第3話 妹
俺に妹が出来る。
本当は俺は妹なんか欲しくなかった。正直、妹が出来ると聞いた時は本気で家出をしようかと思ったぐらいだ。それには理由がある。はっきり言って、俺はモテる。それもこれも純日本人だというのに、少しハーフっぽい顔をしているからだ。この顔のせいで、何度、女同士の争いに巻き込まれてきたか…。
はっきり言って女と言う生き物は見た目が良いと言う理由だけで、好きだの、なんだのと言ってくる馬鹿で低俗な生き物だと俺は認識している。こちらの中身等、まるっきり無視だ。
面倒くさくて、女子全員無視していたら、親が何回か呼び出された。
そもそも
「
幼稚園に入園して1日目でそんな馬鹿質問をされた。そもそも、お前の事なんか知らねーつうの!
そう言う女に限って、何故か俺と両思いだと錯覚しやがる。
「
「
そう言って、お互いの髪を引っ張りながらケンカし始めた女子2人。それが2人から3人、3人から4人になった時、ようやく先生の仲裁が入り、俺まで注意された。俺、関係なくね?
先生曰く
「
知らねーよ!勝手に両思いだと言い始めて、勝手にケンカしたのに俺が原因って。
幼稚園の先生ってマジレベル低!
俺の黒歴史はこんなものじゃない。
衝撃だったのは、小学校に入学して、初めての校外学習で俺は誘拐された。
学校近くの公園で写生をしていたら、突然、知らない女に抱きかかえられ、駐車場に停めてあった車に押し込められ、その女のアパートに連れ込まれた。
アパートには、ミニカーや当時流行っていた戦隊物のオモチャ等が沢山あった。
「さあ、ジョニー、好きなオモチャで遊んで良いのよ」
目をキラキラさせながら女が言った。
ジョニーって誰だよ?
そう思いながら、俺はアパートの部屋の隅に座って、さっきの写生の続きを描き始めた。誘拐女が俺を画板事連れ去ってくれたおかげで俺は授業の続きが出来た。
そもそも俺は、あまりオモチャとかに興味がない。普通の小学生男児が興味示すものに興味が無く、むしろ、自分が有利に生きていく方法に興味があり、そのヒントが憲法にある事に気付いてからは六法全書が俺の愛読書だ。おかげで漢字がかなり読めるようになっていた。
そして俺は知っていた。未成年の誘拐は重罪だと。
この女終わったな。馬鹿な女。心の中でそうあざ笑っていた。
女はオモチャに興味示さず、写生の続きをする俺に戸惑っていた。
「ねえ、オモチャで遊んで良いんだよ。もう勉強しなくていいんだよ。」
俺のご機嫌を取ろうと、出来るだけ柔らかいトーンで言ってくる。
気持ち悪。
思わず侮蔑の目で女を見た。
女はそれが気に入らなかったらしく、
「勉強しなくていいって言ってるでしょ!」
そう叫び、俺から画板を取り上げた。
俺はその時、頭の中で『画板取り上げられた→写生の続きが出来ない→絵が出来上がってなくても俺に非はない→図工の成績に響かない』という構図が出来た。
俺はあまり絵が得意ではない。だから本当は写生は乗り気ではなかった。だが、これで堂々と絵を仕上げなくても良い。だって、誘拐女に画板を取り上げられたのだから。
内心、画板を取り上げてくれてありがとうと思っていた。
さてと、どうしようか。この俺を誘拐したんだから、少し痛い目を見てもらわないとな。
そう思いながら部屋を見渡すと『ジョニー•シルバー』と書かれた栗色髪の外人男性のポスターが、部屋のあちこちに貼ってあった。
この女が言っていたジョニーってコイツの事か。俺とコイツが似てるとでも思ったのか?この馬鹿女は。
俺がポスターを見ている事に気付いた女は嬉々として話し出した。
「カッコいいでしょ?ジョニーはイギリスの俳優で、子供の頃から映画に出てたの」
そう言って本棚から一冊の写真集を出してきた。
「見て。この写真集はね、ジョニーが子供の頃の写真集なの。これ、もう絶版になっていて手に入らないの」
嬉しそうに誘拐女が教えてくれた。
