第4話 新居と抱っこ




 用意されていた家は、ログハウス風だった。木造の三角屋根の二階建て。バルコニーもそれなりに広さがありそうで、ビニールプールくらい余裕で置けそうだ。


「鍵はわれ……俺の魔法で施錠する。だから当分、俺がいない時は外に出ないように。必要なものは随時俺が調達してくる。慣れてきたら一緒に近くの町に行こう」

「わかりました。さっそく一人称を変えてくれたんですね。ありがとうございます」


 玄関を潜りながら感謝を告げると、ジンさんが少し振り返った。


「事前に探っていた、きみが好きだったいう人物を参考にさせてもらった。しかし……不思議だな。どうしてあんな身体の細い男が長い剣を振り回せるんだ?」


 うん。おそらくあのゲームの推しキャラだな。そりゃあ二次元ですから。ほっとけ。


 だけどそれをツッコむ暇はなく――私は「わぁ」と感嘆の声をあげた。


 綺麗なリビングだった。アイランドキッチン。ダイニングテーブル。大きな革張りのソファ。高い天井でファンがゆっくりと回っている。外は少し肌寒かったけど、家の中は足元がほんのり温かい。これはまさかの床暖房?


 壁だったり素材が木造で温かいけれど……全体的に見覚えのある懐かしい雰囲気。それもそのはず、間取りや家財の配置が、ずっと暮らしていた叔母さんの家と同じなんだもの。


「……これも、私の記憶から探ったんですか?」

「あぁ。慣れた家の方が生活しやすいかと思ってな。他の部屋も似たような感じで用意してある。さすがにテレビというのか? 情報集取の娯楽器具は用意できなかったが、他の調理器具や生活用品は魔法で似たように動くものを用意してある。不足があるようなら言え」

「あ、ありがとうございます……ちょっと赤ちゃん預けても?」


 よし、一通り見て回ろう! 

 ちょっとテンション上がって頼んでみれば、ジンさんが渋った。


「……俺が持たないとダメか?」

「え、ちょっと抱っこしててくださいよ」


 いい加減、腕も疲れたし。

 そう思ってすやすや眠る赤ちゃんを渡そうとしても、ジンさんは一歩下がる。


「お、俺が持ったら……壊れないか?」

「はい?」


 そりゃあ、その筋肉で思いっきり締め付けたら、赤ちゃんの骨なんて折れちゃうかもしれないけど。


「壊れないように、そっと持ったらいいのでは?」

「それはそうなのだが……」

「でも、この子のお父さんになるんですよね?」

「父親というのは、赤子を抱っこせねば失格なのか?」


 ジンさんの整った眉が寄せられる。従姉妹ちゃんも叔父さんが家にいる時はよく抱きしめてもらってたからお願いしてみたけど……あくまでこっちの理想だ。押し付けるのはよくないよね。


「……まぁ、やりたくないならいいです。私一人で出来ますから」


 そう言うと、ジンさんの顔がますますしかめられてしまった。しまった、さすがに私の言い方が良くなかったよね⁉ 


 でも――


「すみません。家の中、見させてもらいますね」


 私は逃げるように赤ちゃんを抱っこしたまま、その場を離れる。


 大丈夫。従姉妹ちゃんの面倒もみてたんだもの。あの頃より私も成長したし、子育てくらい一人でも大丈夫――不安を押しのけるように、そう自分に言い聞かせて。


 私は馴染みある間取りを一通り確認する。


 一階には洗面所とお風呂場、トイレが揃っていた。洗面所にふかふかのタオルがたくさんあるね。洗濯機もドラム式で使い方もなんとかなりそうだ。


 一応見た目は鉄の色剥き出しだったり木製やレンガだったりとファンタジー感を醸しているけど、本当にここはかつて魔族がいたファンタジー世界なの? てくらい整っていた。 


 でも、便利に越したことはないよね。川で洗濯とか無理無理。勘弁。


 一階の個室にはベビーベッドやタンスが置いてあった。子供部屋だね。ベッドにはメリーも着いているから文句なし。あの可愛い回転するぬいぐるみや玩具の鏡、従姉妹ちゃんも面白いくらい凝視してたな。懐かしい。オムツの予備や洋服もたくさん置いてある。ミルク缶や哺乳瓶も置いてあった。これはあとでキッチンに移さないとかな。


 階段上がって、二階には三部屋。書斎が一つ。寝室が一つ。客間が一つ。多分、片方の部屋のベッドが大きいから、これが夫婦の部屋……になるんだと思うんだよね。でもいきなり同じベッドで寝るのはちょっと……。客間と一人ずつ使えるようお願いしよう。


 書斎には見覚えのない文字のタイトルが欄列していた。全然読めない。この世界の文字なんだろうなぁ。覚えるのに苦労しそうだ。どうやって赤ちゃんに教えてあげたらいいんだろう?


