第9話 特にお風呂は必要

 ダンジョンの外で襲われた事件の二日後。三船君からメールが来て全部終わったことを知った。なんというか、あの事件は結局自分がこっちではただの女子大生でしかないことを思い知らされた。助かったのはただ運が良かったからだ。

 ……いやまあ、危険に陥ったのもほぼ不可避の偶然だったけども。

 先ず私たちを襲ったのは、ヤクザというよりも半グレと呼ばれるグループらしい。正直ヤクザと何が違うのかわからないけども。

 で、そのグループがダンジョン内で大麻を栽培していたらしく(ダンジョン内でそんなことできるの?と思ったけど、大麻自体は生命力が強い植物だそうで、種が手に入れば頻繁に面倒見なくても勝手に育つそうな。海外から輸入した鳥の餌に偶に熱処理されてない大麻の種があるらしくそこから増やす手口があるんだとか。……なんで三船君はそんなこと知ってるんですかねえ)それの運び屋をしていたメンバーと偶然かち合ったせいで「気づかれたんじゃないか」「警察にどれだけ情報が洩れてるか」を調べるためにあの凶行に及んだとか。なんというか……。


「そんな連中になんであんな化け物みたいな達人が」


「さあ、そこまでは」


「ていうか、三船君のお父さんはあの化け物じみた達人を倒したその足で残りの組織員を全員狩りたてたってことですよね?人間なんですか?」


「そこは言及しないでくださいよ。俺にだって傷つく心があるんですよ」


 そんなやり取りもありつつ。

 私とアキさんは日常に――ダンカツに戻っていた。

 自分のことながら懲りないもんだなあと思う。まあ心に強い傷を負ったからこそそれを癒そうとして日常に戻ろうとする心理的なアレコレとか説明はつけられそうだけども。単純に、あんな避けようのない事故でこんな楽しいこと止められるかって話ですよ。さすがに夜遅くまで出歩くのはやめたけど。

 というわけで今やっているのは……。


「土嚢持ってきたよー」


「それじゃ積むのお願いしますねー」


「あいさー」


 トンカツ屋で練っていた企画「果たしてダンジョン内の石灰石をもってきてモルタルで壁が作れるか?」である。アキさんにやってもらっているのは、土嚢の設置。地面に平行に杭を打って行って、その間に土嚢を積んでいく。それをモルタルで固めていけば、簡単な城壁の出来上がりという寸法である。

 土嚢を作って運ぶ力仕事も、冒険者の筋力があれば捗る捗る。猫車に山盛りの土嚢を乗せてさっさと壁を積み上げるその光景は、有名なクラフトゲーを見ているよう。

 モルタルの作り方は簡単。〈森〉の中で見つけた石灰石、コイツを焼くと生石灰の塊に。この生石灰を水に放り込むを熱を出しながら溶けていく。この生石灰がとけた泥に砂を混ぜると、はい、モルタルです。こいつを積んだ土嚢に塗り付けていけばお手軽に城壁の完成ってわけよちくしょうめい!!

 とはいうものの、所詮土嚢が元になっているのであまり高さは積み上げられず、せいぜいが1メートル程度。とはいえその程度の高さの垂直の壁があれば、知能のない魔物ならわざわざ超えてくる可能性は減ると思う。土嚢のせいで分厚いので叩いて壊すのもかなり面倒になるはずだし。背の低い小鬼とかもきにくくなる……といいな。まあ、防げない魔物の方が多いのはやる前からわかってたし、あくまでモルタルがちゃんとできるかの検証だし。

 モルタルが上手くいったら東屋もかまどもパワーアップできるので、ここで一晩泊れる設備が作れるようになるかな。

 アキさんとお泊りキャンプできる秘密基地かあ……。

 励まないと。

 トイレとかお風呂もあったほうがいいな。特にお風呂は必要。ドラム缶持ち込めばいいかな?難しいかな大きさ的に。いやそれ以前に二人でお風呂に入れないので却下。となると、浴槽自体はモルタルとタイルで作ってお湯を沸かすボイラーをどうにかするか。ああなんかみなぎってきた。無敵の未来が見えて来た感じがする!

 次の企画が決まった以上は、今の仕事を成功させなきゃ!


 そんな勢いで、私たちは拠点を囲む防護壁を一日で完成させたのだった。

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