ツンデレしか勝たん

モンチ02

第1話ツンデレしか勝たん




『べ、別にあんたなんか好きじゃないんだからね!』

「萌えぇぇ」


 画面の中にいる美少女が、ビシッと現実こちらを指して宣言する。

 口調は荒っぽいのですが、顔はりんごのように赤くなり照れているのが丸わかりで、つい口元がダラしなく緩んでしまう。

 その後『フンだ!』と腕を組んでそっぽを向くまでがお約束でござる。あー可愛い。


「だはー、やっぱりツンデレは最高ですなー」


 身体をくねらせながらデレデレする拙者せっしゃは、傍から見たらさぞかし気持ち悪いのだろう。だがここは自分の聖域へやですし、好きなモノの前では頭がパッパラパーになっても無理はなかろうというものだ。


「デュフ、デュフフ、やはりツンデレしか勝たん」


 そう。

 拙者、戦国喜一せんごくきいち(16)、彼女無し=年齢=童貞は、生粋のツンデレ大好きアニメオタクであった。

 ツンデレが出るアニメはほぼほぼチェックしていると言っても過言ではないと言いきれるほど、ツンデレをこよなく愛している真のツンデレ戦士でござる。


 おっといかんいかん、まずはツンデレとは何ぞやという方にしっかり説明せんといけませんな。


 ツンデレをざっくり説明すると、『普段ツンツンした敵対的な態度を取るが、たまにデレデレとした好意的な態度を取る』属性のことであります。


 物語で例えるならば、普段は主人公に「あんたホントダメね!」とか「バカじゃないの!そんなんだからバカなのよ!」とやや理不尽に怒ってくる女の子が、たまに「もう、あんたってホント私がいないとダメなんだから……」とか「もう……バカ……」としおらしい感じで照れた風に言うことであります。


 ツンデレが描かれるキャラは基本女の子であり、主人公にとってのヒロインでありますな。

 たまに少女漫画などで逆のパターンがあり、男がツンデレの場合も無きにしも非ずでありますが、拙者は野郎おとこには1mmも興味が無いので知ったことではないでござる。


 ツンデレの他にも、いつもは無口クールですましているのに気を許した主人公の前ではデレる『クーデレ』や、主人公が他のヒロインと仲良くしていると逆上したり、主人公に一日300通ぐらいメールしたり兎に角頭のネジがぶっ壊れている『ヤンデレ』などもありますが、ツンデレには遠く及ばないでござるな。二番煎じもいいところであります。


 2000年代前半を一世風靡したツンデレ。

 この時代、真のヒロイン――いわゆる『正ヒロイン』と呼ばれるヒロインは、ほとんどがツンデレでございました。

 あっちを見てもツンデレ、こっちを見てもツンデレ、まさにツンデレのゲシュタルト崩壊でござった。当時の戦士オタク達は、ツンデレを前に土下座しながら「萌えぇぇ」と恍惚していたとパパンから聞いたでござるよ。

 まさにキャラの属性という概念を作った立役者であり、アニメ界の覇権を手に入れたツンデレ。


 しかし、そんなツンデレも時代が進むと徐々に少なくなってしまい、悲しきことに2021年の今ではもう全く見なくなってしまったでござる……。

 拙者が視聴しているこのアニメも、2005年に放送していたものでござる。

 クーデレやヤンデレはまだしぶとく生き残っているのに、ツンデレは見る影すらも無くなってしまわれた……。


 何故なにゆえ、ツンデレが先の時代の敗北者になってしまわれたのか。

 その原因は、我々視聴側にありまする。


 昔のアニメオタク達は、ひとたびツンデレヒロインが登場すれば「うひょー!」「ツンデレ、キタコレ!」萌えーーーー!!」などと狂喜乱舞でござった。


 しかし今のアニメオタクはツンデレヒロインが登場するや否や「うわ、出たよ(笑)」「ツンデレかよ、もう見るのやめようかな」「暴力系女はいりませーんwww」「こいつマジいらね」と罵倒の嵐を降り注ぐ。