ふうん、それ、もう手に入らないんだあ。
「この写真の横顔、君にそっくりでしょ?初めて君を見た時にはビックリしたよ。子供時代のジョニーがいると思って感動した」
それで、犯罪犯すって、ホント頭の弱い女だな。
ありがたい事にこのアパートは古い物らしく、キッチンにはガスコンロが設置されていた。
良かったよ、オール電化じゃなくて。
俺は無言でテイッシュボックスを持って、ガスコンロに近づき、火をつけ火の中にテイッシュを投入していった。
誘拐女の悲鳴が上がった。
近くにあったサラダ油も投入した。
すると火柱が上がった。
誘拐女が
「何してんのよ!」
と喚き出した。
すげえ、サラダ油。正に、火に油を注ぐって、こういう事を言うんだな。こんな事、自宅じゃ出来ない。
俺はワクワク感がとまらなかった。
さあて、次はメインデイッシュ。
誘拐女が床に置きっぱなしにしていた先程の写真集、火の中に投げ入れてやった。誘拐女の絶叫が部屋中に響いた。
「ジョニー!ジョニー!」
そう叫びながら火柱の中に手を突っ込んでいた。
俺はこの隙にドアに行き、鍵を外して外に出て、通行人に向かって
「助けて〜、僕、誘拐されたんだあ。助けて〜」
と叫ぶと、近くにいた通行人とアパートにいた人達が来てくれ、すぐさま警察に通報してくれ、俺は警察に保護された。
両親と再会したのは、警察署だった。
母親は、さも心配していたように
「
と叫びながら抱き締め、耳元で小さく
「トイレに行きたいと言いなさい」
と言った。
俺は嫌な予感がしたが、仕方なく、母親の言う通りにした。
「お母さん、怖かったああ。トイレにも行けなかったあ。トイレに行きたいよう」
「可哀そうに。お母さんがトイレに連れて行ってあげるからね」
そう言って、警察の人にトイレに行く事を伝えて、その場を離れ、母親は誰もいない物陰に俺を連れて行くと俺を睨みながら聞いてきた。
「犯人の部屋で火が出たそうだけど、あれ、あんたの仕業?」
やっぱり、バレてら。さすが、母親。
「まあね」
そう答えると、母親がブチ切れた。
「まあね、じゃないでしょ!放火なんて、犯罪なのよ。わかってるの?!」
「あれは放火じゃないよ。コンロの火に油を注いだら、どうなるかと言う実験だよ。そもそも、この俺を誘拐したんだぜ。少しぐらい痛い目をみてもらわないとな」
母親は1つ大きなため息をつくと
「いい?あんたは恐怖で、火についてはよく覚えて無いと言いなさい。そもそも、小学一年生が故意に火をつけたとは思わないはずだから」
と、今後の受け答えをレクチャーしてきた。
「ほんっと、子供って便利だよな。少々羽目を外しても、疑われないもんな」
俺がそう言うと母親が頭を抱えながら、ブツブツ言い出した。
「私は普通の子供で良かったのに。出産前に神社で頭のいい子が生まれるように願ったのがいけなかったのかしら。嗚呼、普通の子供の母親になりたい」
母親は嘆いてるけど俺はこの頭脳には感謝している。今回もこの頭脳のおかげで、あの部屋から出られたし、誘拐女にもダメージを与えたはず。人間、大事な物を失った時が一番堪えるしな。
俺は、その後警察の質問にそつなく答え、コンロの火については母親の言いつけ通り、よく覚えてないと答えたら、そこは、あまり追及されなかった。
その代わり、家に帰ってからは、母親にメチャクチャ怒られた。
「普通さあ、息子が誘拐されて、無事脱出したのに叱る母親っていないと思うんだけど」
そう言うと
「叱られたくなかったら、普通の子供の様に振る舞いなさい。いくら誘拐犯の部屋とはいえ、大火事になってたらどうするの!」
と、また怒られた。
一応俺の頭の中では、誘拐女の部屋から火が出る→誘拐女パニックになる→その隙に逃げる→警察来る→消火してくれるという構図が出来てたし、実際、ボヤ程度で済んだし。
そう言うと、もっと怒られた。
何で怒るんだ?
