第2話 九条光輝視点

俺は小学三年生で衝撃的な光景を目にした。その光景は、少しポッチャリした女の子が、自分より体格の良い男子、有馬 隆をうつ伏せにし、その背中に乗って髪の毛を引っ張っていた。

そもそも有馬 隆がこの状況になったのは、ポッチャリした女の子、夏川 奈々子に

「夏川、お前、ほんっと豚ソックリだな。今日からお前、トン子って呼ぶからな」

と、そう言った瞬間、夏川 奈々子は有馬 隆の背後に回り膝を蹴り、有馬 隆の体制が崩れた瞬間そのまま背中を蹴って倒れた所を背中に乗って、髪の毛を掴んで引っ張っていた。

「おい、有馬、あんた豚さん馬鹿にしてんのか?私は豚さんを尊敬している。豚さんのおかげで、私達はトンカツ、豚シャブ、生姜焼きと色々と恩恵を受けている。有馬、あんた、豚さん食べた事無いのか?」

有馬 隆は目に涙を浮かべながら

「ある。豚、食べた事あるよう」と涙声で答えた。

夏川 奈々子はその返答が気に入らなかったらしく

「なんで呼び捨てなんだよ!ちゃんと、さん付けしろ!」と、更に有馬 隆の髪の毛を引っ張り上げた。有馬 隆の口から痛さからなのか悲鳴がこぼれた。

「豚さん、食べた事ありますう。ごめんなさいー!」

泣きながら、有馬 隆はそう叫んでいた。

「じゃあさっきのあの言い方は何だ?豚さんを馬鹿にしたような言い方は」

「ごめんなさい、ごめんなさい、もう二度と馬鹿にしません!トン子って言いません。ごめんなさい」

そう言った瞬間、有馬 隆の髪の毛を夏川 奈々子は手を離した。

「トン子って呼んで言いよ。唯、愛情を込めて呼ぶように」

そう言われて、有馬 隆は一瞬ポカンとした顔したが、すぐ

「込めます。愛情込めて呼びますうう」と叫んだ。

そうしたら、夏川 奈々子は有馬 隆の背中から降りた。

起き上がった有馬 隆に夏川 奈々子が手を差し出して有馬 隆の手を握り締めた。

「有馬、これで私達は豚さん同盟だ。さあ、豚さんについて語り合おう」

その日から、有馬 隆と夏川 奈々子は豚についてよく話していた。と言うより、有馬 隆が無理矢理付き合わされてるように見えた。

そして不思議なのが、そんな2人の周りには、クラスメイトが常に群がっていた。

そして、俺もその話の輪の中にいるようにした。夏川 奈々子は豚だけでなく色んな食べ物や雑学に詳しく、話しを聞いているだけで楽しかったのだ。地理の覚え方も独特で、例えば、下関はフグが名産、宇都宮は餃子、仙台は牛タンと市単位で教えてくれるのだ。そして、夏川 奈々子の側にいる最大の理由は、彼女はすごく面倒見がいいのだ。

俺は全く自慢ではないけど、結構女子から呼び出しをされ、告白されるのだが、素直にお断りをすると、大概、何故か俺が悪く言われる。

俺には歳の離れた姉がいるのだが、コイツが俺の事をパシリだと思っているのか、メチャクチャこき使いやがる。やれ、水持って来い、アイス持って来い、文房具買って来いとか、本当に自分でやれよ!と言うレベルを俺を使って楽しようとしやがる。

が、そんな姉も彼氏の前では、弟を可愛がる良き姉を演じる。そんな姉を見てるせいか、俺は女子を信じて無い。いくら可愛くぶっても、裏ではどんな顔を持ってるのか考えただけで恐ろしい。

