第5話 スリルなんてダンジョンとゲームの中だけで充分ですよ

 バーベキューと燻製を愉しんで、最短距離でダンジョンを出るとアキさんの装備が霞のように変わる。鎧はちょっと厚手のベストに、大剣は伸縮式のプラスチックの棒に。でも採れた黒虎の皮はそのままで、ちょっと安心する。もしかしたら消えちゃうかなとも思っていたので。

 そのまま受付に持ち込むと小鳥遊さんが驚いた顔で出迎える。


「あら?今日は稼ぎだったんですか?」


「そのつもりはなかったんだけどねー。襲われてる人がいたから」


「いや、それでも二人で黒虎倒せるもんじゃないですよ。しかも消耗してる様子もないし……って、襲われてる人ですか?今日はお二人は稼ぎ場でも3層行きでもなかったはずですよね?そっちの方に冒険者パーティなんて珍しいですね」


「パーティ?一人だったけど、他の人は逃げたのかな?」


「それっぽい人は見かけてませんが……なんか思い返してみると不自然ですね。ソロの割には装備が貧弱だったし、その割にはポーションは多めに持ってるみたいだったし」


 何とはなしに私も口を挟むと、小鳥遊さんは神妙な顔つきで私たちに向き直った。


「すいません。そのお話、詳しく聞かせていただいてもいいですか?」


「詳しくと言ってもさっき言った以上のことはあんまり分かりませんよ?」


「まあそういわず。買い取りに色付けますのでちょっとお二人ともこちらに……」


 そうして別室に案内されて、根掘り葉掘り質問されることに。複数の顔画像の中から襲われてた人の顔がないか聞かれたり、どっちの方向に行ったかを聞かれたり。理由を聞いても「知らないほうがいいです」の一点張りでなんかの犯罪絡みっポイ…。


「これは……事件だねっ!」


「協力していただいて申し訳ありませんが、機密なので話せません」


「まだ何も言ってないよ!?」


「アキさんは分かり易すぎですよ。それはともかく、この件に首を突っ込むのは私も反対です」


「ヒカリンまで!?」


 予想外だったのか驚いた様子で私を見るアキさんに精いっぱいしかめっ面を作って続ける。


「そりゃそうですよ。今まで女子二人のパーティで問題にならなかったのって、人間を敵に回さないやり方だったからですもの」


 魔物だってそりゃ怖いけど、人間の方がよっぽど怖い。それでも私たちは深部への探索をするでもなく荒稼ぎをするわけでもなく、ゆるダンを愉しんでいるだけだったので誰とも利益がぶつからなかった。

 そこにきて、ダンジョン犯罪である。いや、小鳥遊さんは明言してないけどほぼそういうことだろうとは思いつく。

 犯罪がダンジョン内部だけで完結してるならまだしも、もしダンジョンの外にフォローする人員がいるような場合、私たちの日常にまで犯罪者が襲ってくる可能性がある。そういうようなことを簡単に説明すると小鳥遊さんがうなづいた。


「ええまあそういうことです。柚木さんが常識的で助かります、ホント」


「……なんかエライ実感籠ってますね」


「冒険者やってる人はやっぱりどうしても血の気の多い人が多いので」


 苦労してるなあ。


「うーん、私なら何とかなるけどヒカリンが狙われたら守れないなあ」


「いや、アキさんも問題ですからね。狙って襲ってくる以上は勝てる確信があってくるでしょうし」


「鶴田さん勘弁してくださいよ。冒険者がダンジョンの外で暴力沙汰起こすとギルドの方にも抗議が来るんですから。……っていうか勝てる前提の認識はどうかと」


「いや、アキさんは素で強いので……」


「鍛えてるからね!」


 そこで嬉しそうに胸を張らないでほしい。かわいいアピールか。それ以上可愛くなってどうする。


「とはいえ最初から襲うつもりの男性複数人とかだとさすがに分が悪いですし」


「えー!いけるもん!」


「いけてもいかないでください鶴田さん。フリじゃなくて本当に」


「それに、先生にみだりに人間と争うのはダメって言われてるでしょう」


「うっ……確かに」


 流石に先生の名前を出すと納得してくれたみたいでアキさんも引き下がった。


「スリルなんてダンジョンとゲームの中だけで充分ですよ。普段が安全だからそういうのが楽しめるんです。それに、これから先はギルドと警察のお仕事ですよ」


 そう私が締めくくると、その日はそれでお開きになった。

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