第13話 アキさんに信じられたらやるしかない
〈森〉の奥から響いてきた樹木の倒れる音。
それを皮切りに、まず鳥が逃げるのが見えた。続けて森の動物たち、下はネズミから上は熊まで。それが森から現れ、熱のくすぶる焼野を迂回して私たちの背後へと逃げていく。多少酔っ払ったような走り方になっているのは大麻の煙を吸ったからか。
森の梢をなぎ倒す音が、地面の揺れが、樹冠の上に見える影が、近づいてくるのがはっきりわかる。巨大な、何かが。
逃げたほうがいい。
その当たり前の発想を三人とも口にできず、実行に移せもしなかった。興味が勝ったか、それとも恐怖にすくんだか。
戸惑っている私たちの前に森を割って現れたのは。一軒家(しかも2階建て建売住宅)ほどの大きさの、蛙だった。
「
「何でこんなのが!!」
この2階層では未だ発見例のない、巨大な蛙の魔物。得意技は冒険者の丸のみ。そして何よりも重要な情報としては、私たちのかなう相手じゃない!
王蛙は大きく口を開くと、そのあたりに燻る煙を一気に吸い込んだ。そうして肺にためた空気を満足げに鼻から噴き出す。
ていうか、この反応は……。
「ヒカリン、この蛙もしかして……キマってる?」
「……多分」
「あの、でしたら刺激しないうちに逃げたほうが」
「ですね」「だね」
赤羽さんの、今更ながら建設的な提案にようやく判断力を取り戻す。だが、それは少し遅かったようで、薬でラリった蛙の目がこちらを見た。
あの目は何度も見た。
捕食者の目だ。
「ヒカリン、先行して!!」
「分かりました、赤羽さん私に続いて!」
ダンジョンの外ならともかく、魔力適応の恩恵が受けられるここでならばアマチュアスポーツマン並には走れる。それに普通についてくる赤羽さん。ううむ、素で体力ある人かこの人も。いや、刑事さんなんだしそりゃそうか。
しんがりにはアキさんがついて、蛙からの攻撃に対処する。アキさん一人なら逃げ切れるかもしれないけど、護衛対象は守らないとだし、アキさんは私を見捨てて逃げるようなことは、してくれない。
追ってくる王蛙は、あの体躯では飛び跳ねられないのか(飛び跳ねようとしても地面がえぐれるだけだと思うが)這いずって近寄ってくる。一見緩慢な移動だが、デカすぎてただの一歩が長い。結果としてこちらの全力疾走と大差ない速さになっていた。
このまま走って逃げきれるか?こっちの体力が尽きるのが先か、それとも相手の体力が尽きるのが先か。いやまて今の王蛙ってクスリキマってるんだよな。体力的にはリミッター外れてる状態では。かといって振り切れるような速度出せるか?森の中で?となるとどうにかして倒すしかない?倒すったってどうやって?倒せないから逃げてるのに。逃げるったって一体どこへ――。
「あああああっ!!」
「どうしたのヒカリン!?」
「アキさん、ちょっと時間稼ぎお願いします!合図したら狼煙の方に来てください!!」
「わかったー!!」
後ろは向かないけど、アキさんが反転したのはわかった。
「ちょっ……大丈夫なんですか彼女!?」
私の一歩後を走る赤羽さんが聞いてくる。そりゃそうだろう。あんなの相手に時間稼ぎなんて傍から見れば自殺行為だ。それは私もわかってる。だからこう答えるしかない。
「それは、こちら次第です!急いで!!」
「そうじゃなくて、考えがあるっぽいですけど彼女に作戦伝わってるんですか!?」
「そんな暇あるわけないでしょう!!いいから走って!!」
アキさんに策を任されたんだから、私だってアキさんに任せるしかない。
できるかどうかじゃない。アキさんに信じられたらやるしかない。
他の選択肢なんか、ない。
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