だから、夏川 奈々子に一度だけ、女子の呼び出し告白のせいで嫌な思いをしていると愚痴ったら、呼び出しをされたある日、有馬 隆を付き添わせてくれた。

「九条が困ってるから、有馬お前、ついて行って、私の言った通りに演じてやれ」

「いや、俺にも、体面と言うか、嘘はちょっと」

そう反抗しようとしたら、夏川 奈々子がジロっと睨んだ。

「何、有馬。あんた、九条も豚さん同盟の仲間なのに見捨てるの?」

そう夏川 奈々子が言った瞬間、有馬から小さな「ヒッ!」と言う悲鳴が聞こえた。

どうやら、蹴り倒され、髪の毛を引っ張られた時のことを思い出したらしい。

と、その時は思ったのだが、実は違う恐怖対象が有馬 隆にはあった。その恐怖対象は卒業式に知る事になる。

放課後、呼び出された場所に有馬 隆と行くと呼び出した女子は露骨に嫌な顔をした。

呼び出した女子も数人友達を連れて来ているくせに。

俺を呼び出す女子は大概友達を連れて来る。そして、俺が告白されて断ると口々に

「酷い!」、「最低!」「○○ちゃんの気持ち考えなよ!」

と罵られる。

断っただけで、ここまで罵られる俺の気持ちを考えて欲しいものだ。

早速、罵声を浴びせてくる女子共。

「何で、有馬、あんたが付いて来んのよ!」

「あんた、関係ないでしょ!」

そう言うお前等も関係ないだろう。俺は心の中でそう呟いていた。

「俺は関係ある!」

そう大きな声で有馬 隆は叫んだ。

「はあ?何言ってんの?関係ないでしょ!」

そう言われ、有馬 隆は半ばヤケクソ気味に言った。

「お、俺と九条は一心同体だ。だから、関係あるんだ。」

そう言った瞬間、女子達が一斉に固まった。

そして、チラッと俺を見て、

「エッ、何?2人は、そういう関係なの?」

恐る恐るそう聞いてきた女子に有馬は

「俺と九条はぶっちぎりの仲だぜ!」

と言った。

ぶっちぎりって?俺と有馬って一体どんな仲なんだ?

そう思っていると、呼び出した女子は

「九条君って、そっちの人だったんだ!酷い!騙したんだ!」

そう言って走り去っていった。

友達数人も

「待って」

と言いながら追いかけて行った。

横を見ると有馬 隆が

「終わった、俺の人生終わった」

と、うっすら涙を浮かべながら言っていた。

「やったじゃん、九条。何も言わないで女子撃退出来たじゃん」

そう言いながら数人のクラスメイトと一緒に建物の陰から出て来た夏川 奈々子。どうやら、こっそり陰から一部始終を見ていたようだ。

「九条、お前のモテ期終わったな」

そう言いながら、俺の肩に手を置きながら佐伯 拓哉が言ってきた。佐伯 拓哉は俺と同じサッカークラブで仲が良く、日頃から俺の愚痴を聞いてくれていたから、このセリフも俺のこの状況を素直に良かったと思って言ってくれてるのが分かる。

他のクラスメイトはこの状況をゲラゲラ笑いながら

「有馬、元気出せ。そのうちいい事があるよ」

と慰めていた。

有馬はキッと、夏川 奈々子を睨みながら

「どうしてくれんだよ!俺、明日から九条とそういう仲だって噂されるだろ!」

と怒鳴っていた。

「エッ、駄目だった?このアイディアお兄ちゃんなんだけど。お兄ちゃん、なんでか、このアイディア、有馬が喜んでやってくれると言ってたんだけど。」

「エッ?お兄さんのアイディア?」

「そう。この結果が駄目なら、お兄ちゃんに相談してみるよ」

そう夏川 奈々子が言うと有馬 隆は慌てて

「い、言わなくていい!大丈夫、この結果で良い。だから、頼む!お兄さんに何も言わないでくれ!」

と叫んだ。

「有馬、もしかして、お兄ちゃんの事知っているの?」

「し、知らない!お前のお兄さんなんか知らない!」

そう言いながら走り去って行った有馬 隆。

どう見ても、夏川 奈々子のお兄さん知っているだろ?

