したわけでもないらしい。


 それなのに、ジンさんは言う。


「一番始めに話した通り――赤い目は魔力が高い証だ。同時に、過去人間を害した魔族の特徴でもある」

「でも、ヒイロくんは魔族ってやつじゃないんでしょう? その魔族も、勇者が全部退治したんでしょう⁉ そもそも、魔王ってなに? なんで勇者がそんなものになっちゃうの?」

「魔王はその名と通り、魔族を統べる王だ。神は将来、ヒイロが魔族を再び目覚めさせ、再び『ナハトーム』に災厄をもたらす未来を予言されたが――現在の『ナハトーム』に魔族はいない。それに、ヒイロは人間だ。人より魔力が多いだけの――紛れもなき人間だ。少々、普通ではないかもしれんが」


 たしかに、ヒイロくんの成長速度は異様に早い。

 それでも、私には信じられないのだ。


「その神様の予言って……絶対なんですか?」

「避けられない未来なら、きみを呼び寄せたりする必要はない。神が視る未来は。あくまで可能性のひとつ。確かな未来は、神にだってわからない。だからこそ、神の手足となって我ら精霊が世界に手を貸すのだ」


 ジンさんの話すことは、難しくて今ひとつわからないけれど。

 でも未来が百パーセントではないのなら、尚更――


 ヒイロくんは勇者になる未来だって、あるはずなのだ。勇者ってことは、人を守るんでしょう? あの貴婦人ママたちや、その子供たちを……ヒイロくんが守るかもしれないんでしょう?


「……どうして、ヒイロくんにそんな酷いことを言うの?」


 私はヒイロくんをギュッと抱きしめた。腕が疲れたとか関係ない。私が、この子の母親だ。泣きつかれて眠る、まだ全身柔らかい甘えん坊の母親だ。


 ヒイロくんを抱きしめながら足を止め、ヒイロくんの肩に顔を埋める。

 すると、ジンさんが私たちを抱きしめてきた。


「帰ろう――俺たちの家へ」


 その逞しく力強い胸に包まれて――私たちは、一瞬で町を後にする。


 秋の空は高くて、風に流されてくる食べ物の匂いが、とても美味しいそうで。暑くもなく、寒くもないから、読書の秋、スポーツの秋とか、たくさんのことをしたくなる贅沢な季節。


 そんな実りある季節とよく言うけれど、私に会えただけであんな嬉しそうに頬を寄せてくれる子供がいれば、それだけで私は幸せだ。


 だからね、ヒイロくん。私は――――




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