第10話 あいまいに笑っておけばいいと思いますよ
「すいません、鶴田さん、柚木さん。ちょっとお話よろしいですか?」
防護壁づくりを終えてダンジョンから出たところで小鳥遊さんに声を掛けられた。なんだろう?また聞き取り調査か何かかな?
「なになにー?クエストか何か?」
「はい、今すぐというわけではないのですが急ぎのクエストです」
「? なんかいまひとつわからない言い方ですね」
「詳しい話はこちらで……」
この前聞き取りをされた個室に通されて向かい合う。私たちが名指しで呼ばれたということは指名クエストだろうけども……。どんな話だろう。
「お二人に依頼したいのは、非魔力適応者の護衛です」
「護衛?」
オウム返しに聞き返すアキさん。確かに、意外な話ではある。
非魔力適応者の護衛という仕事が珍しいかというと、実はそこそこある仕事だったりする。勿論、原則的に魔力適応してない人はダンジョンに入れないよう法規制されており、ギルドもその為に入口を封鎖しているわけだけども。何事にも例外は存在する。
学術的調査のためにはどうしても研究者が中に入る必要が出てくる場合がある。その調査をギルドが妥当と認めた場合は、冒険者の護衛をつけて送り込むことになっている。
ギルド職員内にも腕の立つ冒険者はいるのだが、彼らは本来緊急時の為の予備戦力なのでここには使えない。よって、ギルドが仲介して信頼できる冒険者に護衛依頼を出すという事が行われる。
余談だがダンジョン黎明期には研究以外の理由、つまり観光目的での護衛依頼というのもあったらしい。だが、ツアー客やらテレビ局やらが入った結果、複数の死亡者が出て今の形に落ち着いたとか。
う~ん、人間って愚か。
「というと、学者さんの?」
「いえ、今回は警察官のですね」
「……え?」
これは予想外。〈森〉の中に興味のある研究者だと思ってた
「お二人がこの前関わった、大量のポーションを運んでた不審人物の件あったじゃないですか」
「うえ、アレですか」
小鳥遊さんが相槌を打ちながら声のトーンを落とす。これから重要な話になることを示すように。
「ええ、アレです。その人なんですが、実はダンジョン内で栽培した大麻の運び屋をしていまして」
「もしかして私たちに聞き取りしたのってそーいう……」
「ええ、そうです。それでですね、その大麻の栽培と販売を行ってた組織が摘発されたんですよ」
「えーと、おめでとうございます?」
「それとも、お疲れ様です?」
なんと返せばいいものかわからず、とりあえず労いの言葉っぽいものをチョイスしてみる。一つの案件が片付いたぐらいの感覚でいいのだろうか、これ。
「いや、こっちの聞き取り調査とかあんまり関係なく、組織側のトラブルで一斉摘発になったらしいんですけどね?警察の方も首をかしげていました」
「……どうしようヒカリン、こんなときどんな顔すればいいのかわからないの」
「あいまいに笑っておけばいいと思いますよ、アキさん」
「あの、何か?」
「「いえいえお気になさらず」」
まあ、その摘発の顛末にもかかわってるなんてのは、知っていても話題に出さないほうがいいに決まってる。正直に話したら三船君のお父さんが指名手配だろうし。とまれ口を滑らせる前にクエストの話を進めてしまおう。
「で、その話と警察官の護衛ってのがつながらないんですけども」
「ああ、大麻の栽培をダンジョン内で行ってたのは証言や状況証拠からわかったんですけども、その大麻畑がダンジョンの中に手つかずで残ってるんですよね。警察としては立件までもっていくのはもう既に可能だけども、今後の資料としてどうやって大麻栽培をしていたかを把握したいわけですよ。あと、大麻が残っているなら畑ごと廃棄処分したいと」
「あー……」
類似の犯罪をまたやらかす奴が出るだろうからってのと、冒険者がうっかりそれを見つけて大麻に手を出すと問題と。なるほど、そりゃほおっておけない。
「で、そんな事情があるんですが、麻薬犯罪にかかわる話を迂闊に広げると真似する人が出かねないわけです」
「いや、そんな人いないでしょー」
アキさんはそう言って否定するけれども、私としては二、三人ほどやりそうな冒険者の心当たりが浮かぶ。特に1層で素材狩りに終始している人ならそういう儲け話に乗りかねない。特に大槻さんはなー。いくかなー。いきそうだなー。
「まあその懸念がどれだけ妥当かというのはおいといても、警察としてはそう思ってるそうなんですよ。だったら、偶然とはいえ事件にかかわっていて、2層に詳しい冒険者に依頼したほうがいいとギルドは判断しました」
「確かにその条件だと私たちがピッタリになりますね……でも、二人で多人数を護衛ってちょっと厳しくないですか?」
「あ、そこは安心してください。お二人が護衛するのは一人です。麻薬取締官の一人に魔力適合者がいたので、その人とお二人で現地に行って証拠集めと大麻畑の破壊をしていただきます」
「え?その方は冒険者やってるんですか?」
「いえ、魔力適合者ってだけですね。ですから冒険者としての能力はほとんどないものと思っていただけると。逮捕術は使えるでしょうけども」
ふむ、概ねの話は分かった。となると、受けるかどうかだけども――。
「ね!ヒカリンこのクエスト受けよう!受けていいよね!!」
「――ええ、そうですね。受けましょう」
「いやったー!!ヒカリン大好きー!!」
考えるまでもなく受けるしかない。だって、あの場所で運び屋に出会ったってことは、大麻畑が私たちのキャンプの近くにあるってことだから。そんな厄ネタほおっておけるはずもない。
こうして私たちは、滅多に受けないクエストを受けることになったのだった。
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