この日から俺は有馬 隆との間柄をヒソヒソされたが、クラスメイトは事情を知っていたから、この状況を楽しんでいた。俺は夏川 奈々子のおかげで平穏な小学校生活を送れた。

そして、月日が流れ、小学校卒業式の時、有馬 隆が小さい声で

「良かった、これで俺の役目が終わる。良かった」と涙を流しながら言っていた。

クラスの女子は夏川 奈々子を囲みながら

「トン子〜、何で同じ中学じゃないのお。やだよお。一緒の中学に行きたいよおお」

と口々に言っていた。

卒業間近になって、市役所が校区違いに気付いた関係で夏川 奈々子だけ違う中学校に行く事になっていた。

夏川 奈々子は面倒見が良く、クラスの人気者だった。かく言う俺も女子の中で唯一信じられ、好感が持てる人間だった。

俺は有馬 隆の呟きが気になり詳しく話を聞こうと思い、誰もいない教室に連れて行った。

「な、なんだよ、何で、こんな所に連れて来るんだよ!」

有馬 隆はかなり警戒しながら言った。

「役目って何?」

ドストレートに聞くと有馬 隆の顔色が変わった。

「な、何だよ、何の事だよ」

「俺、さっき聞こえたんだよね。『これで、俺の役目が終わる』ってね」

「き、気のせいだよ!そんな事言ってない!」

誤魔化そうとする有馬 隆。だが、俺は知っている有馬 隆の弱味を。

「西川 ルナ。」

そう言うと有馬 隆の顔色が変わった。

「言っちゃおうかなあ。俺と有馬はそういう仲だって」

「おまっ、お前、何で西川さん、知ってんだよ!」

「俺、西川 ルナとイトコなんだよ。で、時々、ルナから同じ塾で友達が出来たと聞いてたから誰かと思ってたら、有馬、お前だったって訳。で、お前、ルナ好きなんだろ?じゃないと、ルナの誕生日に花とか渡さないよなあ?」

有馬 隆が金魚のように口をパクパクさせていた。

「で、役目って何?」

有馬 隆が

「絶対誰にも言うなよ!」

と念を押してから話してくれた。

有馬 隆は夏川 奈々子とケンカをした翌日の放課後、校門から出た所を夏川 奈々子の兄に呼び止められ、近くの公園に連れて行かれたらしい。

「お前、俺の可愛い妹に『トン子』ってあだ名付けたらしいな」

公園でそう言われ、有馬 隆は

「本当にあの時はビビった。トン子のお兄さんは本当にイケメンで、この世のものじゃない感じで、とにかく凄く恐かった。だから、謝り倒したよ」

そう言いながら、その時の事を思い出したようで、その顔は怯えた小動物のようだった。

その時の許す条件として、夏川 奈々子を怪我一つさせないよう守る事、逆らわない事、そして、学校での様子を逐一報告するよう言われ、仕方なく夏川 奈々子のお兄さんのスパイとして学校生活を送っていたと言うのだ。

「だから俺としては、トン子と中学校が離れるのはありがたいんだよ。トン子は良い奴だ。俺も友達としては好感も持ってる。だが、あのお兄さんは、ヤバい。空手の有段者らしいんだが、あの人は絶対トン子に彼氏でも出来たら、ためらい無く素手で彼氏を殺すだろう。俺はそう確信してる。だから、お前にも言っておく。トン子のお兄さんとは関わるなよ」

そうか、まずはお兄さんを攻略しないといけないのか。

俺はこの情報を聞いて安心した。この兄がいる限り中学校が離ればなれになっても、夏川 奈々子に変な虫が寄って来る事はないだろう。

「九条、正直に答えたんだから、西川さんに余計な事言うなよ。それから、この事誰にも言うなよ。お兄さんから口止めされてたんだから。お前に話したのがバレたら、俺が殺される」

本当に青ざめた顔をして俺に念押ししてきた。

だが、俺としてはかなり良い情報だった。これで安心して卒業出来る。

そして俺は夏川 奈々子と同じ高校を受験すると決めた。

そう言う意味では、イトコのルナが良い仕事をしてくれるとは、この時の俺はまだ知らなかった。

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