第15話 私をお姫様抱っこに持ち替える必要ないと思う

生麦大豆二升五合なまむぎだいずにしょうごごう――準備できました!狼煙に向かって逃げてください!!」


 生麦大豆二升五合なまむぎだいずにしょうごごう、ただしくは南無大師遍照金剛なむだいしへんじょうこんごう。密教開祖の弘法大師空海、その教えが遍く世の中を照らしますようにという意味の御宝号。私はこれを声送りの魔法の呪文として使っていた。

 アキさんに合図を送る。足元には既に発煙筒を三本焚いて目印にしている。

 声を送るだけで聞き取れる術ではない。だからアキさんに聞こえたかどうかはわからない。わからないけど届いたものと信じて待つ。

 はたして、すぐに木々の倒れる騒音と地面の揺れが伝わってきた。

 予想以上に激しい揺れにしかけの無事を心配してしまう。なにしろ頑丈過ぎてもいけない。とはいえ、今更そちらにできることはないのだが。

 アキさんが来るまでのわずかの間に魔石を砕いて魔力を回復させる。他にできることがあるんじゃないかと気が焦るけども、プラン通りいくなら今はこれしかできない。いざ始まってから思い付きに頼るのは迷いを生む。

 大丈夫、近づいてきている。次の術の準備を。

 木々の間から見えて来たアキさんの姿。視線が合う。

 剣は持っていないし、あちこち泥汚れがついているけど、目立った怪我はない。

 そしてそれを追いかける、全力疾走中の巨大な蛙。


「こっちに!私にしがみついてください!!」


 印を組みながら呼びかける。

 アキさんの目からは何が見えただろう。野球場じみた土の広場だろうか。

 私の計画がわかったのかどうなのか、アキさんが速度を落とさず駆け寄ってくる。というか、もはやタックルの勢いで抱き着いてくる。


「ヒカリーン!!」


 私の印を組んだ邪魔しないように、両腕をくぐるような低いタックル。

 手加減はしてるんだろうけど、覚悟はしてたけど、おなかへの衝撃がすごい!!

 ともかくアキさんの衝撃で二人とも宙に浮いた。そのタイミングで魔法を使う。


「おん・ぎゃろだや・そわか!!」


 迦楼羅真言。インド神話で霊鳥ガルーダとして伝わる幻獣。その意を受けた魔法で自在に空を飛ぶ……わけではない。本来これは敵を吹っ飛ばす攻撃魔法としてくみ上げた術だ。その結果、ダメージよりも相手を吹き飛ばす効果の高い、攻撃魔法というより強制移動魔法になってしまった。

 けど今の場合、私とアキさん二人分をまとめて吹っ飛ばすには非常に都合のいい魔法だ。

 魔法の風が私たちをまっすぐ後ろに吹き飛ばす。

 私たちのいたところに大口を開けた王蛙が突っ込んでくる。

 大きいがゆえに止まれずそのまま土の広場に飛び込む。


 そして、その途端土の広場が、その地面が


 私達は魔法で吹き飛ばされた勢いのまま、赤羽さんの待機している「対岸」へと向かっていく。空中でアキさんが私を抱えたまま身を捻り、器用に両足で勢いを殺して着地して見せる。

 でもその時に私をお姫様抱っこに持ち替える必要ないと思うんですよ。スーパーヒーローか。


「ヒカリン、大丈夫?」


「あ……ありがとうございます……」


 朗らかに笑いかけるアキさんに降ろされながらお礼をいう。もー!アキさんはこう言うことさらっと言うー!


 GEROGEROGEROGERO!!GEROGEROGEROGERO!!


 穴の中でひっくり返った王蛙がもがく声で我に返る。あまり深い穴ではないので長くはもたない。ほどなく這い出てくるだろう。その前にとどめを刺す必要がある。


「赤羽さん、お願いします!」


「は、はい!」


 事前に打ち合わせた通り、赤羽さんがポリ袋をナイフで開いて穴に投げ込む。中の白い粉が蛙の体にぶちまけられる。私もアキさんもそれに参加してありったけ放り込んでいく。

 壁づくりで余った、焼いた石灰石の粉。すなわち生石灰を。


 GEROGEROGEROGERO!?GEROGEROGEROGERO!?


 悲鳴か困惑か、王蛙が真っ白になりながらのたうち回る。爬虫類の肌に直接石灰は痛いのかな?かわいそうだからすぐに冷やして差し上げますね。


「のうまくさまんだぼだなん!ばろだやそわか!!」


 残った魔力を全部つぎ込んだ、水天真言。組んだ印から噴水のように水が王蛙に降りかかる。そして一瞬後、穴から蒸気が上がり始めた。


 GUEEEEEEEEEEEE!?GUEEEEEEEEEEEE!!??


 先ほどまでとは比較にならないほどに大暴れする王蛙。だが、それは結局全身を焼かれる断末魔でしかないのだろう。這い上がろうという意図のある動きにすらならず、反射的に手足をばたつかせ身をくねらせる。

 穴の縁が崩れて巻き込まれてはかなわない。私たちは太い幹にしがみついて待ち、そしてしばらくして、静かになった。

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