第2話 これだからダンジョンはやめられねえZE!

「ひいいいっ!?死ぬ死ぬ死ぬ!!」


 黒虎にのしかかられて必死で噛みつかれるのを防いでいる男の人。さっきの悲鳴はこの人で間違いないようだ。そしてどうしようかと作戦を立てる前に、アキさんがとびかかっていた。


「えいっ!」


「ギャンッ!?」


 武術というよりは体育の時間の球技のような軽さの声で突き出された大剣は、しかししっかりとアキさん自身の体重が乗っている。女性とは言え170cmあるアキさんの体重はそれなりに重く(本人は標準体重ピッタリだと言っていたが、あの割れた腹筋とあの胸とあの尻でそれはないだろうと思う)加えて装備の分も乗る。小鬼の頭蓋ぐらいであればあっさりと貫通する突きだ。

 けど、流石は黒虎。切っ先は骨に阻まれたのか深く刺さらず、衝撃で黒虎が横に転がされる結果となった。第一層を抜けて自信をつけた初心者冒険者の心をへし折ることから「初心者狩り」の異名もあるこの魔物。大型の肉食獣というシンプルさが実に強い!


「おじさん、逃げて」


「ひ、ひいっ!」


 黒虎が文字通り「突き」飛ばされたおかげで自由になった男の人が転がるようにその場を離れる。というか私の方にきた。寄ってくんな!まあ黒虎との間にアキさん挟むように移動すると自然とそうなるんだろうけども!


「武器がないなら下がって隠れて。あなたの回復をしてる余裕はありません」


「わ、わかった……」


 流血しているようだったが、それでもアキさんの方が優先だ。何せ一人で黒虎と対峙している。いつ致命傷を負うかもわからないのだ。

 そのアキさんは黒虎の前でいつもの構えをしていた。体勢は半身。鍔元をこめかみにおいて切っ先を敵に向ける。日本の古流剣術で言う霞の構え、ドイツ中世剣術で言う牡牛の構え。そこからがちょっと違って、アキさんはその状態でひし形にステップを踏む。アキさんが言うには「攻撃を見てから避けるよりは相手の目測を外させる方が楽だから敵の前ではとりあえず動き続ける」とのこと。先生の受け売りなんだろうけども。

 さて、私も仕事しないと。


「おん・ばさら・やくしゃ・うん!」


 金剛夜叉明王真言。密教において何よりも固いものとされる金剛の名を冠する明王。その加護をもってして防御力をあげる術――というのは建前。実のところ冒険者の使う魔法に系統だった理論はない。術者が何となくのイメージを魔力に投影して現象を起こしているので、「法」や「術」というより「芸」に近いものだ。ただこの建前というのがイメージを強化するのにとても有用で、ダンジョンが現れる前から存在する迷信や創作と思われていた魔法の形式をそのまま転用する人は多い。コンシューマーRPGやアニメの呪文を使う人もかなり見かける。

 そんな中で私は真言密教の形式で魔法を使うことにした。元から信仰心があったから……というわけではなく、親の本棚にあった古いマンガの影響だ。バブル期の日本を舞台に若い退魔師がエログロバイオレンスな冒険を繰り広げる名作漫画。私がオタクになった原因と言っても過言ではない。おのれ○野先生、ありがとうございました。こうして役に立ってます。


「はっ!やっ!ほっ!」


「グァウッ!」


 小刻みなステップからの細かい突きを繰り出すアキさん。牽制と攻撃を兼ねているのか、黒虎の毛皮には薄い傷がたくさんつけられている。時折反撃に振るわれる前足は届かないか鎧と防御魔法の壁を貫けないか有効打にならない。

 アキさんは、あれほど大きい剣を使うのにあまり剣を振らない。たまに横薙ぎするぐらいでほとんどの場面は突きで終わらせてしまう。先生曰く「振れば体幹が揺らぎ隙が大きくなります。引くことに意識を置いた突きで体幹と間合いを確保し続けてください。人と違い魔物の動きは読み切れず、また戦う空間に剣を振る余地があるとも限りません」とのこと。……なんであの先生はダンジョンで魔物と戦う前提の剣術に詳しいんだろう。何度聞いてもはぐらかされるけど。

 ともあれさらに重ねて防御魔術――今度は回避しやすくなる奴をかけて勝ちを固める。ほどなくして近づけないことに焦らされた黒虎が不用意にとびかかり、狙いすました突きを胸元に突き刺されてその巨体を地に横たえることとなった。


「ヒカリーン!その人頼むね?」


「はいはい」


 黒虎の素材剥ぎ取りに取りかかったアキさんに答えて、リュックサックからこぼれた荷物をかき集めてる男性。あんなのに襲われた直後で怪我もしてるのに、真っ先にやることが荷物の回収とは。緊張感がないのかそれとも逞しいと言うべきか。まあ、ヒールポーションも安いものじゃないから気持ちはわかるけど。


「ご無事ですか?回復魔法が使えますが、いかがしましょう」


「え!?あ、ああ、どうも。回復はいらない、大丈夫だ……」


「血が出てますが……」


「あ、いや!助けて貰ったのにそこまではさせられないから!じゃあ有難うな、お二人さん!」


 言い終わるまでには荷物を回収出来たようで、逃げるように走り去る男の人。

 なんなんだろう。装備も薄手の皮鎧だったし、武器も短めの直剣(ショートソード)。……それで一人で歩いてた?


「ヒカリーン!皮剥げたよー!」


「え、ほんとですか!?ぼろ儲けじゃないですか!!」


 黒虎の皮と言えば、買取価格250万!山分けでも125万!学費の支払いがはかどるぅ~!!ダンジョンエンジョイ勢とは言えこれは嬉しい!これだからダンジョンはやめられねえZE!


「それじゃあ打ち上げもかねて、バーベキューと行きましょう!!」


「わーい、ヒカリンのお肉ー!」


 戦利品の虎皮と今日の目的のクーラーボックスを背負って私達は駆け出す。本来の予定地に向かって。


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