第3話 動画素材になるので美味しそうに撮らないと
達川町ダンジョンは1層目は石造りのお城の地下通路みたいになっている。では2層目はどうなっているかというと、見た目通りの〈森〉。植生は日本のものに似てるけど高低差はあまりない。鬱蒼とした原生林で、1層よりちょっと強めの魔物がそれなりとランダムに出てくる森の主みたいな魔物がごくまれに出没するサバイバルなゾーン。それが達川町ダンジョン2層目。
とは言え、すでに3層への入り口は発見されているし、魔結晶や魔物の稼ぎ場も場所やルートが確立されており、より深層に向かう冒険者たちの通過点でしかなくなっている場所ではある。その危険な、それでいてあまり実入りのなさそうな〈森〉の中に、何故私達のような女子大生がうろちょろしているのか?
ブッシュクラフトを楽しむ為である。
ブッシュクラフト。耳慣れない人のために説明すると、サバイバルとキャンプの中間ぐらいの行為で、未開の自然に斧とかナイフ持って入って焚き火したりシェルター作ったり野外ご飯したり寝泊りするようなこと。ボーイスカウトみたいなアレ。
だけど、日本の山林はどこもかしこも私有地であり、キャンプ場は遠い上に細かいルールが多い。
そこでダンジョンの〈森〉。近くて日帰り細かいルールなし!森林火災の心配なし!(攻略が面倒でガソリンと火炎魔法で試して失敗した冒険者がいたそうな。なんてことするのか)まさに「ゆるダン△」なのだ!まあ、トイレがないとか魔物がでるとかあるので誰でも出来るわけじゃないけども。
そして今日は私の仕込んだパンチェッタ、すなわち豚バラの塩漬けをバーベキューにしたりベーコンにしたりするためにやってきたのだ!
「今日は魔物いるかなー?」
「そこそこ術を使ったんで、いないでほしいですけども」
ついたのは私たちが〈森〉に作ったキャンプ。稼ぎ場とも3層入り口とも関係ない場所にあって、近くに小川がある森の中のちょっとした草原。そこには私たち作成の東屋とか焼き窯、二人分の机と椅子。素焼きの食器などが置いてある。あるのだけど。ちょっと便利だったりするので知恵のある魔物がいつの間にか住んでたり、そうでなくても壊れてたりすることが珍しくない。まあ基本放置だし仕方ないんだろうけども。とはいえ以前に置きっぱなしにしておいた大工道具が盗まれてた時は、武器になりそうなものを置くのはやめようと本気で反省した。今度罠でも作っておこうかな。
今日は運が良かったのかどこも壊れていないようだった。
「うん、大丈夫みたいですね」
「薪と炭があったよヒカリン!」
「でかしたアキさん!」
ネットミームに汚染されたようなやり取りをしつつ、火を起こす準備。東屋の屋根はわざと斜めに作ってあって、その中心に焼きレンガでくみ上げた円筒形のかまど。下部に空いた穴から薪と空気を送り込み、煙突を兼ねた燃焼室で燃やすというロケットストーブ構造になっている。薪を一本鉈で割り割いて、フェザースティックを作って焚き付けとしてかまどに突っ込む。
「おん・あぎゃのうぇい・そわか」
火天真言で小さな火をおこし、燃え方を見ながら薪を足して炎を安定させる。まだ安定しない火からは煙が出るが、それは斜めにした屋根が流してくれる。炎が安定すれば二次燃焼を起こして煙が減るんだけども……まあいいや、途中から炭に変えちゃえ。誰が困るってわけでもないし。困るとしたら未来の私達だし。
「ヒカリン、水汲んできたよ!」
「ありがとうございます。では、火の番任せますね。おん・くろだのう・うん・じゃく・そわか、っと」
アキさんがポリエチレン製の防災用水袋で川の水を汲んできてくれたので、烏枢沙摩明王真言で浄化する。澄んで見える小川の水でもやっぱり何がいるかわからないので念のため。沸かせばいいのかもしれないけど面倒だし。
食器や調理台を拭いたり、食材や包丁の準備をしている間に火の準備ができたようでアキさんが焼き網(これも自作の陶器製)をかまどに乗せていた。
「脂身切り出すんで、網になじませといてくださいな」
「はいなー」
塩抜きと低温加熱までの工程をしておいた豚バラブロックをまな板に出して、バエる感じで一枚ぱちり。焼肉用に厚めに削いでいってお皿に円形に並べてこれもまたぱちり。動画素材になるので美味しそうに撮らないと。
にしてもやっぱりおろし玉ねぎが効いてて嬉しい。包丁入れる時点でもう柔らかく仕上がってるのがわかる。これは焼き上がりが楽しみな奴だ。
焼くお肉が豚の塩漬けのみなので、付け合わせもシンプルにキャベツの千切りのドレッシング漬け。ザワークラウトは失敗すると食中毒が怖いので……。バルサミコ酢ベースの自家製ノンオイルドレッシング。豚と合わせること考えるとコールスローにはできない乙女心。なんでアキさんはカロリーが全部胸に行くのだろうか。それともあれは脂肪じゃなくて大胸筋なのか。なぜアキさんと私でこれほどまでに差があるのか。慢心、遺伝子の違い……。
悲しくなりそうな思考を慣れた手つきで追いやってお肉を運ぶ。きっとこの悲しい思いはお肉が癒してくれるに違いない。
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