 でもとりあえず、当分あの赤ちゃんが二階を利用する必要はなさそうだ。それなら階段を上り下りする必要もないし、安心だね。


 私がゆっくり慎重に赤ちゃんを抱っこしたまま階段を下りると、待ちぼうけしていた浅黒の大男こと、ジンさんがソワソワ話しかけてきた。


「ど、どうだった? 何か不足はあるか?」

「とりあえず、寝室は分けませんか?」

「あ、あぁ……当分は俺が客間を使うから、気にしないでくれ」


 うわぁ、あからさまに凹まないで。むしろこっちが引くんですけど……。

 でも私も気を取り直して、言えるうちに言っておく。


「あと急ぎはしないんですけど、階段の所にフェンス的なの付けてほしいです。赤ちゃんがハイハイ始めた時、勝手に上り下りしないように」

「赤子が動きだすのは、いつ頃だ?」

「さぁ……大体半年以降、一歳未満だと思いますけど……」


 従姉妹ちゃんどうだったかなぁ。うる覚えなんだよねぇ。個人差もあるだろうし。それに、この子は今何ヶ月なんだろう。三ヶ月くらい?


 首を捻りながら答えると、ジンさんは「あいわかった」とすぐにパチンと指を鳴らした。階段の前に腰ぐらいの高さの開閉式ドアが着いている。急がないって言ったのに……。それでも仕事の早さに「ありがとうございます」と告げると、ジンさんが言った。


「言い忘れていたが、その赤子は通常の人間より成長が早い。成人になるにつれ緩やかになるが……幼生期は通常の四倍の早さで成長する、と先輩が言っていた」


 あ、先輩がいるんだ?

 そんな些細な興味より……なんかトンデモナイこと言われた気がするぞ?


「え、ちょっと待ってください? 成長四倍って……一年間で四歳になるってこと?」

「一年の基準がきみの元の世界と同じなら、そうなるな。すまん、あとで確認しておく」

「ぜひお願いします」


 うわぁ、まじかぁ。一年の基準が私の知る十二ヶ月と同じだとすると――一年で四歳ってことは、三ヶ月で一歳だ。つまり、一月もしない間に離乳食が始まって、三ヶ月後には倍くらいの重さになって歩いていると? 半年後にはけっこう喋っていて。来年には幼稚園か。集団生活とか始めないといけないのかな。


 正直……想像もつかない。私、ついていけるかな?


「……あの、二階にあった本の文字が全然わからなかったのですが、この子に文字とかどう教えればいいんですか?」


 そうだ、そもそも言葉自体、この日本語のままでいいのだろうか。ジンさんとは普通に通じているけど……この人、普通の人間じゃないらしいしな。精霊か。神様ではないとはいえ、上位種? 的なものなんだよね。


 見た目こそ神々しいくらい美丈夫だけど、普通にコロコロ表情が変わるジンさんは言う。


「この『ナハトーム』では識字率が高くないからな。一応、参考になればと用意していたが、無理に読めなくても問題はなかろう。必要であれば、俺がいつでも訳してやる。ちなみに、言語はすでに、きみはこの世界のものを話しているから問題ないぞ。きみが寝ている間に、一番に調整しておいた。この世界の者と話しても何も問題は起こらないはずだ」


 ふむ……いつの間にか睡眠学習して脳内翻訳しているということでいいのかな。これはありがたい。さすが神様……じゃなかった、精霊様。


「このくらいでいいだろうか。それなら、俺は少々出掛けてきたいのだが」

「あ、はい………お仕事ですか?」


 とっさに言われて雰囲気で尋ねてみれば、ジンさんは「うむ」と頷く。


「あぁ。神にこの件の報告と、他の世界の精霊との定例会がある。その前に一通り『ナハトーム』を見回っておきたいから――戻るのは、三日後の明朝になると思う」


 窓を見やれば、温かい日差しが差し込んでいた。もう夕方か。明日。明後日。明々後日。少々と言うわりに、けっこう時間が空くな、と赤ちゃんを抱きしめ直す。小さい鼻がぷすぷす鳴っていた。鼻くそが詰まっている。いっちょまえだなぁ。洗面所に綿棒あったかな。


「すまない。なるべく早く戻るから」


 気が付けば、ジンさんが思いっきり眉を下げていた。


 まぁ、大丈夫ですよ。亭主元気で留守がいい。設備はこれだけ揃っているようですし。十分いたれりつくせりです。


 どのみち、私が一人で頑張るしかないのだから。


「大丈夫ですよ。お仕事、頑張ってくださいね」


 私がにっこり微笑むと、ジンさんは「あぁ」と口角を上げていた。





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