 まっこと悲しきことに、ツンデレを、『理不尽に暴力を振るうクソヒロイン』として認識するようになってしまったのでござる……。


 確かにツンデレは、時には主人公を殴ったり蹴ったりと理不尽に暴力的な所もあるでござるよ。

 しかしそれは、彼女達の精一杯な愛情表現でござる。あの暴力があるからこそ、いざデレた時のカタルシスが凄まじく、「可愛い」という次元を超越し「萌え」という感情が芽生えるのであろうではないか。


 だが今の視聴者はその暴力描写に対しての耐性が失われてしまい、ツンデレを邪魔者扱いするのでござった。

 ツンデレは何もかわってなどいない。ツンデレに罪はない。

 変わってしまわれたのは、我々視聴者側でござるよ。


 逆に、今のヒロインの傾向は、暴力とは真反対的な聖母のようなものでござった。

 主人公を労り、優しく接し、甘やかす。

『バブみ』と言うのであろうか?兎に角主人公に優しく接するヒロインでござる。故に、昔流行った幼馴染キャラも淘汰され、実の母や姉がヒロインといった作品も多くなっているのでござった。


 もしくは、純粋無垢なヒロイン。属性といえる属性は存在せず、ただ普通に可愛いJK。

 パッとしない主人公と普通に可愛いJKが繰り広げる純愛学園もの。砂糖を吐きたくなるレベルの甘さが、今の視聴者には合っているのでござろう。


 正ヒロインの座を奪われ、終いには邪魔者扱いまでに堕ちてしまったツンデレ。


 しかし拙者は頑として言いたい。


 ツンデレこそ至高であると。


 普段は不機嫌そうにツンツンしているけれど、時節見せるデレは最高であると。

 いや、勿論デレもいいが、ツンツンも最高でござる。というか一度でいいから女子おなごにツンツンされたい。罵倒されたいゲフンゲフン。


 兎に角拙者は、生涯ツンデレと共に生き、ツンデレを愛しぬくことを誓ったのでござる。


「ちょっと喜一、朝からアニメなんて見てないでご飯食べちゃいなさーい。学校に遅刻するわよー」

「い、今行くでござる!!」


 おっといけない、早く準備しないとママンに怒られてしまう。拙者のママンは少々怒りっぽいところがあるでござるからな。


 一階のリビングに降りると、パパンが新聞を読みながらコーヒーを嗜んでいたでござる。

 拙者はパパンの向かい席に座り、挨拶を交わす。


「おはようパパン」

「おはよう喜一。なんだ、また寝ずにアニメを見ていたのか?」

「そうでござるよ。パパンに借りた灼眼のシ○ナを見ていたら、あっという間にお天道様が昇っていたでござる」


 やや興奮気味にそう言うと、パパンは「そうだろそうだろ!」とにかっと笑って、


「シ○ナはツンデレの中でもパパンの一押しだからな。どれ、今度は第二シーズンも貸してやろう」

「ありがとうでござるよ!」


 感謝していると、ママンがお盆でパパンの頭を叩いたでござる。

 ママンは腕を組み怒りながら、


「あんたね、あまり喜一にアニメを見せるんじゃないわよ。ただでさえあんたに影響されて変な喋り方になっちゃったんだから!!」

「まあまあそう怒らないで、アニメに罪はないんだからさ」

「もう、喜一がずっとこのままで結婚できなくなっちゃっても知らないんだからね!」


 パパンとママンは、相変わらず仲が良ろしいですなぁ。



「ふあぁ~、流石に徹夜はまずかったでござるな」


 登校している訳でありますが、至極眠いでござる。

 頭もぼーっとするし、欠伸が止まりませんぞ。このままでは誰かにぶつかってしまうでござる。


「きゃ!?」

「うわ!でござる!」


 言っているそばから、横の道から出てきたJKらしき女子おあごと衝突してしまった。

 なんとういうフラグ回収の速さでござるか。


「痛った……もう、どこ見て歩いてんのよ!」

「す、すまんでござる!!」


 怒る女子に謝りながら、慌てて手を出しだす。しかし女子は拙者の手をペシっと払い、自分で立ち上がったでござった。


