第11話 オネエと酔っぱらい①




 ――と、意気込んだんだけど。


「あ、ミツキは座ってていいのよ~。夕飯の準備まだなんデショ? 間に合って良かったわぁ。全部買ってきたから、ラクにしててちょーだい」


 私は本当にお茶を出しただけ。しかも冷蔵庫に作り置きしていた麦茶(ヒイロくんでも飲めるノンカフェインのお茶が欲しいとジンさんに出してもらったもの)をコップに注いだだけである。


 そしたら、あとはオネエがテキパキと持ってきた紙袋から惣菜を取り出して、ダイニングテーブルに並べだした。「あえてパックのままっていうのが宅飲み感あっていいわよね~」と、あっという間にテーブルがいっぱいになる。サラダ。マリネ。シュウマイ。肉じゃが。ローストビーフ。ミネストローネ。ホールケーキにお酒っぽい瓶まで並んでいる。出来たてほかほか。色とりどり和洋折中。いかにもデパ地下豪華惣菜の数々を、椅子に座らされた私はぽけっと見つめるしかできない。


 対面に座るヒイロくんはカレーライスをもらっていた。お子様用に甘くて具材の小さいやつである。これもデリバリーのプラスチック容器に入っていた。しっかり玩具付きだ。一足先に、ジンさんの膝の上でお口をくわんくわんにしている。ぎゅっとスプーンを握りながらも、だいぶ上手に食べれるようになったものだ。


 そして、オネエはクラッカーを鳴らした。


「ハッピーバースデー、ミツキ! そして『ナハトーム』にようこそ!」


 …………え?


 ヒイロくんが、その大きな音にびっくり肩を竦ませていた。


 思いっきり笑顔のオネエをまじまじ見ると、オネエは「あら?」と首を傾げた。


「異世界来て、暦感覚ズレちゃった? 今日、九月十日。誕生日デショ?」

「え、あ、はい……」


 カレンダーを見やれば、確かに九月十日である。そっか。そういや誕生日だったか……。


 つまり、あれか。これは私の誕生日会なのか。え、まじで? まぁ、毎年近い休日に、叔母さんがケーキを買ってくれて、みんなで食べてたけど。あ、死んで異世界に来てまで、祝ってもらえるものなの?


 オネエがくすくす笑う。


「あら~。感激のあまり言葉もなくしちゃった? 坊や……アンタのいう『ジンさん』のことね。坊やが誕生日の祝い方で相談してきてさぁ。出してくる案があまりにヒドかったから、思わずアタシも押しかけちゃったわよ~」

「そう……なんですか……?」


 ジンさんを見やれば、気恥ずかしそうに視線を逸している。そうか。私の誕生日、知っていてくれたんだ……。


 胸の奥がじんわりして、なんだか私も恥ずかしくなる。うつむいていると、隣に座るオネエがバンッと背中を叩いてきた。けっこう痛い……。


「さぁさ、せっかくのご馳走をわざわざ異世界から買って来たんだから、早く食べまショ。こんな機会、さすがに年に一回しか用意してあげないんだからねっ!」


 あ、また来年も買ってきてくれるんですか?


 そんな優しさのパレードの中、ささやかなパーティが始まる。


 どれもこれも、美味しかった。そして懐かしかった。ジンさんも地球の料理は始めてだったのか、一つ一つ関心しながら食べている。ヒイロくんはカレーを完食して、付いてきたミニカーで遊び始めていた。


 久々のシュウマイにハフハフしていると、オネエが訊いてくる。


「それにしても、坊やのネーミング。精霊がジンと呼ぶからジンさんって本当?」

「…………」


 本当です。なんか話の流れで……改めて、私のネーミングセンスのなさに箸を落としかけていると、ジンさんが口を開く。


「気にするな。俺はきみのセンスを気に入っているぞ。ヒイロも実に良い名前だと思う」

「……ありがとうございます」


 ヒーローで緋色のヒイロくんです。ジンさんも気に入ってくれちゃったので、一発で決まった子供の名前。私も、今更変える気なんてさらさらないけどさ。


 でも、オネエの一言で私の手は箸を持つことをとうとう放棄する。


「ねぇねぇ。アタシの名前も付けてよ」

「…………本気で言ってます?」


 オネエはお酒のボトルを手酌していた。中身は赤ワインのようだ。最初の一杯をジンさんに分けたあと、ずっと一人でぐいぐい飲んでいる。ちなみに、私には別のボトルのジュースを注いでくれた。クリスマスに子供が飲むオシャレ炭酸ジュースである。


 鼻頭を少し赤くした酔っぱらいが言う。


「あら、本気よぉ~。アタシたちはさぁ、本来人に見えちゃいけない存在だから。下手に馴れ合わないために敢えて名前を持たないようにしているんだけど、やっぱりねぇ……憧れるわよねぇ」

