第12話 うわ、なんやあれ。ようわからんし近づかんとこ

「うわ、ほんとに畑だ」


「畝とかないけど、ざっくり耕してはあるんですね」


 2層目〈森〉。私とアキさんのキャンプから歩いてたった1時間ほどの場所にそれはあった。たったそれだけの距離なのに今まで出会わなかったの?というなかれ。視界の通らない森では歩いて1時間、つまり4kmも離れていればまず見えない。音も草木や自然音に遮られてしまう。あると知って探さない限りはそうそう見つかるものじゃない。今回だって密売組織がつけてた目印を聞いて無ければ直行はできなかった。

 ……そう考えると、キャンプの近くになんか危ないものあるかどうか一度ちゃんと探したほうがいいのかな。うーむ、拠点の充実化とどちらが優先か難しいな。

 ともあれ、私たちがたどり着いたそこは、森の中のちょっと開けた場所に、丈の高い草がみっしり生えた草原。その横に丸太とタープ(キャンプ用の広い布)を組み合わせたテントがあり、人為的なものをうかがわせるロケーションだった。


「ああ、間違いないです。大麻ですね」


 そういって赤羽さんがカメラを取り出して写真を撮り始める。どの程度撮ればいいのかはわからないので、その間も護衛は続く。


「赤羽さーん、先にテント見ていいー?」


「すいません、なるたけ手を付けない状態で写真を撮っておきたいので待ってもらえませんか?」


「アキさん、子供じゃないんだからもうちょっと待ちましょうよ」


 堪え性がない、というよりもテントの方に興味があるのだろう。そわそわしているアキさんをなだめながら周囲を警戒し赤羽さんを待つ。

 ――ん?なんか空気が湿気ってきた?雨が降るのか?ダンジョンで?降らない理由もないと思うけど、そういえば今まで〈森〉で雨に降られたことないなあ。


「終わりました。テントに行きましょう」


「わーい」


 どうやら全体写真は終わったようで、テントの方の捜査に移るらしい。テントの中に魔物がいる可能性もあるので私たちも同行しての捜査となる。

 テントの中にあったのは、宿泊装備……ではなく、スコップや鍬、草刈り機などの農具だった。どうやら納屋として使っていたらしい。発電機とフードプロセッサーという意図不明なものもあった。……よく小鬼に持っていかれなかったな。


「ああ、草刈り機あるんですか。鎌を持ってくる必要なかったかな」


 写真を撮りながらぼやく赤羽さんに疑問を投げかけてみる。


「このフードプロセッサーは何に使うんです?」


「証言によると大麻が嵩張るので、フードプロセッサーで砕いてボトル缶に詰めて持ち出したとか。まあ大麻が検出できると思うのでこれは押収しますか」


「発電機はどうします?」


「まあ持ち帰れなくはないですが……市販品ですし、何でしたら差し上げますよ」


「え、いいの!?」


「本当はよくないんですけども、全部持ち帰るとなると農具もテントも私一人で持ち帰ることになるんで……まあ組織は全員捕まってますしそこからたどれる線もないかと」


「やったラッキー!儲かったー!!」


 アキさんは無邪気に喜んでるけど、いいんかなあ。まあダンジョンみたいな危険地帯の物全部持って帰るわけにもいかないからどのみち捨てるもんなんだろうけど。

 そうなると、泥棒除けも考えないとなー。


「さて、撮影も終わりましたし……。ちょっと野良仕事しますので、魔物の対応お願いします。音も出ますので」


 そう声を掛けた赤羽さんは、既に給油を済ませた草刈り機を担いでいた。


======================================


 バババババババババババ


 ワイヤ刃の草刈り機が大麻畑の外周を1.5mほど刈っていく。音に反応して小鬼が見物に来たようだけど、「うわ、なんやあれ。ようわからんし近づかんとこ」みたいな顔して逃げていった。そういう反応した後は、素直に二度とよらないか、それとも徒党を組んで襲ってくるかの二択なので、単純に油断ならない。

 まあ見物に来た小鬼とは全く別の魔物が来る可能性もあるのでどちらにしろ気は抜けないんだけど。

 刈り取った大麻の束を適当に抱えて中の畑に投げ込む。そんな作業を小一時間続けて外周を丸々狩りつくしたところでガソリンをまく。


「……ダンジョンの魔物って通常武器効かないんですけどガソリン効くんですかね」


「一応魔物の脂混ぜてるんでその効能に期待しましょう。ダメだったらその時考えます」


「潔いというかなんというか……」


 雑だなあ、と思いつつもそれ以外の方法がないというのもあるのだろう。お役所仕事は民間を挟まないと予算が渋い。とはいえ、〈森〉で集めた薪に対して普通のマッチで火がついたりするので燃えないということもないのだろう。

 事実、赤羽さんがガソリンに火をつけるとめらめらと畑が燃え始めた。つまり、大麻が燃え始めた。


「赤羽さん、この煙って吸うとやばい奴では?」


「そうですね。風下に行かないようにお願いします」


「いや、それだったらこうしましょう。なうまくさまんだぼだなん、ばやべいそわか」


 風天に願って風を吹かせる。螺旋を描くように。その上で、燃えた結果のガスはなるたけ私とアキさんのキャンプから離れる方向に流れるように誘導する。その上で赤羽さんとアキさんを木陰へと誘導する。

 実在の炎と私の術を混ぜた疑似的な火災旋風だ。輻射熱で肌がひりつくほどの勢いで燃えるが、勢いの分燃え尽きる速度も速い。既に周辺の可燃物を刈り込んであるこの状況なら有効だと思った。

 事実、煽られた炎は勢いよく大麻畑を燃やし、可燃物を燃やし尽くして勢いを減じていった。


「いや、魔法ってのは便利なものですね……」


「これはヒカリンが特別だよ。普通の冒険者は喧嘩に使えるような術しか覚えてないもん」


「それが普通なんですけどね……」


 私の使える便利な術は、実のところ科学技術の恩恵でどうにかなるようなものが大半だ。ダンジョンを攻略する目的のチームだったら間違いなく「いらない子」扱いされていただろう能力だ。アキさんと一緒に〈森〉を愉しむために余計な荷物を減らす目的で培った技術である。


 ――でも、それでもアキさんに褒められるのは嬉しいな。


 そう思ったのが油断だったのか、風下の方から樹木の倒れる音が響いてきた。

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