「もう最悪、カフェオレも全部零れちゃったし。ちょっとアンタ、弁償しなさいよ」

「す、すまないでござる」


 近くには、蓋がついていてストローで飲むタイプのカフェオレが転がっていた。恐らく、落ちた衝撃で蓋が空いてしまわれたのであろう。

 女子は不機嫌な顔で周りを見渡すと、「あっ」と何かを見つけて、


「ちょうど良いところにコンビニあるじゃん。ちょっとあんた、あそこで同じもの買ってきなさよ。言っとくけど二本ね」

「わ、分かったでござる」


 拙者は急いでコンビニに行って、零してしまったカフェオレと同じものを二本買い、すぐさまJKのところへ向かった。

 しかしJKは何故かご立腹のようで、


「遅い、どれだけあたしを待たせんのよ」

(ええ……そんな理不尽な。そんなに時間はかけてないでござるが……)

「ほら、早く寄こしなさい」

「はいでござる」


 物を要求された拙者は、二本のカフェオレを渡す。


(そういえば、なにゆえ二本であったのでござろうか……)


 失ったのは一本なのに、買ってこいと命じられたのは二本。

 ここに来るまで全然疑問に思わなかったでござるが、まあぶつかっってしまった詫びと考えるのが妥当でしょうな。

 そんな結論に至っていると、JKは何故か一本のカフェオレを差し出してきて、


「ほら、あんたも飲みなさいよ」

「ほえ?」


 JKの言っていることが理解できず、拙者の思考がフリーズしてしまう。


「早くしなさいよ、いらないんだったらあたしが貰うわよ」

「拙者が飲んでも、いいのでござるか?」

「勘違いしないでよね、ぶつかったのはスマホ見てたあたしも悪かったから、仕方なく譲ってあげるのよ」

「――!!!!????」


 その瞬間でござった。

 身体の全細胞達が、歓喜を上げたでござる。


 勘違いしないでよね、勘違いしないでよね、勘違いしないでよね、勘違いしないでよね、勘違いしないでよね、勘違いしないでよね、勘違いしないでよね、勘違いしないでよね、勘違いしないでよね、勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違い勘違いかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか――


(は、初めて聞いたでござる!生の「勘違いしないでよね」を……!!)


 実際に聞くと、こんなにも素晴らしいものでござるのか。


(ああ、パパン……拙者もようやく真に理解したでござる。ツンデレの良さってやつを!!)


 思わぬ事件に軽くヘブン状態に陥っていると、JKは拙者を見てドン引いてしまったでござる。


「うわキモ! なに急にキモさ倍増してんのよ」

「す、すまぬでござる。ついうっかり天国に行ってたでござるよ」

「言ってることもキモいんだけど……てか喋り方も」

(か、可愛いでござる)


 改めてJKを視界に入れ、彼女を純粋に可愛いと思ったでござる。

 艶ややかな黒髪はツインテールに纏められ、目は大きいが目尻が吊り上がった猫目で、鼻筋も高く、肌は白く透き通っていて、文句なしの美少女でござった。

「なに人の顔ジロジロ見てんのよ、キモいわね」

「あ痛っ!でござる!」


 何故か足を蹴られてしまった。が、どうしてだかそれさえも喜ばしく感じられてしまう。彼女が美少女だからでござるか。


「ほら行くわよ」

「ど、どこにでござるか?」

「学校に決まってんでしょうが。このままじゃ遅刻しちゃうじゃない」

「せ、拙者も一緒に行っていいのでござるか?」

「ふん、勘違いしないでよね、別にあんたが気になるとかじゃないんだから。ちょっとした気分よ」

「……」


 そう言って歩きだすJKの背をボーっと眺めながら、拙者は確信したのでござった。


「やはりツンデレしか勝たん」






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