「馴れ合っちゃ、いけないんですか?」


 確かに、名前がないなんて不便そうだなぁとは思っていたけど。


 私がビューンと走ってきたミニカーを受け止め、ビューンと方向転換させながら小首を傾げる。受け止め損ねたヒイロくんがケタケタ喜ぶ上で、ジンさんはむっとした顔をしていた。


 同じものを見たのか、私の隣のオネエがニヤリと笑う。


「だって、アタシたちが一部の人や地域に肩入れしちゃったら、アンタたちも悲しいデショ? アタシはこの人が好きだから、この人に意地悪するやつ不幸にしちゃお~とか。この地域の人たちは豪華なお供えものくれるから、戦争で勝たせてあげちゃおっかな~とか。そんな神様精霊様、信用できる? アタシたちは、世界に等しく平等でなければならない。そのため、よほどの神格を得るまでは名前を持たないようにしているんだけど……まっさか下っ端の下っ端坊やに先を越されるとは思わなくってさ~」


 え……私まさか、安易にすごい迷惑かけちゃった⁉


 冷や汗に動けなくなっていると、「ウフフ」とオネエが私をデコピンした。


「でもね、あまりにテキトーな名前だから、神様含めてみんな、『ジンさん』は見逃してくれるそうなの。別に『精霊』を『精霊さん』と呼んだところで、果たしてそれは名前なのか――てことになりまして。ナイスよ、ミツキのネーミングセンス」


 サムズアップで褒めてくれるけど、褒めてないよね。それ、絶対褒められてないよね⁉


 一気に気が抜けて、私はローストビーフを食べる。うん、タレがお店特有の絶妙さ。この柔らかいお肉久々だなぁ、とモグモグしていると、オネエが「そういうわけで!」とワインを飲み干した。


「アタシにも、何か『テキトー』に『いい感じ』の名前を付けてもらえないかしら?」

「その『テキトー』な名前でも嬉しいもんなんですか?」


 私がジト目で尋ねると、オネエはふっと目尻を下げた。


「モチロン。憧れって言ったじゃない? どんなに適当でも……自分だけの名前があるって、それだけで自分の存在が認められてるようなモンなのよ。生まれてたった十数年のミツキにゃ、わからなくていい感覚だけどね」


 そしてヨシヨシと頭を撫でてくる子供扱い。……うん、酔っているな。嫌じゃないけど。むしろ、なんか嬉しい。何でだろう?


 でも――精霊がお酒に酔うってどうなのかなって思うけど、このテンションの変わり具合は多分酔ってる。あの新年会で同じような人いたもん。うろ覚えだけどさ。


 まぁ、そこまで言うなら……と、ご馳走のお礼も兼ねて。

 私は上から下までニコニコしているド派手オネエを観察して、指を立てた。


「姑」

「……ゴメンナサイね。もう一回言ってもらえる?」

「しゅうとめ」

「シュートメって……旦那のお母様のことを差す、お姑さん?」

「そう、シュートメさん」


 オネエがバザバザまつげをパチクリ。

 あ、さすがに失礼だったかな……背中が汗でひんやりしてきた時、


「……あはっ。サイッコー! ミツキ、あんたのネーミングセンス大好きよっ」


 私をガバッと抱きしめ、オネエ改シュートメさんが背中をバシバシ叩いてくる。もうっ、痛いやい。それにめっちゃ香水のいい匂いがするなぁ。


 そんな時だ。目の前で大人しかった大男が動いた。小さい金髪の天使はお腹いっぱいで眠くなったのか、うつらうつら船を漕いでいて。そういや、何やかんやおネムな時間だね。


 そんなヒイロくんをジンさんは何も言わず、子供部屋へ運んでいく。


「思ったより、いいパパしてるじゃない」

「おかげさまで。さっきもヒイロくん、パパの絵を指して『じんたん』て言ってたんですよ。記念すべき第一声です」


 少し声を押さえて、世間話。シュートメさんは頬杖ついて、私に可愛らしい絵が入ったボトルを差し出してくる。なので、私も話をしながら、ありがたくおかわりを頂戴した。黄金色に染まっていくグラスの中で、白い泡がシュワシュワと音を立てていた。


「あら、本当は『ママ』が良かったんじゃなくて?」

「まぁ、そりゃ……せめて『パパ』が良かったんですけど。子供が親を名前呼びって、どうなんですかねぇ」

「でも、アンタらが子供の前でそう呼んでたら、仕方ないんじゃないの? ミツキはあの子の前で坊やのこと『パパ』て呼んだことあるの?」

「あ、なかった……かも」


 そういえば、お互い『パパ』『ママ』と呼び合ったことないな。私はずっと『ジンさん』で、ジンさんはずっと私のことを『きみ』と呼んでいる気がする。


 その時、ジンさんが子供部屋から戻ってきた。さっそく相談してみようと口を開こうとすると――後ろから、がっしりとした腕に包まれる。


「ミツキ……愛している」


 耳元で突然囁かれた熱い吐息に、私の脳天から腰までの全神経が震えた。

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