正直に言うと、誘拐女の部屋が全焼したとしても俺は別に構わなかったけど、本音を言うと説教が長引くので黙っておく事にした。
こんな黒歴史を持つ俺は、女性不信になっていた。母親も安全を考えて、習い事に空手を取り入れた。その際、素手で一般人を殴らないと誓約書を書かされた。よっぽど、俺は信頼がないらしい。
そのせいか、母親が臨月になるまで妹が生まれる事を教えてもらえなかった。母親のお腹が、だんだん大きくなっていってるのは気付いてはいた。食べる量も増えていたので、そりゃお腹にぜい肉がつくよなと思っていた。まさか、母親に赤ちゃんが出来るとは思っていなかった。母親はもう37歳になってたし。
あのお腹、脂肪の塊だと思ってたのに。
赤ちゃんが妹だと知ったその日から俺はすこぶる機嫌が悪かった。母親ともあまり口をきかなくなっていた。
あんなキチガイみたいな生物と家族になるなんて本気で嫌だった。
出産間近になり、念のため母親は早目に入院した。
ある日、俺は父親に連れられて、母親の見舞いに行く事になった。本当は病院は女性が多いので、行きたくなかった。
母親の部屋に行く途中に新生児が沢山いる部屋があった。父親が新生児の部屋のガラス窓に顔をくっつけながら
「可愛いなあ。もうすぐ我が家にも、こんな可愛い子が来るんだなあ。
と言われ、渋々、新生児部屋を見ると一番手間の赤ちゃんが小さい口をいっぱい開けながらアクビをした。
可愛い。
思わず、そう思ってしまった。
しかも、そのアクビをした赤ちゃんは女の子だった。
その時、俺の頭の中である仮説が出来た。
こんな無垢な赤ちゃんが、誘拐女みたいな、あんな無神経で最低な人間になる場合は生活環境や人間関係が多大に影響されてるんじゃないか?だとしたら、俺は自分の妹を守り、正しい道を歩ませれば、真っ直ぐな人間になるんじゃないのか?この仮説が正しいとしたら、俺が妹をあらゆる害悪から守り抜けば、真っ直ぐな人間になる筈だ。俺はこの仮説を実践してみる事にした。
その日から俺は妹が生まれて来るのが楽しみになった。
生まれてからは妹の世話も積極的に手伝った。そして、妹が怪我や嫌な思いをしない様、気を配った。
結論から言うと、俺の仮説は正しかったらしい。妹の奈々子は、本当に真っ直ぐ育っている。可愛さもダントツだ。
奈々子が2歳の頃、箸の練習を始めたが、上手く使えなくて俺が食べさせようとした時、母親が奈々子を甘やかすなと俺を叱ったその時、たどたどしい言葉で
「おかあしゃん、お兄たん、怒んないで。お箸頑張るから」
と母親の足にしがみついて涙目で言った時は、奈々子を抱きしめて
「お兄ちゃん、大丈夫だよ。母さんに怒られても全然平気だから」
と叫んでいた。
「それもどうなの?」
と母親は呟いていた。
母さんに何度怒られても、俺は奈々子を甘やかしていた。だが、奈々子は頑張り屋で箸も鉛筆も正しい持ち方が出来る子になっていた。俺は、そんな奈々子が本当に可愛い。今では、存在すら信じていなかった神に感謝している。神様、妹を、奈々子を俺の元に連れ来てくれてありがとう。
毎年初詣はお年玉の1割を賽銭箱に入れて、奈々子の健康と安全を祈願している。そのおかげか、毎年願いが叶っている。
今では、神様はいると俺は断言出来る。今年は奈々子の受験合格も祈願しなくては。まあ、別に高校行かなくても俺が養えるから問題ないけど、本人が高校に行きたがってるから、応援しないとな。俺は良い兄だからな。
今年も俺が奈々子を守る!そう誓った年始めだった。そして、世間では俺みたい人間をシスコンと呼ぶそうだ。まあ、そんな事どうでもいいけどな。俺は奈々子の為なら、どんな呼ばれ方しようと関係ないし、本音を言えば奈々子以外の人間はどうでもいい。
世間では俺みたいな人間は欠陥人間の部類に入るんだろうなと冷静に分析している。
トン子シリーズ 青花 @Azukigayu
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