第16話 ゆるくダンジョンを楽しみに来ているのだから
「……で、そろそろ何がどうだったのか説明してほしいんですが」
王蛙の解体(ここまで大きいと一苦労なので三人がかりだ)中に、赤羽さんが口を開いた。確かに勢いのまま「ここで待ってて」とか「王蛙が落ちたらこの袋の中身を蛙にぶちまけて」とか端的な支持しか出してなかったので、彼からするとちんぷんかんぷんだったと思う。まあ秘密にするようなことじゃないので説明するのはやぶさかじゃないけども。
「うーんと、どのあたりから説明したほうがいいですかね?」
切り取った肉塊を渡しながら聞いてみる。赤羽さんは受け渡された肉をチャック付きパックに入れて水に沈めながら考える。お手軽な真空パックの作り方だ。
「じゃあまず、この大きな穴は何なんです?この大きさの化け物が入るほどの穴、自然に開いてたとは思えませんが」
「ああそれですか。私たちのキャンプにそろそろ魔物除けの防壁を作っておいたほうがいいかなってことになりまして、土嚢を積んでセメントで固めることにしたんですよね。その時の土嚢の採取場所です」
「後でなんかに使えるかも、ってことで何となくとっておいたんだよね」
アキさんも手を止めずに会話に加わる。今回大剣を失ってしまったから、この剥ぎ取りの稼ぎで買わないと。
「いや、この穴の大きさじゃ、重機使わないと掘れないでしょう?それとも魔法で?」
「魔法というか、魔力適応の影響で伸びてる身体能力のごり押しで」
「すごい疲れたよー」
「そこまで身体能力が伸びるもんなんですか?」
「できなかったら人一人抱えて空中で身を捻って着地なんて無理ですよ。脚が折れますし、肩が抜けます」
ダンジョンでの冒険で強くなった恩恵は、大体魔物退治や派手なアクションに使われるようだけど、土木工事に使えばこの通り。これができるからこそ、ブッシュクラフトを愉しむ余裕がある。なかったらシェルター作るだけでも大変になる……というか二人ともレベルが低いうちは大変だった。今なら私でも丸太を抱えて歩けるぐらいには強くなったけど。
「話それましたね……。でまあ、その穴に幻術かぶせてただの地面に見せて、王蛙に突っ込ませる。とまあシンプルな作戦です」
「はあ……ではあの蛙にかけていた白い粉は?なにがしかの毒物なんですか?」
「アレはダンジョン内部でとれた石灰石を焼いて作った生石灰です。3階層は全体が鍾乳洞になっているんですけど、そこから鍾乳石をいただいてきました。さっきの防壁を作るのに大量にセメントが欲しくて集めてきた奴ですね。で、予想してたより余ったので使い道考えてたところでした」
「……ははあ、だから水をかけると発熱したと」
「あ、理解が早い」
生石灰に水を混ぜると発熱する。食料品の過熱やサバイバルの暖房として利用される反応だ。普通の燃焼反応には遠く及ばないけども、アレだけの量と水を直接温めるという効率の良さが今回は功を奏した。
100度のサウナで5分温まっても死なないけど、100度のお湯に5分入ったら死ぬ。そういうことが今回起った。
「例外はありますけど、麻薬取締官って薬剤師の資格を持ってるんですよ」
「なるほど、そりゃ理解が早い」
ケミカル関係に関してはプロなのか。そりゃそうか。
「それでもう一つ質問いいですかね?」
「まだ疑問点あります?」
最後の肉塊を渡しながら聞く。だいぶ手際よくなってきた袋詰め作業をしながら赤羽さんが口を開いた。
「ええ、その作戦をどうやって鶴田さんに伝えていたんです?伝達の魔法か何かで?」
「……伝えてませんよ?」
「……え?」
「ですから、そんな余裕はなかったから、指示だけ出して意図は伝えてませんよ」
信じがたい、といった表情で今度は私ではなく、アキさんに問いかける。
「じゃあその、鶴田さんは具体的なプランは何も聞かないまま、アレを相手に立ち向かったと!?」
「うん」
「うん……って」
二の句が継げない。といった顔の赤羽さん。
ともあれこれ以上は特にトラブルもなく、無事にクエストを終えられたのだった。
======================================
これ以降は後日談となる。
クエストの達成報酬と王蛙の肉の売却金でアキさん用の新しい剣を買った。今まで使っていたものよりも、刀身が分厚く広い
新しい剣を素振りするアキさんが嬉しそうで何よりです。
大麻の密売組織に関しては、大規模抗争の末に検挙されたとの報道がされていた。対抗組織の情報が何もなかったせいか、ネットでは勝手な噂が流れていた。ただ、話題が大規模抗争にそれたおかげでダンジョンで育てていたという話は出ていなかった。この辺はギルドが上手いことやったということだろうか。
三船君だが、あれから連絡はしていない。だが、動画配信グループと組んで深層攻略に乗り出したという噂を耳にした。野心というものを毛嫌いしている彼にどんな心境の変化があったのか。興味がないわけじゃないけども、調べるほどの気力はない。
藪をつついてあの格闘漫画生物が出てきても嫌だし。
私たちの配信している動画はかなり好評を得た。というよりダンジョン内でセメント使って建築したいというギルドやパーティからいろいろと質問が来た。
より深奥に潜りたいパーティにとって、休憩できる中継地点の有無は重いらしい。なのでそういうパーティに対して休憩場所を提供する商売ができないか?みたいな話も聞かれた。商魂たくましいなあ。
そして私はというと。
「焼けましたよー」
「わーい!!」
ダンジョンでピザを焼いていた。具材はこの前燻製にしたベーコンと鉢植えで育ててるバジル。そしてモッツアレラチーズのシンプルなマルゲリータ。
防壁の効果は確かにあったらしく、ちょっかい掛けてくる魔物も減った。今は新しく作ったピザ窯の試運転中。
燻製窯とも迷ったけど、燻製器はまだ使えるしこっちの方が優先かなって。ピザが焼ければパンも焼けるしパイも焼ける。
「「いただきまーす!!」」
碧空の下でアツアツのピザを冷え冷えのコーラで流し込むこの幸せよ。
ピザを食べたら次は何をしよう。そろそろやりたかったお風呂計画に移るか。何にしろ焦ることはない。
私たちは、ゆるくダンジョンを楽しみに来ているのだから。
女子二人、現代ダンジョン、森の中 @seidou_system
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます